【一次創作】例え憎まれようとも、必ず【#ガーデン・ドール】
※Attention※
先にこちらの作品を見ることを推奨いたします。
B.M.1424 9月17日
ガーデンはPGP、もとい運動会真っ只中。
クラスグリーン用のジャージを用意し、幾つか放送委員として実況はしているのだが。
俺は競技そのものへの参加をどうしようか考えながら、他のドールたちの競技を眺めていた。
そんな時だ。
しばらく見かけることのなかったドールを久しぶりに見つけた。
頭にひっかけられた仮面、
小麦色の髪、
若葉を思わせるような薄い黄色と緑色の羽。
クラスコードブルーのドール、ヤユ。
借り物競争に出ていたヤユがグラウンドの中央からはけるのを待ってからすぐに追いかけたはずなのだが、すっかり見失ってしまった。
そう遠くには行っていないと思うのだけれど。
「さっき競技に出てたの見たからいると思ったんだけど……やっぱりヤユさんにはなかなか会えないもんだなあ……」
「なんで、ぼくに会いたいの〜?」
「そりゃあ話したいことを思い出して…………ん?」
思わず呟いた俺の言葉に、どこからともなく返ってきた声。
つい返事をしてしまったが、その声は確かに『なんでぼくに』と問いかけた。
と、いうことはこの声の主は……。
「上だよ、上」
「あ、え!?」
足を止めてきょろきょろしていれば、さらに誘導するかのように声をかけられる。
言われるがまま上を見上げると、そこにいたのは枝に座り、木の上から見下ろしてるヤユ本人だった。
「……で。ぼくに、なにが話したかったの?」
「あ、その……イヌイさんのことなんだけど、ね」
「……イヌイくん?」
俺から出てきたドールの名前にヤユは首を傾げる。
「…ちょっと待ってね……よっ、と」
まずは話を聞いてくれるようで、木から降りてきてくれた。
「あいつが、なぁに?」
そう改めて尋ねるヤユは、至っていつも通りといった様子だ。
「うん……ほら、少し前にきみの噂がどうのって、確認したことがあった、だろう?」
「あったねぇ、そんなこと」
「あれのこと……ヤユさんは、もう気にしてないのかい?」
「うーん?」
恐る恐る俺は尋ねるが、当のヤユは何故わざわざ改めて聞かれているのか分かっていないようだった。
「あいつがなんか…ぼくの秘密を勝手にバラしちゃったんだもん。しらないよ」
「差出人がイヌイさんだってことはやっぱりわかってたんだ……じゃないとあんなことはしない、か……イヌイさんがなんでそんなことしたのかは、気にならないのかい?」
イヌイから意図を聞き出したのはもう何カ月も前のこと。
それでも、しっかり俺は覚えてる。
例え俺がボクから俺になろうとも、どこかに書き記していなくともだ。
「……気にはなるけど、どーせぼくが聞いたってあいつは教えてくれやしないよ」
どこか諦めたかのように、ヤユは言う。
確かに、イヌイは言わないだろう。
でもそれは相手が、ヤユ本人だったのであればだ。
“わざわざボクから探して話すことはしない。”
“ボクがヤユさんと会わなかったら、話さない。”
つまり、俺がヤユと会ったのだったら話すということ。
(約束、だったからな……)
一呼吸おいてから、俺はヤユに話す。
胸の内にしまっていた、イヌイの秘密を。
「なんでそれが必要かは、俺は知らないけれど。標的が自分になればいいって、そう思ってやったって……言っていたよ、イヌイさん」
「自分になればいい…?どうして」
ヤユは俺の話を聞いて、心底不思議そうに言う。
「そんなことしたって、あいつに利益なんてないのに」
「そこまでは分からない。でも……自分だけでいいなら、それでいいって。イヌイさんとヤユさんとの関係がなくなるだけだって、言ってたんだ……」
これを聞いて、ヤユがどう思うかは分からない。
俺は、ヤユのことをほとんど知らない。
それでも、伝えなくちゃ。
ヤユがイヌイにとって大切なドールなのだとしたら、
ヤユにとってイヌイも、きっと。
「…なくなるだけぇ?そんなこと言ったの??」
確認するかのようなその言葉に俺は小さく頷いた。
「ちょっとあいつ、引きずり回さなきゃ」
「引きず……え!?どうしてだい!?」
久々に言ったよ、俺の口癖。
しかし、ヤユにはそんなこと関係ない。
ぽつりぽつりと、ヤユの口から言葉が零れる。
「それがぼくにとってどんなに大事だったかなんてどうでもいいんだろうね、本当に」
「腹が立つ」
「ぼくにとって唯一と呼べたのに」
「…ぼくだけだったのかなぁ……」
少しだけ、声が震えているように聴こえた。
俺の気のせいでなければ。
「あ……」
でもそんな声を聞いて俺は安心したんだ。
だって、
「なるほど。やっぱり大切な相手、だよね」
そう、思ったから。
「そりゃあ、ユウエンチ?に誘うくらい大事に思ってたよ」
あの、イヌイが。
遊園地……俺には、想像ができないな。
だからきっと、そのときのイヌイはヤユとの間だけの、イヌイなのだろう。
「そっか。でもだからこそ、俺がきみに会えたならそれを伝えるよってイヌイさんには言ってある。……やっと伝えることが出来た。今日会えてよかったよ」
「……ありがと、多分シャロンくんが教えてくれなかったら、ぼくはずっと勘違いしてたよ」
よかった。
本当に、そう思った。
……伝えるのが随分遅くなってしまったけれど、それでも伝えてよかった。
「それがあいつの望みだったのかもしれないけど」
「いや……俺も気になったから、お節介を焼いたってだけだよ。……親友と勘違いしたままっていうのは、つらいからね」
「…そーだねぇ、とってもお節介」
率直だなあ、このドールは。
「でも、そのお節介で救われたよ」
「ははは……よかった。きみたちのすれ違いが、なくなるといいね?」
どこかすっきりした様子のヤユに、思わず俺はニッと笑う。
「……無くなったねぇ、まぁ…あいつがどんな反応するか、楽しみだよ」
「あー……あんまり暴力はだめだから、ね?」
「…なんのことぉ?」
「引きずりまわすって言うから……ははは……」
先ほどの言葉に思わず俺は念を押すが、ヤユはすっとぼけたように返すだけだった。
俺の笑みも、苦いものへと変わってしまう。
「まあ、ここから先はきみたち次第だからね。さて、俺はそろそろ行こうかな」
「まぁ、角掴むのは流石にやめといてあげるよ」
「あ、ああ……ははは……」
本当、かなあ?
ちょっと心配だけれど、でも今度のそれはきっと戯れの領域だろうから。
……そう、だよな?
「ばいばーい」
「ああ、それじゃあね!」
俺が手を振れば、ヤユはまた木に登っていった。
木の上で、あの子は何を思うのだろう。
でもここから先は、きっと俺の物語ではなくふたりの物語だろうから。
いつか、二人並んでいるのをまた見かけられたら、俺は嬉しいかな。
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