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鈴を持つ者たちの音色  第二十八話”α”-グリーン⑥

”海モグラ”はあっさりと苦もなく”神龍の宮”へ僕らを誘導してくれた。
ポカーン。
WO(女)とME(男)は口を開けてその呆気なさに言葉を失った。
ME(男)は首を振る。これは夢じゃない。
とうとう目的の場所に来た。胸が昂る。

ME(男):「目的地には着いた。あとは【聖水の壺】だ。」

WO(女)はここへ来てはじめてストレッチを開始した。”やる気”だ。

WO(女):「準備運動にコレやってみて。(地面にゴロリと仰向けに寝る)両手両足をぴーんと伸ばして両手両足を地面から10センチ浮かせる。そしてそのまま右回りに2回転。左回りに2回転を反動を使わずにゆっくり回る。
この準備運動さえやれば身体はスイッチが入るのよ。覚えておいて。
なぜか?って。それはね。人間が赤ちゃんの時、生まれてはじめて”寝返り”をする時の運動なのよ。この動きが正にそう。やってみて。赤ちゃんになった初心の気分よ。」

ME(男)はとりあえず言われるが、ままにやってみた。やりながら思った。僕らも元々は赤ちゃん。これからの産まれてくる子供達、未来人の為にも今いる僕らが何とかしないといけない。

【聖水の壺】があれば民の病気もなおせる。どれだけの人がこの聖水に希望と期待を持って日々を過ごしているのだろう。そして、今までも何人もの人がこの壺を探し時間を制しても見つからなかった。本当にいままでの歴史を覆すように僕らは【聖水の壺】を見つけることができるのだろうか?

”神龍の宮”は美しかった。
あまりの美しさに入り口から足が進まない。
そこにはいままで見たことがない。ほぼ忠実に地上の世界がそのまま再現されていた。

樹木が生え草花が生い茂り細い川が流れている。
緑の光に包まれている。
虫や鳥、生き物の鳴き声はしない。ただ、その無音の中、水の流れる音だけがしている。
「チョロチョロ」じゃなく「チラチラ」でもなく、鈴を振るような音。小さな鈴。それを微かにゆっくりと赤ん坊に団扇で風を送るように振り鳴らす、優しい”音”だ。
癒される。母親の胎内にいた時の記憶はないが、もし記憶があるとすれば、こんな気分なような気がする。足が進まない。できる事ならこのまま、この気分にしばらく身を委ねていたい。

時折り風を感じる。
なんだろう。この懐かしい風は。
草花をかき分け前に進む。
草花に付いた水滴がズボンを濡らした。 
これらの樹も草花も小川も全て水龍の力で再現してある。まるで万物を創造する神のように思えてしまう。
景色に見惚れキョロキョロと辺りを見渡しながら進むと細い滝が落ちこむ湖に出た。

ME(男):「ここは天国?なんて美しいのだろう。」

WO(女):「ここにこれて幸せだわ。この場所でプロポーズされたら大抵の女性は”イエス”と言うわ。」

WO(女):「きっと水龍はこの湖の中ね。さてと、潜るかぁ。」

WO(女)は服を脱ぎはじめる。

ME(男):「えっ!ちょっ、ちょっと!そんな堂々と‥」

WO(女):「何恥じらってるのよ。全部は脱がないよ。期待しないで。」

ME(男):「いや、そういう意味じゃなくて‥。本当にこの湖の中に【聖水の壺】はあるのかな?
ずいぶん深そうだけど。(ME(男)は海面を覗くが、自分の顔が映らないことに驚く)」

WO(女):「そんなの潜ってみないと分からないでしょ。さぁ。行くよ。」

ME(男)も服を脱ぎはじめると、湖面が何やら暗くなり上空は霧が立ちこめ雲が集まってきた。

ME(男):「何だか暗くなったぞ。何だ?湖面にも雲が集まってきた。」

湖面が要所要所に雲で覆われてゆく。

WO(女):「見て。私たちを迎えるように雲の路が出来ていく。この上を歩け。と言っているのよ。」

ふたりは湖面上にできた雲の飛び石をポンポンと歩いて湖面を渡る。
”海モグラ”はついてこなかった。水の中は苦手なのか?雲の上は歩けないと思っているのか?見送り番の親のように、ジッと心配そうにこちらを見ていた。
湖の中央辺りで雲の路は途切れていた。
振り返ると今まで踏んできた雲の姿はもう無い。
離れ小島のようにひとつの雲の上にふたりは湖面上に取り残された。

WO(女):「見て。この湖。今いる中心から周りの景色をぐるりと見渡してみると、どこの景色も同じに見える。もし、あそこに”海モグラ”がいなければ帰り道はわからなく所だったわ。」

ME(男):「”海モグラ”はそこまで、予想していたんだな。賢いヤツだ。」

”海モグラ”の方を見て再度、元に振り返ると目の前に湖面数センチ上に浮かんだ少女が立っていた。

ME(男):「おっと!ビックリしたぁー。」

WO(女):「お化けだと思ったぁ。ビックリー。」

ふたりは驚いたが、その美しく清爽な雰囲気から、この娘はこの場所の精霊か何かだというのがすぐにわかった。

ME(男):「君は?誰だい?」

WO(女):「私は気付いたわよ。私たちを簡単にこの場所に来させ、こうやって湖面上に呼びつけた。あなたが”海モグラ”を操り誘導してくれたのね?不思議な力で。」

湖面の少女は頷いた。
口は開かない。
直接頭の中に言葉が入ってきた。

RI(凛):「ワタシは”RIN(凛)と申します。この湖の中には水龍がいらっしゃいます。とても深い場所にいらっしゃいますので、潜って会いに行くのはあなた達では無理です。
ワタシは水龍の使いの者。
水龍はこの湖を水晶のように映し出していつも”グランドライン”全体を監視しています。
”アイツラ”の動きも。
ワタシはあなた達をここへ呼ぶように水龍に頼まれました。
あなた達はこの”グランドライン”には必要不可欠な”鍵”となろう。
これからあなた達を”トアルバショ”へ、とばします。
その場所をよく覚えておいて下さい。
そして、”彼ら”をその場所へ連れてくるのです。
それが、第一歩。。」

ME(男):「ちょ、ちょっと待って。僕らは【聖水の壺】をここへ探しに来たんだ。とばされる前に、先ずその【聖水の壺】を探さないと!」

RI(凛):「残念ながら、ここには【聖水の壺】はありません。」

WO(女):「えー。それじゃぁ、【聖水の壺】はどこにあるのさぁー。」

RI(凛):「今は【聖水の壺】より優先すべき事があります。今は一度【聖水の壺】の事は忘れなさい!それでは、とばしますよ。」

WO(女):「待って!もう1匹、いやもう1人、あそこで待っている人?もの?がいるの。おいてかないで。」

RI(凛):「ああ。”彼”は大丈夫です。置いていきますけど、彼はこの”グランドライン”を地形なら水龍並みに物知りですから。きっとまたあなた達の前に姿を現します。」

ME(男):「”α”地帯の巡回任務はどうなる?時間通りに戻らないと、来年にまたペナルティになる。」

RI(凛):「それは大丈夫。”あれ”の任務は本部のお飾り任務みたいなものですから。毎年”アイツラ”へ立ち向かう為、優秀な人材がいるか、どうかの見極めと、スパイ人が紛れ込んでいるかどうかの選別任務ですからね。
その件に関しては、こちらから本部員を洗脳して、今回は合格。という事にしておきます。」

ME(男):「せっかくここまで来たんだ。、とぶまえに教えて欲しい!巡回員グリーンはスパイか?そして、僕の父”オキナ”は生きているか?これだけ教えて欲しい。」

RI(凛):「巡回員グリーンはスパイでは無い。そして、お前の父”オキナ”は生きている。しかし喜ぶな。それは”姿を変えて”だ。」

景色が充電を切らした携帯電話のように「ブツリ」と目の前から消えた。
消える直前は、その場所に取り残された”海モグラ”が視界に入った。
そして、その場所にはME(男)の”後ろめたさ”の余韻だけが取り残された。



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