みたされずくし
久しぶりの本屋。
オール讀物を手にとり、確かこの本屋には座るところがあったよな。と座れる場所を探す。
いつからかわからない。
座る場所が撤去されている。
それでも頑なに座る場所を探す。
ゆっくりと店内のクラシックピアノ曲を聴きながら、オール讀物の一穂ミチ直木賞受賞作を読みたいのだ。
しかし、椅子はない。
「しょうがない」
店内の文芸誌コーナーに大きな身体をたたみ込んで狭い通路の邪魔にならないよう、気を使い読み始める。
しかし何分かで膝が痛くなる。
度々体勢を変えながらそれでも”讀む”願望に忠実にページを捲る。
しかし、また膝が痛くなる。
立つと痺れが残る。
「しょうがない」
しばらく痺れをとろうと店内を歩く。
さっきからウロウロと怪しいやつだ。
そこで気づいた
ウロウロと気づいた。
平日の仕事帰り
こんなにも本好きっていたんだ。と。
汚れた作業着そのままで文庫本を物色するおじさん。
首に巻いたタオルで汗を拭いながらお目当ての本を探す若者。
晩ごはんを作り終えた達成感を引き連れて、楽しそうに雑誌を捲る主婦。
カッコいい!と口に出して父親とバイク雑誌をみている小学生
宿題を残してそうな中学生。
慌てる様子でササっと本選びを済ませるOL。
みんな本が好きなんだ。
なんだか初めて一緒に部活動で練習を終えたメンバーのような感覚で嬉しくなった。
なんだかみたされたら
一穂ミチのオール讀物を手に取り
帰りの車の助手席のお供とした自分がいる。
出費の後悔よりもみたされた満足。
帰り道の十五夜の満月。
今夜はみたされずくし。