話題の映画「REVOLUTION+1」映画監督 「足立 正生」
安倍晋三元首相の銃撃事件で逮捕された山上徹也容疑者
この事件について、諸般の仮説はいろいろあっても、それが真実であるかどうかを証明するものがないという点で、すでに迷宮化している。
そうした状況下で「山上徹也」を犯人また容疑者と呼んでも、なんの指標にもならない。だとしたら、あるがまま、を記録するしかないだろう、というのが足立監督のスタンスであったと思われた。
さらに制作者「足立」氏の経歴が社会でも物議を醸しているが、それはまったく日本的な観点の「色眼鏡」以外の何者でもない。
更に言ってしまえば、そうしたメディアの口車に載せられた「一般人の声」というのは、一つのムーブをつくるという恐ろしい起爆剤を秘めている。
(こうした反体制的な書評また記事は、ここでは敬遠されスルーされることを念頭に記しておく。ちなみに今朝のnoteからの通知で19000のスキ記録、というのを受けた)
2022年12月28日
映画監督 足立 正生
足立 正生(あだち まさお、1939年5月13日 - )は、日本の映画監督・脚本家・俳優。パレスチナ解放人民戦線・日本赤軍の元メンバー。
福岡県戸畑市(現・北九州市戸畑区)出身。日本大学芸術学部映画学科中退。若松プロダクション出身であり、若松孝二の盟友とされる。
1939年5月13日、福岡県戸畑市(現・北九州市戸畑区)に生まれた。戸畑市立高峰中学校(現・北九州市立高生中学校)と福岡県立八幡高等学校を卒業した。1959年、日本大学芸術学部映画学科に入学。新映画研究会を立ち上げた。同時期に、VAN映画科学研究所を設立した。
1961年の監督映画『椀』が学生映画祭大賞を受賞し、1963年の自主製作映画『鎖陰』でも脚光を浴びた。1964年、飯村隆彦、石崎浩一郎、大林宣彦、高林陽一、金坂健二、佐藤重臣、ドナルド・リチーらと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成。1966年、『堕胎』で商業映画監督デビューを果たした。
画像 映画ナタリー 足立正生6年ぶり新作映画の完成版「REVOLUTION+1」予告編が公開(画像・動画ギャラリー 15/17)
日本大学中退後には若松孝二が設立した独立プロの若松プロダクションに加わった。1969年、若松プロダクション製作の『女学生ゲリラ』を監督した。また、若松プロダクションではピンク映画の脚本を数多く手がけた。
1971年のカンヌ国際映画祭からの帰国途中、若松孝二とともにパレスチナへ渡った。パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、ゲリラ隊を題材とする『赤軍 PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作した。
1974年には重信房子が率いる日本赤軍に合流し、国際手配された。日本赤軍ではスポークスマンの役割を担っていたという。1997年にはレバノンで逮捕され、ルミエ刑務所で3年間の禁錮刑を受けた。2000年3月に刑期が満了し日本へ強制送還された。2007年、日本赤軍の岡本公三をモデルとする『幽閉者 テロリスト』(田口トモロヲ主演)を監督した。
2011年にはフランスのフランスのフィリップ・グランドリュー(英語版)監督が『美が私たちの決断をいっそう強めたのだろう 足立正生』(原題 : 英語: Masao Adachi. Portrait)を製作し、日本では東京都渋谷区のアップリンクで2012年12月に公開された。この作品の公開を記念して、アップリンクでは足立の脚本・監督4作品を上映する「特集 足立正生」が開催された。
2016年には『断食芸人』を監督し、第45回ロッテルダム国際映画祭のディープフォーカス部門に正式出品されたほか、同映画祭で足立の特集上映が行われた。2011年に設置された日本映画大学では非常勤講師を6年間務めた。
2022年9月、同年に発生した安倍晋三銃撃事件の実行犯の半生を描いた映画『REVOLUTION+1』を制作していることが報じられた。
また、安倍晋三の国葬に反対を表明しており、同作について「国葬の時にやりたいと思ってつくった国葬反対の映画」だと語った。
「テロではなく個人的決起」山上容疑者モデルの「REVOLUTION+1」監督が会見
2022年12月14日 14:10 161 33 映画ナタリー編集部
安倍晋三元首相の銃撃事件で逮捕された山上徹也容疑者をモデルにした映画「REVOLUTION+1」の記者会見が12月13日に東京・日本外国特派員協会で開催。監督の足立正生、プロデューサーの藤原恵美子、主演を務めたタモト清嵐が出席した。
足立正生監督
かつて若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産した足立。
1971年にはパレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊と共闘しつつ、彼らの日常に迫ったドキュメンタリー「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」を発表した。1974年には日本赤軍に合流し、国際指名手配。レバノンで逮捕抑留されたのち、2000年に刑期満了のうえ、身柄を日本へ強制送還された経歴を持つ。日本では35年ぶりの監督作として「幽閉者(テロリスト)」を2007年に公開。2016年には復帰後第2作となる「断食芸人」を発表した。
「REVOLUTION+1」では山上容疑者をモデルにした主人公・川上が手製の銃で凶行に至るまでの人生を獄中からの回想形式で描く。足立は7月8日の銃撃事件直後から井上淳一とともに3日で脚本を書き上げ、8月末に撮影を開始。8日間の撮影を経て編集作業に入り、9月27日には東京・日本武道館で行われた安倍元首相の国葬に合わせ、制作途中である50分尺の緊急特別版の上映を行った。このたび75分となった完成版が、12月24日より神奈川のシネマ・ジャック&ベティ、大阪・第七藝術劇場、愛知・シネマスコーレで先行上映される。
まず「本作を作るべきと思った理由、なぜ今必要なのか」と制作の動機を問われた足立は第一声で「作りたいから作った」と明言。続けて「映画作りはぜいたくを言ったらきりがない。最低限の製作規模で、最低限のスタッフ、俳優さんがいれば絶対に作ろうと思っていた。その動機が重くて、みんなには大変な思いをさせたとは思っています」と話す。
事前の取材や調査過程について質問が飛ぶと「非常に事件性が高いから、それに関わるニュースを集めながら勉強はしました。しかし私は、事件を起こした彼にまつわることを、いわゆるドキュメンタリーで撮るんではなくて、むしろ事件の第一報を聞いてからの私の思い、彼に対する評価そのものを映画にしたかった」と説明。山上容疑者の生い立ちや犯行動機に関する数々の報道、本人と思われるSNSの投稿などは認識していたそうだが「彼自身による予告や一般的なニュースなどから深入りして推察するのではなく、彼が『やりたいことをやった』ということだけを軸に作ろうと思った。改めて特別なリサーチはしていません」と話す。
統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に入信した母親の多額の献金による一家崩壊を背景に、山上容疑者は安倍元首相が同団体と近しい関係にあるとして犯行に至った。結果的に銃撃事件が契機となり、実際に統一協会と政界のつながりがさまざまな形で明るみになっている現状については「彼は自分が起こした行動の結果、その先のことは考えたこともないと言ってるんですね。僕自身は山上に密着した側から日本の社会、政治状況、統一教会の問題を捉えた。あまり驚きはないものの、なるほど、なるようになっているなと思います」と認識を明かす。
また安倍元首相やアメリカのドナルド・トランプ元大統領の名前に触れ「政治が辻褄を合わせる時代は終わって、昔で言う陰謀や陰での策動がある残念な時代ではあるけれど、この2人がある意味いろんな真実の姿をあぶり出すだろうぐらいに期待していた。
実際には僕らが想像した以上に、政治の底が抜けてしまっている。統一教会と自民党の癒着が岸信介の時代から始まっていたことをほっかむりして現在まで至っていた」と説きつつ、山上容疑者の行動について「僕は決起と呼んでいる。テロではなく個人的決起。この決起が招いたものは、今、十分に社会に反映されて進行しているのではないか。世の中の底が抜けた無様な荒廃した姿をどんどん明らかにしていっているのではないか、と評価しています」と話した。
会見の最後には実験的なアナーキスト、自主映画制作者、革命家、政治犯などの中から「墓石に刻むなら」と自身にふさわしい肩書を問われる場面も。
足立は「その質問は狂ってる」と率直に述べつつ「私はもともと50年以上前から、映画をやることは革命だと思っています。
映画を作ることも、カメラを持つことも、鉄砲を持つことも、革命をすることも同じであると考えて実行してきた。その時々の目立つ呼び方はあるかもしれません。一貫して自分は単なる1人のシュールレアリストでしかない。だから、その設問には反対。
順番は付けず、すべて私です」と表明した。
2月に行われるベルリン国際映画祭の批評家週間に正式招待が決まったことも明らかに。現在のところ東京都内での上映は決まっておらず、藤原は「それをきっかけに東京での興行もしていきたい」とコメントした。なお京都・出町座では近日に上映される予定。
編集構成#つしま昇
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