【一次創作】今宵は、晴天なり【#ガーデン・ドール】
※Attention※
流血などゴア表現あり。
交流創作企画【ガーデン・ドール】において、最重要ストーリーの要素を含みます。
何度も、シミュレーションした。
何度も、自分の左手を突き刺して。
何度も、自身の体内を巡る赤い体液を流し。
何度も、自室をその独特な匂いで充満させ。
何度も、その痛みに透明な体液を流した。
この痛みに、慣れてはいけない。
この痛みを、忘れてはいけない。
だって、今からその痛みの何倍もの苦痛を、
この世で一番傷つけたくない相手に、負わせるのだから。
どうか忘れないで。この罪を。
どうか許さないで。この愚者を。
こんなどうしようもないボクを、許さないでくれ。
B.M.1424 2月24日 夜
今日は、雪が降り始めてから毎日行っていたシミュレーションをしなかった。
ボクの認識が間違ってさえいなければ、今夜は真円の月……いや、満月のはず。
次の満月の日、ボクは覚悟するって決めていた。
ボクの心のままに……もう、止まらない。
『ククツミさん、今何してる?』
もしかしたら別のドール……あの子にとっての特別なドールと過ごしているかもしれないと、念話で確認してみる。
『シャロンくん?……今は、特になにも。……なにかあった?』
『えーっと……』
まだ、何かあったわけではない。
何かあるのは、これからだ。
『シャロンくんがわざわざ念話してくるのは……珍しい、からね』
何をしようとしているかはバレておらずとも、このボクがどうしようもないことをしようとしていることは、きっとバレているのだろう。
念話と言えど、その声色が、決闘を申し込んだときと……”勝たせてもらった”ときと、同じだったから。
『うん……もし、よければ。』
そこまで念話を飛ばして、もう一度深呼吸する。
声に出していたら、ボクの声は震えていたかもしれない。
『校庭の雪を、見に行かないかい?誰も踏んでない、真っ白な雪を、二人で』
そう告げて、しばらくの間の後、承諾の言葉が脳内に返ってくる。
ボクは、制服のポケットに懐中時計レリック……ラビットムーンだけを入れて、他には何も身に着けず、外へと出た。
ボクが外に出れば、そこには静かな世界が広がっていた。
たまたま晴れ間だったようで、雪も降ってはいなかった。
休校中ということもあって、寮の前から少し進んだグラウンドは、誰も荒らした様子はなかった。
真っ白で、静かで、誰もいない。
凍てつくような風と月明かりを反射する銀世界だけがそこにあった。
ふう、と息を吐けば一瞬だけ白く煙ってすぐに消えた。
「シャロンくん?」
しばし月を見上げていたが、不意にかけられた声に振り返った。
ククツミ。
ボクの、大切な、大切な友人が立っていた。
暖かそうな上着を羽織ってはいるものの、まだ少し寒そうにしている。
その様子に申し訳なく思ったが、寮の中を、汚したくはなかった。
ボクらの想い出がつまった、ボクらの部屋を。
それに今なら。
ボクの罪を、この雪が覆い隠してくれそうな気がして。
ボクの罪を、雪解けと同時に流してくれそうな気がして。
ボクの罪を覚えているのは、”ボク”と”ククツミさん”だけでいいから。
「すまないね、急に呼び出してしまって」
何でもないことのように装って、声を絞り出す。
ククツミがゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「大丈夫だよ。……わぁ、本当に真っ白だ。」
ボクの真横まできたククツミは、綺麗に白いグラウンドを見て少しだけ驚きの声をあげる。
今からボクがしようとしていることを……知ってか知らずかは、分からないが。
「確かに、夜に部屋の窓から見るのと間近で見るのは違うね……。少し前に冬エリアにも行ったけれど、その時はそこまで見る余裕がなかったから」
「あ……ははは。あの時は、本当にごめん」
「ふふ、言ってみただけだよ」
ボクが、知恵の種を願い、何事もなくて絶望したあの日。
ボクが、少しだけガーデンから離れていたあの日。
ボクは、初めて声を上げて泣くククツミを見た。
どうしようもない、嘘つきなボクのために、感情をしまいこみがちだったククツミが泣いてくれたのだ。
それを思い出して、ボクの胸の奥がチリチリした。
そんなこの子を、ボクは今から……。
「……えい!」
不安な気持ちを振り切るように、ククツミの手を取ってボクは銀世界に向かって走り出す。
「え、ちょ、まって、何……っ」
「そーれ!」
驚くククツミの手を取ったまま、走った勢いで何の跡もついていない綺麗な雪の絨毯へと身を投げ出した。
「わ……」
当然、ククツミも雪の中に沈む。
ボクらのひざ丈ほども積もっているので、そこまで痛みはないはずだ。
「つめたい……もう、びっくりした……」
「はははっ、ごめんごめん……いつものいたずらのお返しだと思ってくれ。ね?」
「……ふふ、シャロンくんからのいたずら、かぁ」
ククツミはすぐに立ち上がって服についた雪を払う。
ボクも謝りながら、ククツミの頭についた雪を払おうと手を伸ばした。
「……ねえ、ククツミさん」
「ん?どうしたの?」
片手で雪を払いながら、何気なく声をかける。
もう片方の手を、自分のポケットに忍ばせながら。
「…………きみのコアを、ボクにくれないか」
できる限り、持てる限り、いつもの調子で。
持ってるお菓子を少し分けてほしい、とでも言うように。
「……え?」
相手の了承を得る前に、ポケットに入れていたラビットムーンのボタンを押す。
何もないこの場では分かりにくいが、確かに目の前のククツミが停止する。
ククツミの顔を見れば、僅かな驚きがうかがえる。
幸い、ククツミが羽織っていた上着は前が開けられたままだ。
【瞬時 ボクの手はカマイタチとなる】
停止した時の中で、ボクは散々練習をした変異魔術を使用する。
月明りを浴びて鋭く輝く爪を、鎌状に変異した爪を、ククツミの胸元に向ける。
3秒……5秒……
手が、震える。
7秒……9秒……
手が、身体が、動かない。
10秒。
決めたことを実行できないまま、時が動き出す。
ボクは、変異した爪をククツミの胸に向けたまま、動けないでいた。
目は、当然合わせられない。
「……あ」
ククツミからはボクが瞬間的に変わったように見えただろう。
その状況を理解するのに、しばし時間がかかったらしい。
「あぁ、そっか……」
そのまま動けないボクの様子と、先ほどの言葉に何か理解したようだった。
「……シャロンくんは、私を選んでくれたんだ」
選んだ。
その言葉だけで、ボクがコアを欲した理由を、この子も知っていたことが分かる。
「それは……嬉しい、な」
“嬉しい”
ククツミから放たれた言葉に、思わずボクは顔を上げた。
ククツミはこちらとの距離を縮めようとする。
反射的に、逆にボクは後退る。
ククツミが前へと進む。
ボクが、後ろへ下がる。
雪をかき分けながら、少しずつ、少しずつ、先ほどまでなかった道を作っていく。
ドン……と背中に何かが当たる。
それは、何の因果か、以前ククツミへ決闘を申し込んだ時に休憩した木だった。
それでもククツミは距離を詰めてくるものだから、少しでも逃げたいボクはその場にへたり込む。
一緒に落ちかけた手を、バケモノの手に変異したその手を、ククツミは逃がさずつかむ。
「いいよ」
――やめてくれ
「私は逃げないよ」
――否定してくれ
「……大丈夫」
――受け入れないでくれ
「シャロンくんが、それを望むなら」
ボクの手をつかんだままゆっくりと、ククツミも膝をついてボクとの距離をさらに縮める。
「ククツミさんは、」
震える声を、絞り出す。
「ククツミさんは……本当に、それでいいのかい?!」
一度声を出してしまえば、堰を切ったように言葉があふれだす。
「ボクは今、きみが、きみがようやく手に入れた幸せを、感情を、全部……全部、ボクの勝手な行動で、壊そうとしているんだよ!?」
「……そう、だね。……壊されちゃう、ね」
そういうククツミの表情は、ずっと穏やかだった。
「でも……これをしたら、シャロンくんは……知りたいことを、知れるんだよね?」
「それは……ボクの……」
そんなククツミと比較して、ボクは、なんて自分勝手なのだろうか。
「大切なものがなんだったか、を……知れる……」
「それは……今の私より、大切?」
「それ、は……!」
忘れている、欠けている、大切なもの。
それは、今のボクにとって大切な相手よりも、本当に……?
「分からない、分からないけど……!!でもボクは、こうでもしないと……ボクは……!!」
「……そっか。……うん。もちろん私は……そうだね、今の私のことを、居ない方がいい、なんて思うことは無くなったよ。……私は私のことを、大切にしたいと思っているよ」
ぽつりぽつりと、ククツミが自分のことを伝えてくれる。
「……今の私の感情は大切だし、これで……性格が変わったら、どうなるのか分からないけど。でも……私、なんだかね。ワガママになっちゃったみたい。」
その言葉は、今までのククツミとは、少しだけ違っていて。
「……私、ワガママなんだ。シャロンくんのことも、大切、だから。シャロンくんがしたいことにも、応えたい。……ふふ、ワガママだね」
そんな相手のことが少しだけ、嬉しいのに。
「……ボクは…………」
「……勝手なことしたって、ナハトくんに怒られるかな。こんな私でも……愛してくれるかな。……愛してくれると、いいな……」
「ナハトくんは、きみのコアが変わっても、きっと……大切にしてくれるよ。だから……だから、ボクのことはどうか」
それを奪おうとしてる自分のことがどうしようもなく、許せない。
「どうか……許さないでくれ……」
「…………わかった」
視界が滲む。
相手の表情が、ククツミの表情が、よく見えない。
ボクの頬を、冷たい何かが濡らしていく。
「……大丈夫。許さないよ。大丈夫」
ボクの手をつかむククツミの手に少しだけ力が入る。
ボクの手を、自身の胸元へと……コアがあるであろう場所へと、導く。
「いいよ」
ズブリ。
ボクの爪が、ククツミの服を裂く。
ボクの爪が、ククツミの肉を裂く。
ボクの爪が、ククツミの肉を裂いて、少しずつ、進んでいく。
「ゔ……っあ、…………ぐ……」
ククツミの、うめき声が。
耳から入ったうめき声が、脳内まで伝わって、響く。
でももう、止められない。止めることはできない。
ボクの腕を伝って、ククツミから流れ出る赤い液体が白い雪を染めていく。
焦げた砂糖のように甘苦く、鉄が錆びたような匂いがたちこめる。
「……ひさ、しぶりに、見た……なぁ……」
不意に、ククツミが笑うように囁く。
久しぶりにというククツミの言葉を理解する余裕は、今のボクにはなかった。
ただ、コアを探して少しずつ手を進めていく。
トン、と爪先に肉ではない何かが当たる。
「あ……」
トクトクと爪先から確かに伝わる鼓動に、それがコアであると悟った。
コアを傷つけないよう、慎重にそれをつかむ。
ゆっくりと、それを引き抜いていく。
コアとククツミとをつないでいたものが、プチプチと弾ける感覚がある。
ボクの腕には、もうほとんど力が入らなくなったククツミの手が添えられたままだ。
ククツミの中から手を引き抜いたタイミングで、変異を解く。
ボクの手の中で、弱々しく鼓動するハート形のコア。
もう身体を縦にすることすらできなくなったククツミが、ボクに覆いかぶさる形でもたれかかる。
それをボクは、しっかりと抱きとめた。
「どう、か……私を……許さない、で……」
許されないのは、ボクなのに。
ククツミは、一体誰に向かってこの言葉をつぶやいたのだろう。
「シャ……ロン、く、ん……だいじょう、ぶ。許さない……よ。だか、ら……。……大好き、だ……よ…………」
もうほとんど、意識もないだろうに。
最期の最期に、そう言って、ククツミは意識を手放した。
「……ククツミさん……なんで、どうして……」
嫌ってくれて、いいのに。
許さないのに、”大好き”だなんて。
そんな……
「どうして、だい……」
ククツミを抱えたまま、手の中のコアへ目をやる。
もうほとんど、鼓動は止まっている。
まとわりついた赤い液体で、そのハートは、きらきらと光っている。
それをゆっくりと口元へと運び、そのまま、丸のみにした。
丸のみにする瞬間に見上げた空はいやになるくらい快晴で。
冷たい空気で澄んだ夜空に浮かぶ満月が、怖いくらい綺麗に見えた。
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