福祉現場のたった一本の線が、上場企業との商品化につながる 〜シブヤフォントの本質〜
最後となる「超福祉展」で開催したオンラインイベント「シブヤフォント 妄想ビジョン会議」では、渋谷区障がい者福祉課長、ワークセンターひかわ 清水さん、ライラカセム、そして私の4名でこれからのシブヤフォントについて対話をもった。
テーマは渋谷土産だった。
元々は渋谷区長の「渋谷土産を作ろう」という呼びかけの元、同区の障がい者支援事業所と桑沢デザイン研究所の学生による連携で生まれたアイデアが「障がい者のある人の文字をフォント化する」だった。
当時、福祉施設で製造している菓子折、手織製品を渋谷土産にすべきとの声もあった。ただ本事業に参画する障がい者支援事業所の「フォントならば、より多くの人に使ってもらえる」「福祉の世界で生まれたものをもっと社会に広げたい」という思い、そしてフォントならば、直接 渋谷土産にはならなくとも、その利用が広がる中でいずれ企業採用が生まれるはずだと期待した。
以来4年間活動を通じて約30社の企業に採用され、678万円/年を障害者支援事業者に還元した。2020年には東京都の都内62区市町村の特産品を各1点ずつ選定する「TOKYO GIFTS 62」にシブヤフォント商品が選定され、名実ともに渋谷区を代表する土産となった。
超福祉展とシブヤフォント
「超福祉展」では、毎年シブヤフォントの発表の機会をいただいた。1年目はフォントに加え、パターン(洋服の布地採用を想定した総柄)のラインナップを発表、2年目は商品販売にこぎつけた。3年目は流通開拓に成功し、4年目はさらに様々な企業との連携が広げることができた。「超福祉展」では、これらのステップを報告してきた。
今年最後となる「超福祉展」では、今までの経緯を振り返った上で、今後のシブヤフォントの未来=ビジョンを妄想するものとした。その中で、シブヤフォントの本質的な価値を再確認することができた。
障がいのある人による芸術活動の支援のひろがり
そもそも障がいのある人のアートは、2018年に「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が施行され、以降、全国各地で様々な支援組織が組成されている。加えて、パラリンピックの開催も影響し、インクルーシブな文化的取り組みに対する各種助成も増えている。
こうした中、“障がいのある人の文字や絵を、デザインを学ぶ学生がフォントやパターンデータにする” シブヤフォントは、ちょっとしたイラストが思いもよらぬ製品につながることもある。結果、多くの障害のある人の自己実現を生み出している。
一本の線からはじまる社会とのつながり
これは、渋谷区内にある障がい者支援事業所の一つ「工房ぱれっと」の障がいのある人のスケッチブックである。カレンダーと思しき数字や、右上にあるのは運動会の玉入れが描かれている。
このスケッチブックの中で、学生は右上の玉入れのところをピックアップして、「grengrengreen」というパターンを作り出した。これが、様々な商品に採用されることになる。
シンブルな帆布素材のバッグをラインナップする「NIZYU KANO」は、このパターンをモノトーンにした総柄生地として新商品をローンチした。ベーシックであり、男女問わず使え好評を博した。
当社でも、同パターンをタンブラーのデザインに採用し、渋谷区ヒカリエで連携しての販売した。
京王不動産・京王電鉄が運営するホテルでは、このパターンをザ・トラベラーズ・アパートメント《KARIO SASAZUKA TERRACE》のキーチェーンに採用した。インバウンド向けを想定した同施設では、部屋ごとシブヤフォントのパターンを変えたキーチェーンを制作した。宿泊客ごとに異なるデザインが楽しめると高い評価をいただいている。
そして、施設の内装への採用も広がった。渋谷区庁舎、渋谷公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)(下写真:日本サインディスプレイ賞 銅賞)そして、渋谷区内にある障がい者支援事業所では壁一面に大胆にアレンジされた。
障がいのある人の創作物の広げ方
シブヤフォントは世界中からアクセスできるデータアーカイブである。フォントは無料ダウンロードができ、Googleと連携し、同社サイト「Google Font」にて世界規模で利用を呼びかける(年内公開)加えて、採用商品 約200種を全国30店舗以上で販売する等、オンライン、オフライン問わず誰でもシブヤフォントに触れられるようになっている。
また渋谷区職員や外郭団体等の名刺数百人分にシブヤフォントを採用し、その多くにQRコードを明記し紙媒体からフリーダウンロードへの誘導も図っている。イベント「超福祉展」では、障がいのある人と一緒にフォントの元となった原画を鑑賞しながら商品採用までの物語を伝えた。
多様性理解に向け障がいのある人のアートが注目されているのは前述の通りだが、その多くは展覧会で鑑賞するという一方通行の関わり方でしかない。障がいのある人の創作物をフォントやパターン(洋服の布地採用を想定した総柄)という利活用しやすいデータに仕立てたシブヤフォント事業は、障がいのある人を身近に感じ、多様性理解をしなやかに広げられる。
加えて学生との連携は共感を生み出す。障害のある人のちょっとしたイラストが思いもよらぬ製品につながることもある。障害のある人の自己実現も生み出している。学生にとっても商品化を体験できるという貴重な学びがある。このデータ利用の広がりは、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する渋谷区にとり、福祉還元のみならず、今やシティプライドにも資するものとなっている。
シブヤフォントの本質価値は、共創である。障がいのある人、それを支援する現場スタッフ、デザインを学ぶ学生、そして自治体と企業。それぞれが互いに寄り添い助け合いながらシブヤフォントという財産を作り出している。こうして障がいのある人が描いた一本の線が、多様な人たちによって商品にまで仕立てられていく。
多様性理解にとって大切なことは、人と人との関わりである。シブヤフォントは、障がい者アートというカテゴリーには留まらないソーシャルアクションであり、そのプロセスは、まちづくり、そのものだと思っている。
*トップ画像に掲載しているのは 障がいのある人とデザイン学生によるプロジェクト「シブヤフォント」の「grengrengreen」というパターンです。データの売上の一部が障がい者支援施設に還元されます。ポストカード、チラシの柄などにご活用ください。
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