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【一次創作】知るために、段階を踏む。【#ガーデン・ドール】

俺の朝は早い。

放送委員としての日課と、単眼の生き物を生み出すという日課。

この2つが合わさることで、寮で生活するドールの中でも恐らくだいぶ早い方だろう。

B.M.1424  8月25日
この日の朝も、いつも通り早かった。

24時間しかもたない単眼の生き物は、時間がくれば黒いドロドロになって溶けてしまう。
だから24時間がちょうど経過するタイミングで自ら俺の自室の机の上に置いたタオルの上に戻るよう予め指示を出している。
今日も昨日の分の単眼の生き物がドロドロと溶けていく。

黒い、どろどろ。

俺は最近別の場所でこれを見た。
よく似たものを。

俺たちの能力を向上させるという飲み物。
あれの出処は分かっていない。

それを、口にしてなんだか頭がはっきりした気がした。
……ものすごく、不味かったのだが。

「…………まさかな」

それを知ったところで、これで能力が上がるとは思えない。
思えないが……。

湧き上がる好奇心を抑えられず、俺は単眼の生き物だったドロドロを指で掬い取り、そのまま口にしてみる。

「まず……」

まっずい。
当たり前だ。
こんなもの、美味しいわけがない。

なんというか、汗っぽいというか、皮膚を舐めた時のようだというか……。
ともかく、能力が上がるというあの飲み物とは別のまずさであることは間違いないようだ。

「あ゛ー……やめとけばよかった」

なんともいえない顔のまま、俺は新たな生き物を生み出すのだった。



単眼の生き物を生み出すためには、術者の最大魔力量の8割も使う。
なので、その術を使った直後はとてもお腹が空く。

とりあえず食事をしようと1階まで降りてくるとそこには先客がいた。

「あら?シャロンさんおはようございますー」
「あれ、早いねヒマノくん。おはよう」
「パン作りとか出店の仕込みとか色々ありましてー」

0期生もう一人のクラスコードグリーン、ヒマノだ。
本人は趣味だと言っているが、彼が作るパンにはだいぶ世話になっているのが事実だ。
それに加え今は学園祭でもたこ焼きの出店をしているのだとか。
そういえば買いに行ったりしてなかったな、なんて考えながらいつもの癖で作り置かれている方のパンを漁ろうとした。

「せっかくなら、もうすぐ新しいのが焼きあがりますよー?」
「お、じゃあそれを待たせてもらおうかな」

何ら変わらないいつもの調子で、ヒマノは俺に声をかける。
彼が、新たな道を見つけようともがいていることなんて知らずに。

俺はパンと一緒に飲むためのカフェオレを用意しながら何とはなしに声をかけた。

「そういえば、夏エリアに出てたマギアビーストは討伐されたみたいだね?」
「そうですねー、ちょっと厄介な子でしたがー……」

影狐魔機構獣。
つい先日まで夏エリアを独占していたマギアビーストだ。
狐を模した影と、斧のような本体。
影をかき消すまで本体を攻撃できないという厄介さで少々討伐まで時間がかかったのだった。

「それで?知りたいことは知れたかい?」

これは一種のカマかけだった。
マギアビーストの出現方法は大きく分けて2つある。

1つは、自然発生。どこからともなく現れるもの。
これの詳細な条件は、正直よく分かっていない。

もう1つは、マギアレリックを壊すこと。
(……そういえばこの仮説を立てた時の報告書、出せないまましまい込んでいたのがあったな……この後完成させることにしよう)

このどちらかの条件を満たせばマギアビーストは出現する。
俺は今回のマギアビーストについて、後者の条件で発生したのではないかと思っていたのだ。
そして、それを行ったのが目の前にいる彼なのではないか、と。

「シャロンさんにはお見通しでしたかー……すみません」
「いいや?責めているわけじゃないんだ。それがきみのためになったのなら、それでいいのさ」

どこか申し訳なさそうな年少の彼に対し、俺はなんてことないように出来上がった珈琲を先にカップへ半分ほど入れながら答える。

「ぼくのため、にはなったかもしれません。考えることが多くなってしまいましたが」
「そっか」

俺もヒマノも、作業の手を止めないまま話を続けた。
授業の内容を相談するかのような、何気ない会話かのように。

俺の手元にあるカップの中では、真っ黒に見える液体へ白い液体が混ざりあい、優しい色合いへと変化していく。

「よかったら、ぼくが知ったことをお伝え――」
「おっと、ストップ」

無条件で教えてくれようとしたヒマノにストップをかける。
彼が苦労して知ったことをあっさりと俺が知ろうだなんて、さすがに不公平だろう。
せめてなにか形があった方がすっきりするというものだ。

「だったらゲーム……もとい、決闘しようか?ヒマノくん」
「ああ、なるほどー?ずっとそうしてきましたものねー」

元よりヒマノとボクは、決闘勝利者の願いを叶えたり叶えなかったりするというレリック、サングリアルの調査と銘打って決闘することが多かった間柄なのだ。
このくらいがちょうどいい。

「ではルールは何にしましょうかー?」
「ふふん、ちょうどいいものがあってね。道具が必要だから後できみの出店の方に顔を出すよ」
「分かりましたー」

この後、焼き立てのパンを貰って俺は己の腹を満たした。
焼き立てのパンは何故かいつもより食が進み、俺はちょっと食べ過ぎてしまったのだった。



その日の昼。

「約束通り来たよ、ヒマノくん!」
「はーい、いらっしゃいませー」

俺はたこ焼き屋として店番中のヒマノの元へとやってきた。
センセーから借りたマンカラのセットを持って。

「まずはたこ焼き、もらおうかな?」
「ソースとしょうゆがありますが、どっちにしますー?」
「じゃ、ソースで!」

コイン2枚を渡してたこ焼きの完成を待ちながら、俺は簡単にマンカラについて説明をする。
簡単に言えば石取りゲームだ。
口で言うよりもやってしまった方が分かりやすい。

俺がこのボードゲームを知ったのはつい最近。
イヌイとなんとなく決闘することになったとき。
あの時は僅差で負けてしまったものの、単純作業がちなゲームだがやり始めるとハマってしまう。
それでつい、他のドールともやってみたくなってしまったのだ。

「そんなゲームがあったんですねー。あ、はいたこ焼きお待たせしましたー」
「お、ありがとう!」

ソースのほんのり甘く香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
朝にたくさんパンを食べたとはいえ、あっという間に魔力へと変換されてしまっている。

「とりあえず食べちゃってください、出来立てが一番美味しいのでー」
「それもそうだ、いっただっきまーす!……あっふ!!」

たこ焼き1個をひとくちで頬張った俺は、当然と言うかなんというか、その熱さに飛び上がる。
そんな俺の様子を見てヒマノが楽しそうににこにこと笑っている。

「ふふふ、そういうところはやっぱりシャロンさんですねー。まだまだ遊べそうで安心しました」

本当にこのドールは……。
ヒマノは樹氷魔術で小さな円錐状の氷を作り出した。
ちょうどたこ焼き1個くらいの大きさのそれを、口内の熱にちょっと涙目な俺に差し出してくれる。

「こういう時に氷やお水が出せて便利ですよねー、ブルーの魔法魔術は。こちらもひとくちでどうぞ?」

どうにかたこ焼きを飲み込んだ俺は、差し出された氷を口に含み、舐め溶かす。
少しだけ、口内の熱が和らぐ。

「はぁ……まったくもう。たこ焼きは美味しいけどさあ」
「ひとくちでいったのはシャロンさんですよー?ゆっくり召し上がってくださいな?」

次からはふーふーと息を吹きかけながら残りも食べ終える。
その間マンカラのセットをヒマノへ渡し、どんなものか触ってもらった。

「ふぅ、ごちそうさま!」
「はーい、容器は回収しちゃいますねー。こちらも大体どんなものか把握できましたー」
「じゃ、やろうか!」

たこ焼きの出店があるのはグラウンド。
ちょうどいいので出店のテントの下でマンカラのボードを広げる。

「改めて確認ですが、ぼくが負けたらぼくが知ったことをシャロンさんにお話するとしてー、ぼくが勝ったらどうしましょう?」
「んー、そしたら俺が今朝確認したことを教えようか?」
「なんです?」
「こいつの味?」

俺のフードからひょっこりと雀のような生き物が顔を出す。

「え、食べたんですか……?」
「ち、違う違う!溶けた後のを舐めたの!」
「えぇ……それでも、ちょっと……」

あからさまにあり得ないものを見るような目をこちらに向けてくる。
いや、気になるだろう!?

「と、とにかくそういう感じで!ヒマノくんの先行でいいよ」
「いいんですかー?では、遠慮なく」

コトリ、コトリ。

小気味よい音がその場に響く。

コトリ、コトリ、コトリ。

静かに静かに、決闘が進む。

着実に少しずつ石を回収しているヒマノに対して、
イヌイとの決闘の際にコツを掴んでごっそりと回収する俺。

その決闘が進めば進むほど、二人の間に差は開いていき……
結果として、俺の勝利として静かに決闘が終了した。

「よし、俺の勝ち!」
「あらー、すっかり負けてしまいましたねー」

決闘の結果を確認し、マンカラのセットを片付けながら俺たちは話をする。

「では報酬のお話はまた改めてぼくの部屋でするのでー、今夜あたり来ていただいてもいいですかー?」
「なるほど、今ここでするような内容ではないと」
「ちょっと目と耳が多すぎますのでー……」
「いいよ、今夜だね」



この日の夜、俺はヒマノから衝撃的な話を聞くこととなる。

彼が知ったこと。
彼がしようとしていること。

それを肯定することも、否定することも、俺にはできそうにない。
だって彼は、ずっとそれだけを見据えてここまで歩いてきたのだから。
そのために、行動してきたのだから。

「俺にしかできないことがあれば、言ってくれ」
「……はい、その時はまた。でもこればかりは……どうですかねー……」

珍しく悩んでいる彼の頭を、俺は思わずくしゃりと撫でた。






今回のお話でヒマノ・リードバックの道を知りたくなった方向け ▼

■知るために

■ヒマノが知ったこと。

■その道のために。

上記以外の作品も、是非。

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