シブヤフォントにおける関係人口とご当地フォントによる全国規模でのソーシャルインパクト
「関係人口」とは、総務省が進める地方創生における評価指標のひとつである。そしてそれは、そのまま福祉にも当てはまる。
社会に残る見えない壁
シブヤフォントに参加する施設から「福祉作業所行きのバス停に設置について近隣住民から反対運動が起こった。」と伺ったことがある。
フクフクプラスグループでも、障がい者支援事業所の設立のため物件を探したところ、なかなか不動産のオーナーとコミュニケーションがとれないということがあった。
ネットを調べると、障がい者関連施設の建設の25%が、地元住民から反対されるという。そして、こうした事由を「施設コンフリクト」といい、一部地域においては、障がいのある人に対して意図的に無関心を装い、時に威圧的な態度をとるところもあるという。差別は良くないが、自分ごととなると感情的に反発するわけだ。
東京オリパラを契機に、障がいのある人のアートが注目され、二次利用も進んでいる。ただ、私たちの社会には、こうした見えない壁がまだまだ残されている。
大切なのは、実際に出会うこと
ある地域で障がい者施設建設の反対運動が起こった際、障がいのある友人をもつ住民の一人が異議を唱え、反対運動が収束したという。「友人を否定された気持ちになった」ということだが、加えて、反対運動を先導する住民のほとんどが、知人・友人に障がいをもっている人がいなかったという。
大阪で起こった精神の障がいのある人を診察するクリニックでの放火事件など、一部の特異な事件が私たちにある種の固定観念を植え付けてしまうことがある。一口に障がい者と言っても、その特性は千差万別であり、一部の事例で、全体を決めてしまうのは、いささか乱暴なはずなのにである。
ロシアのウクライナ侵攻にしても、日本在住のロシア人をバッシングするのは筋違いだし、そもそも一括りにされることは、誰だって気持ちの良いものではない。
前述の「施設コンフリクト」を研究する大阪市立大学 野村准教授によれば、『差別はダメと言ったり、障害についての知識を増やすことでは十分ではなく、実際に日常の中で接することで感情的に理解する機会をつくっていくこと。「良い関係性」を築くことをゴールにして、その機会を提供していくこと。』が肝要という。
日常生活の中に、多様な人々との交流機会をどう作っていくか、この取り組みが、やがて社会の見えないバリアを取り除いていくことになるのではないか。
学生が気づいた障がい者理解の本質
シブヤフォントを特集したNHKのドキュメンタリー(上:Youtube)で、同番組のディレクターの、学生(専門学校桑沢デザイン研究所)への質問「障がい者に対する考え方は変わりましたか?」のやりとりがとっても印象的だった。
学生は「授業は前期で終わっちゃうけど、障害のある人って世の中にたくさんいるので、関わりは全然終わっていない。継続していく感じ」と答えた。
シブヤフォントのアートディレクターであるライラ・カセムは、学生に対して「まずは障がいのある人と仲良くなろう」と呼びかける。学生は障がい者支援事業所に行って、2〜3時間の間、障がいのある人の隣に座り、一緒に絵を描いたり、描いて欲しいことをリクエストしたりする。学生は戸惑いながらも、“障がい者”を理解するのではなく、”その人自身”を理解しようとする。これは、直接、交流しないと生まれえない感情だろう。
今までの学生の中には「電車で奇声を上げている人を見かけたことがあり、障がいのある人は怖い人だと思っていた」という印象を語ったものもいる。
考えてみれば、多くの子どもたちは、中学校から障がい者との交流が途絶えているのではないか。そして、そのまま大人になり、近隣に福祉施設ができるともなれば、自らの数少ない経験や情報での固定観念で障がいのある人を判断し、「施設コンフリクト」の総論(差別ダメ)賛成、各論(身近に施設)反対になる、のかもしれない。
いずれにせよ、学生は「一口に障がい者と言っても、バラバラなんだね」ということをシブヤフォントを通して体感する。このことは、学生の人生にとっても、そして社会全体にとっても、とても大切なことではないだろうか。
関係人口とは
障がい者と学生とのこうした交流の価値を、うまく伝えられないかと考えあぐねていた頃に出会った言葉が “関係人口”である。
総務省の地方創生に向けたさまざまな施策の一つとして、地方への定住人口の増大がある。とはいえ、都会生活者にとって地方移住はなかなか決断できるものではない。ただ、田植えの季節に地方に訪問して仕事を手伝い、少しづつ知り合いが増え、やがてその地方を好きになると、移住が現実的なものになる。
こうした関わりを持つ人々を関係人口と呼んでいるわけだが、関係人口を増やしていくことが、定住人口の増大にもつながっていくという。
ただ、関係人口は、定住人口を増やすためだけのものではない。交流を受け入れる地方の人にとっては、都会生活者との交流自体が楽しみであろうし、加えて都会生活者からの情報やアイデアは、ひょっとしたら、その地方を活性化する新たな取り組みにつながるかもしれない。
都会生活者にとっても、都会にはない自然や食事などは、都会にはない楽しみであろう。また、地方の生活の様子から、日々の忙しい生活を振り返り、人生自体を考え直すきっかけになるかもしれない。
総務省は、下記のように関係人口を定義している。
これは、そのままシブヤフォントの取り組みにも置き換えられる。
①障がい者と学生との交流がイノベーションや新たな価値を生み、内発的発展につながる。
②関係人口の創出・拡大は、障がい者のみならず、学生にとっても、日々の生活における更なる成長や自己実現の機会をもたらすなど、双方にとって重要な意義がある。
定住人口は、福祉関係に就職することだろうか。実は一般社団法人シブヤフォントは、何人もの桑沢デザイン研究所の卒業生と雇用契約を結んでいる。更には、シブヤフォントに参加する障がい者支援事業所のスタッフ募集に、同校からの応募もあったと聞く。交流人口は、シブヤフォント採用商品、福祉作業所の自主製品の購入やイベントの参加者に置き換えられる。
シブヤフォントの関係人口の内発的発展
2023年9月、11万人が来場した「国際福祉機器展&フォーラム」で、シブヤフォントの展示を行った。
展示メインとなる全高4.5mの円形トラスの内側には、障がいのある人、学生、支援員、企業などシブヤフォントに関係するさまざまな人々のシブヤフォントに対するコメントを展示した。(上写真)下記に、その原文を紹介する。
障がいのある人のコメント「私はシブヤフォントのアーティストです。」は、あるイベントでの発言なのだが、シブヤフォントが彼のアイデンティティになっているのだろうと感じた。
学生のコメント「毎回、施設に行くのが楽しみだった。」も嬉しいコメントの一つだが、障がいのある人、施設、学生が、共に価値を享受していることを表していて、本事業の持続維持において大切にすべきことであろう。
支援員のコメント「学生さんはひとりひとりの隣に行き、絵を通して皆さんの話を聞き取ろうと、向き合ってくれました。」は、障がい者との交流のみならず、誰にとっても、そして地域共生社会の実現のための素晴らしい示唆を私たちに提示してくれている。
企業のコメント「『新しいチカラ』を生んでいる」は、社会貢献を超えた共感と共創につながる新たな企業との関係性を示唆している。
シブヤフォントは、学生との連携、商品化の広がりで評価をいただくことが多いが、こうした内発的発展が、障がい者、学生のみならず、多様な関係者たちにももたらされていることが、シブヤフォントのソーシャルインパクトだろう。
関係人口の可視化
当社(一般社団法人シブヤフォント)は、年間400〜500万を11施設に還元している。平均工賃(16,000円/月/人)を目標にするならば、施設利用者1人当たりの還元額は、決して多いとは言えないかもしれない。
(ここに関しては別稿で綴りたい。現在は、各施設ごとの状況に応じて目標設定をしている)
ただ、この還元額のみで当社活動を評価されるのには違和感がある。前述の関係人口における内発的発展を、当社事業のアウトカムとして高らかに宣言したい。2024年度、シブヤフォントにおける関係人口の内発的発展の調査事業が日本財団の通常助成に採択された。
当社は、フォント・パターンを制作するシブヤフォント事業のほか、対話型アート鑑賞事業、イベント事業、ご当地フォント事業、そして4月にオープンしたシブヤフォントラボ事業など、関係人口を創出するための多彩な取り組みを運営している。
中でも、5月に開催した「インクルーシブファッションショー」では、障がいのある人がモデルとなり、スタイリスト、ヘア&メイクアップアーティストなど、多彩多様なプロフェッショナルとの関係が生まれた。
こうした関係における内発的発展を、この日本財団採択事業で明らかにしていきたい。
シブヤフォントが描く未来
シブヤフォントがプロデュースする「ご当地フォント」事業は、今や全国16地区に広がっている。2022年度に生まれた「とやまふぉんと」など、県内デザイン賞を受賞するなど、しっかりと地域に浸透しつつある好事例もある。今年度も6チームによるフォント・パターンの制作が進んでおり、2024度中には累計22地区のご当地フォントが揃う。
シブヤフォントによる関係人口の創出アプローチが、ご当地フォントに参加するそれぞれのチームに展開され、全国規模で関係人口が増えていくことだろう。こうして障がいのある人との直接の交流が広がれば、前項で述べた「施設コンフリクト」もやがて日本社会からなくなっていくかもしれない。
そして更に、シブヤフォントとフクフクプラスグループが運営する「対話型アート鑑賞」、「アートレンタル」のご当地化も構想、一部実装されている。「ご当地アートファシリ」は、全国の障がいのある人のアートの鑑賞会を運営するファシリテーターを育成する。「ご当地アートレンタル」は、全国の障がいのある人のアートを、その地区の企業に飾る。これらを順次、ご当地フォントをすすめるチームと連携して、関係人口を作り出す事業を重層化し、きめ細かく交流機会を創出するソーシャルムーブメントを広げていきたい。
(*)フクフクプラスでは、「対話型アート鑑賞」と「アートレンタル」を統合したB2Bサービスを「脳が脱皮する美術館」と称している。フクフクプラスの共同代表の一人、福島は同名の書籍を上梓している。
誰にとっても必要なソーシャルインパクトへ
こうした事業を営んでいると、稀に「ご家族に当事者(障がいのある人)がいるのですか?」と聞かれることがある。そういうわけではなく、故に私は当事者としての社会に対する怒りや憤りがないかもしれない。だが、だからこそ私にできること、意味もあると思う。
福祉とデザインの仕事に取り組むことになったのは、前職の富士フイルム時代に「写ルンです」を視覚障がいのある人が使っているということを知ったのがきっかけである。それは旅行先の様子を家族に伝えるためであり、また「写ルンです」の簡便な構造が、逆に触覚や聴覚で全て操作ができることになっていたのが、その理由であった。
私は、単純に面白いと思った。そして障がいのある人の視点や工夫が、デザイナーにとって大いなるインスピレーションになると感じた。私は、商品の操作性を改善して“支援しよう”としたが、逆に“支援された”のだった。
シブヤフォント、ご当地フォントを通して、障がい者理解を広げたい。ただ、“理解してあげよう”などと一方通行にはしたくない。障がい者理解のその先に、全ての人にとっての家族、友人、隣人に寄り添う気持ちを育みたい。
初稿 2024.6.30