白銀色の名月飾り
昼のニュースでみた。
県内初のパリコレランウェイモデル
その子の父親と面識があった。
「穂波(ホノハ)。どうだい?いい名前と思わない?
僕はね、秋の穂が波のように揺れる光景が好きなんだ。
だからもし、自分に子供ができたら「穂波」と名前をつける。」
担当部署は違うが、その上司は煙草が好きで
煙草を吸う時だけは仕事以外の話をする。
それも楽しそうに。
この時もそうだった
煙草と酒が何より大好きな上司だ。
その話は彼が煙草を吸う一服時間だった。
僕は、話の内容よりも彼が落とす白い灰の方が気になって、何となくそれを聞いていた。
「もし、子供さんが本当にできたとして、春生まれだったらどうするんですか?」
フゥ、と上司は息を吐き終えると煙草の火を消しながら
「それでもつけるさ」と言う。
(親は勝手だよなぁ)と心で反論したのを覚えている。
しばらく経ち、その上司は娘に「穂波(ホノハ)」と名前をつけた。
名前に応えるように娘は秋に生まれ
風媒花で白銀色の名月飾りのように美しい娘になった。
今日その美しさをテレビの画面を通して僕は知った。
その上司は10年前に他界し今日のニュースは見ていない。
「あなたがつけた名前の娘がテレビに映っていましたよ。それもとっても美しくてねぇ。僕はファッションショーのランウェイなのに、服がどう?よりもその娘の美しさの方に目がいきましたよ。どういう方向から見直してもあなたに似合わず‥いえ、そう‥とっても美しかった。」
僕は上司の代わりに感想をすぐに頭の中で述べる。
「穂波(ホナミ)」ねぇ。いい名前。
テレビで誰かが言っている。その発する名前の奥の景色を僕は知っていて、どうも「穂波(ホナミ)」さんを他人のようには思えなかった。
上司が亡くなった日の朝。
早朝に訃報を聞く。会社の皆聞いた。
つい先日までは、この場所でいつものようにいた。そういたじゃないか。それ、ほんとう?
人の去り際とは風の如く一瞬だ。
いつもの席にいつもの人がいない。そしてもう来ない会えないことを知る。
電話が鳴りいつものようにいつもの対応をする朝の光景。
昨日と今日とがいったいどう違う?というのか。
いや、それは違う。いつもの人がいない。もういなくなったのだ。
昨日と今日とは全く違う日なのだ。
ランウェイを歩く「ホナミ」さんを見て、その日を思い出した。
どう見ても似ても似つかぬ‥
なんか笑えてきた。今、横に上司がいて、一緒にテレビを見ながら僕は言ってしまう。
「えー。全然似てないですよー。本当に娘さんですかぁ?嘘つかないでくださいよー。笑」と突っかかる。
いつだったか、その上司は僕に土地の話を持ち出した事があった。
「ずっとアパート暮らしもどうかと思うよ?うちの土地あるから見に行くだけ行ってみて?」
その話を鵜呑みにして、彼の土地を見に行った。
小高い小学校へ続く路を上った場所。
急な坂の途中にその土地はあった。
「ひーひー、」と息を切らし振り返ると見晴らしの良い光景が目の前に広がった。
夕日が綺麗だった。
「ひーひー、」と息が落ち着く前に、帰校する小学生が「さようなら」と挨拶交戦。なかなか忙しい場所だった。
その丘からみる夕日をみて”彼らしい場所だな”と思ったのも今思い出した。
たまにその場所の近くを通る時に想像する。
あそこへ住んでいたら‥と。
ジブリ映画に出てきそうな丘の上。
毎日夕飯を作る時間に、窓から見えるオレンジや赤い夕日。
うちの晩ごはんの匂いを嗅いで、小学生が自分の家の夕飯のメニューを当てっこしながら帰る。
そんな想像を。
年月が過ぎるのは早い。
僕が一度だけ、上司一家を車の窓から拝見した時は彼女はまだ高校生だったと思う。
市内の商店街を歩く姿。
なぜか上司は会社の作業着だった。
あの時の娘さんが今はテレビの中にいる。
僕の中のタイムトンネル
一家族の時代背景に、僕もうっすらと影を写す。
あの土地の夕日の影は長い。