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【一次創作】いつもと違う、胸騒ぎ【#ガーデン・ドール】
B.M.1424 10月15日 早朝
俺にとって、いつもの朝。
いつも通り、新しい単眼の生き物を生み出して。
いつも通り、魔力がゴッソリ減ってお腹が空く。
部屋を出て寮の1階へ。
いつも通り、同期が作り置いてくれているパンを……――
「…………、ん?」
いつもと違って妙に、キッチンやダイニングが荒れている。
誰かが寝ぼけていただとか、慌てていただとか?
そういうことはここでの日常においてゼロではない。
お腹が空いているけれど、先に片付けることにする。
主に果物が散っていたが、その中に1つ異質なものが混じっていた。
とあるドールによく似た人形。
それを俺はそっと拾い上げ、テーブルの上に座らせた。
粗方片付け終えれば改めてパンとホットカフェオレを用意して椅子に座る。
先ほどテーブルに据わらせた人形を見て首を傾げつつパンを食む。
「………イヌイさん、だよなあ……?」
とあるドールとは、イヌイ。
ツノが特徴的なクラスグリーンの中でも、ひと際目立つ大きなツノを持つドール。
閉じられたように見えるその目も相まって、間違いなくこの人形はイヌイを模している。
あの子の落とし物だろうか?
それとも、あの子を大切に想う他の誰かの?
どちらにせよ、イヌイ自身に聞けば心当たりはきっとあるだろう。
今度会ったときにでも返すことにしようか。
そうして俺はいつも通り、片付けをして。
いつもと違う取得物を持って自室へと一度戻ることにした。
B.M.1424 10月16日 夜
少し遅くはなったがいつも通り、俺は夕飯を食べるために寮の1階へ。
そこで俺はいつもと違うものに出会うことになる。
そこにいたのは、明らかに今までと違う振る舞いをする仮面のドール・ロベルト。
何処か飄々としているというか、適当さが見えるというか。
悪夢を見ていて様子がおかしい、というわけでもなく。
今までの彼であれば言わないようなブラックジョークというのか?そんな冗談も言って見せたり。
料理の腕や、面倒ごとを買って出るところだとか。
態度の違いはあるだろうけれど、彼は間違いなくロベルトだった。
しかし……
彼の【人格コア】が変わったのだとして。
それは何故?
【人格コア】が変わる場合、前のコアが何らかの理由で壊れたその日の記憶がなくなる。
当人同士が名乗り出るなどしない限り、その理由は分からない。
ガーデンから特別なお知らせがされていない以上、考えられるのは……
誰かがロベルトのことを最も傷つけたくない相手として最終ミッションをクリアしたのか。
誰かとロベルトが決闘し、そこで事故が起きてロベルトのコアが壊れたのか。
ロベルト本人が自らコアを壊したのか。
考えても、分からない。
それにそこを今詮索するのも違う気がした。
後からやってきた同期のヒマノやククツミ――からころと笑うククツミ"ちゃん"の方だ――とも念話で思考の交換を行って、俺はその場を後にした。
……ヒマノから意味深なことを聞いてしまった気がするが、これはきっとまた別の話になるだろう。
B.M.1424 10月17日 早朝
俺にとって、いつもの朝。
いつも通り、新しい単眼の生き物を生み出して。
いつも通り、魔力がゴッソリ減ってお腹が空く。
しかし、この時いつもと違うことに気が付いた。
机の上に置いておいたイヌイの人形が変化していた。
誰にも似ていない、ただの人形になっていた。
そんな変化をする人形を俺は知っている。
マギアレリック、「NCR-ロマンシアS」。
人形に魔力を供給すると、供給したドールとよく似た姿になる。
そうして魔力タンクになると同時に、他にも使い方があるのを俺は知っている。
むしろそっちが本来の強力すぎる力だったと記憶している。
……このレリックの前の所有者から、直接聞いていたのだから。
そしてこのレリックを現在はイヌイが所有しているのも知っている。
あの時は今のような無地の人形だったが……それは、アザミによるレリック実験もとい勉強会のときのこと。
確かにイヌイは、【お人形さん】ということでこのレリックを差し出していた。
「やっぱりこれ、イヌイさんのだったのか……」
これに魔力を込める実験をしていて、何かあってキッチンを荒らしてしまったとか?
これを返す時にでも、聞いてみようか。
その日もイヌイには会えなかったが、それ以外はいつも通りの日常だった。
B.M.1424 10月18日 昼
俺はこの日生み出した単眼のモモンガを従えてまだ使えていなかった魔法の練習をしようととある場所へ向かっていた。
この箱庭の冬エリアの入り口にある【温泉】。
疎水魔法を使う機会がなかったから、その練習のついでだ。
日常生活の中で使った方が効率が良い魔法であることも知っていたけれど、クラスコードグリーンである俺が事情を知らないドールの前でそれを使うのも憚られてまだ使えていなかったのだ。
海では歩行魔法の練習をしたりしたし、たまには違う場所に行ってみるのもいいだろう。
道中、髪を結い忘れていたことに気付いて適当な木に反射魔法をかける。
「本当、こういうのは便利だよな……っと!」
反射魔法によって一部分が鏡のようになった木をのぞき込みながら、顔の左側の毛束をみつあみに結い上げる。
単眼モモンガとの視界共有ではこういった細かい作業は不向きだ。
髪に関しては別に結わなくてもいいのだが、なんとなく結うようになってから結ってないことに気付くと落ち着かなくなってしまった。
そうこうしているうちに温泉に到着。
箱庭の端から端まで歩いてきても、全然疲れなくなってきたのは今まで積み重ねてきた……いや、積み重なってきた戦闘の成果だろうか。
「本で読んだ温泉ってもっとこう……なんていうか、整えられてて体全身で浸かって疲れが取れますよーみたいなやつだった、と思うんだけれど……やっぱりこれが温泉で、いいんだよな?」
“シャロン”として自覚してから1年以上経つが、ここを目的として訪れたことはなかった。
それでも通り道として見かけたことくらいある。
湯気が立ち昇る池。
そのくらいにしか思っていなかったし、今目の前にある温泉も間違いなくそうだ。
どうにも、本の中の物語に登場する温泉とはかけ離れているような。
「ま。人気が無くて練習ができるならなんでもいいか」
早速自分の右腕、指の先から肘くらいまでに疎水魔法をかけてみる。
1分も持続させれば最初の実験としては充分だろう。
その魔法がかかった手を恐る恐る池……もとい温泉の中へと突っ込んでみる。
「おお、あったかい……」
温泉の熱は伝わる。
しかし腕を引き上げてみれば、湯の中に手を突っ込んでいたなんて嘘のように水分が逃げていく。
「へえ、なるほどね……じゃあ、次は」
今度は、服を着たままそのまま温泉の中へと入っていく。
当然、服は水分を含んで重たくなっていく。
それでも関係なく、俺は池の中心まで入っていった。
先ほどは右腕に予め1分間疎水魔法をかけておいた。
今度は濡れている状態から一瞬だけ疎水魔法をかけてみるつもりなのだ。
その方が魔力効率がいいって、クラスブルーのドールが言っていたような記憶がある。
「あー……でも気持ちいいな、これ……」
水分を含んだ服は重たいが、それに勝る心地良さ。
どうせ濡れてしまうのだ、もう少しこのままこの温泉のあたたかさに浸っていようか。
フードに入っていた単眼モモンガが飛び出して頭の上に乗る。
ふぅ、と息を吐きいっそ座ってしまおうとした時だった。
「……なんだろう、木の枝かな?」
温泉の底に、何かある。
これだけ無造作な温泉だ、木の枝の1つや2つあってもおかしくはないのだが……。
それにしてはやけに立派な気がして、何気なくそれを拾い上げた。
太く、大きく、先は平たく、枝分かれしている。
これを俺は見たことがある。
見たことがあるどころではない。
よく……そう、よく知っている。
「な、んで……!?」
慌てて俺は温泉の底を探す。
するとほどなくして、対となるものも見つけた。
「そんな……そんな……!!」
拾い上げたそれらを俺は大事に抱えて温泉から出る。
このままでは動きにくい。
元々試すつもりだったが、全身に疎水魔法を一瞬だけかける。
魔法の効果を実感してる余裕なんてない。
俺はできる限り全速力で、ガーデンに戻っていった。