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【一次創作】その想い、鞘に収まらぬようで【#ガーデン・ドール】
B.M.1424 11月1日
ビーチキャンプ、というイベントをガーデンが開催するというので海にやってきていた。
開催と同時に、というわけでもなく自分のペースでのんびりと。
最初に配られる宝探しチケットで宝探しでもひとまずやってみようか、なんて考えているといつもと少し違う映写魔道具を持ったククツミが俺を見つけて近づいてきた。
「やあ、シャロンくんも来たんだね」
「ちょうど来たところ。それは……宝探しで?」
「ふふ、自分で当てられたら良かったんだけれど。これはね、ヤクノジくんからもらったんだ」
あまり大きな感情変化を見せないククツミだが、いつもよりも嬉しそうなのが見て取れた。
これはもらった相手よりも、もらった物の方でホクホクしている顔だな。
「あ、そうだ。なんだか温泉の方が騒がしいみたいだよ?」
「遠目に何か見えたような気はしたのだけれど……行ってみるかい?」
「あ、あれかな?」
温泉付近、遠くから見ても異質だと分かる金属製のでかいなにかがある。
それは建物のように見えて、それでいて船のようで。
思い浮かべるとしたら、アスナロが川に流していた繭を巨大化したようなものに見えた。
ククツミと2人で近づくと、その外壁をなにやら修理しているような影がある。
「あのー……?」
その影は修理する手を止めて振り返った。
うさぎのような長い耳と、淡いクリーム色の長い髪が揺れる。
青い瞳の吊り目は気が強い印象に思えるが、彼?は邪険にするわけでもなくこちらに対応してくれるらしい。
「何?」
しかし、彼の口は動かない。
口からではなく、彼の耳元についている機械から音声が響いたらしい。
「あ、え?念話??……じゃ、ないよな?」
「魔法は使えない。言語が違うから翻訳機を使っている」
念話魔法のように直接伝えているわけではなく、機械を通してドールに伝わる言葉にしてくれているようだった。
「とりあえず、えっと……きみはいったい……?」
「……僕のことはイオサニと呼んでくれ。母星でこの星……箱庭について研究させられていたんだ」
彼……イオサニは自身の素性を明かす。
母星?研究?
彼はなにかを隠す素振りはしないようだ。
それまで俺の後ろで警戒して喋らずにいたククツミが口を開く。
「……イオサニくん、ね。こっちはククツミ。もうひとりいるから、私(わたし)のことはフユツミって呼び分けてもらっているよ」
「俺はシャロンね。で……研究、って?」
軽い自己紹介を互いに済ませた後、俺はイオサニに聞く。
現状は彼に敵対意識は無いようだから、まずは彼が提示した単語を説明してもらおう。
「研究っていうのは、創造主が作った星を観測すること。僕の母星も、この箱庭も、同じ創造主に作られたものなんだ」
彼の発言に反応したのか、センセーの端末が転移奇跡で出現した。
「?!」
焦る俺たちをよそに、イオサニは無言で小さな機械を操作している。
その機械がピピッと音を鳴らしたと思えば、センセーの端末は画面になにも映さなくなり地面にぼとりと落ちた。
「センセーの端末が……?」
「機能を停止させた。これで今なにを話しても問題ない」
彼はサラッとやってのけたが、ドールからすればかなり衝撃的なことである。
こんなことができるのであれば、ガーデン全体の機能すら思うがままだろう。
彼には申し訳ないが、彼の危険性という意味では内心で警戒度が上がった。
「……じゃあ、えっと……研究して、観測して、そのあとどうするの?」
「色んな星を観測することで、創造主についての手がかりを探していた。母星は創造主を信仰していたからな。呼び戻す方法がないか調べていた」
ククツミの質問にイオサニが答える。
創造主を呼び戻すことが母星の目標らしい。
「呼び戻す……呼び戻して、どうするんだい?」
「母星のお偉いさん方が考えることだから分からない。僕個人としては、創造主を討ち滅ぼすために今は行動している」
首を傾げた俺に、イオサニは母星の目的はわからないと答えた。
分からないから分からないで構わないのだが、個人的な行動理念のほうがぶっ飛んでいてまた首を傾げる。
「……随分と物騒だねぇ?」
「創造主はこの広い宇宙のどこかにいる。新しい星が生まれ続けているのがその証拠。探し出して、復讐する。それが僕の最終目的」
ククツミも片眉を上げながら相槌を打つ。
しかしイオサニはそれがなにか?と言うように淡々と自身の目的を語った。
「復讐……なぁ……?」
復讐。
何かされたからちょっと仕返しをする、程度の言葉では足りないようなことを、彼は創造主にされたのだろうか。
けれどそれに回答するつもりはないようで、彼は次はこちらのターンだと口を開く。
「こちらからも質問させてもらう。……キミたちは、ガーデンの支配から解放を望むか?」
支配。
これもまた強い言葉だ。
彼が選ぶ単語は、随分と刺々しい。
「支配、な……そのために足掻いているのかもしれないね」
「そうか。僕はドールをガーデンから解放したいと思っている」
解放。
彼が目的とする創造主への復讐と、ガーデンからドールを解放するという手段の関連性がよく分からない。
だって箱庭も【神とのアクセスが完全に途絶える】ことで、【神の目を引くドールを作る実験】を始めたらしいのだから。
箱庭にも、彼が探し求めている創造主は居ないだろう。
ククツミも同じことを考えたようで、首を揺らしながら疑問を投げかけた。
「……?ドールの解放が、きみの復讐とどう繋がるの?」
「ガーデンを壊すことであいつを表舞台に引きずり出したい。あいつはきっと、創造主について情報を持っている。センセーの端末が、センセーではない話し方をするときがあるのは知ってるか。僕はあいつのことを調べたい」
あいつ。
心当たりしかないあいつの存在を提示され、俺は腕を組む。
「あいつ、かぁ……」
ドールの誰しもが見たことがあるものであれば、例えば偽神魔機構獣での全体メッセージがある。
普段のセンセーの発言とはとても似ても似つかない口調を、その後も俺は度々認識していた。
「あいつを調べたいのは俺も同じだけどね」
「……あー……あの時の……」
ククツミも一応、心当たりがあるらしい。
というより今の『ククツミたち』が箱庭に存在していることはあいつによるものだろう。
ガーデンの技術、よりも上位のことができるなにかしら。
あいつが創造主についてなにかしらを知っていないかと、イオサニは踏んだらしい。
「あいつのことは僕にも分からない。創造主に復讐するためには力が足りなさすぎるから、今は情報収集や戦力強化がしたいと思っている」
創造主に復讐する。
情報を持つあいつを引き摺り出す。
そのためにあいつの管轄下である箱庭でなにかしらをやらかしたい。
よってドールをガーデンの支配から解放し、あいつの注意を引く、という流れだろうか。
「……母星から怒られない?」
ククツミの疑問はもっともだった。
信仰対象を滅ぼす野心、そして研究対象であるドールに彼が干渉すること自体、おそらく母星にとって困るもののはずだ。
観測物に手を加えられたら、それはそれそのものの研究成果とは挙げられないだろう。
……どこぞの利己的で実験好きで観測好きな後輩の思考に、俺も少し引っ張られてるかもしれない。
しかしイオサニはククツミの疑問に首を横に振る。
「母星から逃げてきた身だからな。わざわざ僕ひとりを連れ戻す労力をかけるほど、あの星に余裕はない」
とりあえず、母星からのお咎めはないようだ。
それならまぁ、箱庭が母星対イオサニ対あいつ対創造主、という阿鼻叫喚すぎる舞台にはならないだろう。
とはいえ、あいつの行動は本当に読めない。
「きみは……あいつを利用したいのかい?それとも仲間に引き入れたいのかい?」
敵対関係にも、友好的な関係にも、何にでもなり得ないようでなり得る存在だからこそ、あいつが何者なのか誰も分からない。
「『あいつ』は……なんというか……それに見合う『対価』があれば相応の対処をしてくれるんだろうけど……。こっちの思い通りに動くとは限らないんじゃないかな……?」
そう、これが今まであいつを見てきた俺がイオサニの考えを聞いた時に、1番最初に思いついた感想だった。
あいつは、それ相応の対処をする。
『対価』があれば。
善も悪も無い。
例えば『ククツミさんを取り戻す』ことの対価として、魔力器官の半分を持っていかれた彼を思い浮かべながら。
「どうするかは相手次第だな」
「うーん、そっか……」
しかしそこはイオサニも分からず、行き当たりばったりではあるらしい。
荒削りな計画であるが、彼はこれ以外の道に頼れないくらいに切羽詰まっているのだろう。
そして、その。
母星というものが、俺たちでいう箱庭であるのなら。
「きみは……母星?のことも嫌い?」
「ああ、大嫌いな故郷だよ。あんな星は滅びてしまえばいい」
大嫌い。
それほどまでの感情を持ってしまうほどに、彼は自分の故郷を否定したいらしい。
「……まぁ、そういう情報を知るために落ちて……降りてきたってことだね」
刺々しい雰囲気を一旦霧散させるように、ククツミが話を戻す。
壊れてしまい、ところどころから煙を出している宇宙船へと視線を向けて。
「そういうことだ。母星から出てきたばかりで、目的を果たすためには足りないものが多すぎる」
「……んー、そうだなぁ……なにかこっちで手伝えることはある?……とはいえ、こっちが渡せる情報ってあまりないかもしれないけど」
「……いや、協力してくれると言うなら……助かる。宇宙船の修理はドールに難しいから……その…………」
「……?」
イオサニの言葉が急に濁り、なにやらもごもごしている。
なんだろうかと首を傾げて言葉を待っていると、ようやくぼそりと。
「…………空の色」
そう呟いた。
俺は意図が分からなくて首を傾げたままだ。
「…………どんな空の色が好きだ?僕は故郷の、早朝の白んだ空が好きだった」
「嫌いの中に、好きなものもあったんだ?」
ようやく意図を理解して、俺の口角が上がる。
ククツミも同じように、ふわりと笑っている。
「俺は、どんな空でも好きだけど……よく晴れた空かな。いろんなことをひっくるめて、ね」
「そうだねぇ……夕暮れの、太陽が隠れてから……。夕焼けに染まった空がだんだんと暗くなる、あの空の色かなぁ……」
お互いの好きな空を話すと、ほんの少しだけイオサニの印象がやわらかくなる。
「…………そうか。今度、その空を一緒に見てくれないか」
「え?そりゃあ、全然かまわないけれど?」
それだけ、彼にとって空は大事なものということなのだろうか。
もっと、知れるといいのだけれど。
「僕はここにいる。だから、キミが好きな空模様になったら、ここに来てくれ」
「ん、わかった」
話をしてくれる気はあるらしいことが分かったのはいいことだ。
俺とククツミはそれぞれに頷いて了承する。
そんな会話の後、俺は別のことを聞いたのだけれど、それは別の報告書に分けようか。