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【一次創作】傘の後に待つのは、【#ガーデン・ドール】
「ほら!早く行くよジオくん!!」
「本当にドール使いが荒い方ですねェ?」
「きみ"は"いいの!きみは!!」
分厚い眼鏡をかけ、明らかにサイズの合っていない白衣を身にまとうドール・ジオの白衣の裾をぐいぐいと俺は引っ張る。
他のドール相手であればここまでのことはしない。
彼がガーデンの寮生となって間もない頃、とある取引をした。
それ以前から、彼の登場には俺自身、引っかかることがあった。
俺がひとつの罪を抱えた日。
その翌日に彼は来た。
これは、俺にとって彼が無関係ではないことを示している。
まあ、半分以上憶測も入っているのだが。
その憶測と取引のこともあって、俺は彼に対して容赦がないのだ。
「やれやれ……最近は新しい情報ないんですかァ?」
「アスナロさんの昔の仲間のことは共有したろ?」
「そちらについては小生、あまり興味ないんですがァ……」
「じゃあ【この情報にはプロテクトがかかっています】とか【この情報にはプロテクトがかかっています】とか」
「聞こえないデェス」
「はーいはい、わかったら大人しく来る!」
最近はすっかりこの調子だ。
ジオの白衣を引っ張りながらやってきたのは魔機構獣対策本部。
現在、1体の魔機構獣がガーデン内に発生していた。
その発端は、とある優しいドールの覚悟によるもの。
だとしたら力を貸さない理由はない。
それに……今回のマギアビーストは、早めに討伐したほうがいい。
対策本部に到着すれば、いつも通りのアスナロがいつも通りに出迎える。
必要なものを伝えれば、必要なものが出てくる。
「……ロンさん」
俺が戦闘のためのバッジを付けたり討伐へ出発する準備をしていると、ジオから声を掛けられる。
そちらを振り向けば、当の本人は眼鏡を頭の上に上げ、興味深げに強制帰還バッジの裏をじっと見ていた。
「なんだい?」
「以前から気にはなっていたのですがァ……このダイヤル、何だと思いますゥ?」
言われて自分の強制帰還バッジを見てみる。
確かに、ジオの言う通り小さなダイヤルが付いているようだ。
そもそも強制帰還バッジとは何か。
決められた時間になると発動し、瞬時にこの対策本部に戻ってくるものだ。
危険を感じた時点で自発的に発動することも可能となっている。
危険を伴うマギアビースト討伐において、戦闘面を強化するバッジと共に装備を必須とされているものだ。
そんな強制帰還バッジに、ダイヤル。
よく見ると小さく数字が書いてあるようにも見える。
「あ、本当だ」
「逆に今まで誰も気づかなかったのでェ?」
「あ、ああ……ははは……まあ、とりあえず」
俺はきょろきょろとあたりを見回す。
俺たちに武器やバッジを渡すだけ渡して、直前に出撃していたドールが使用していた武器の整理を行っているアスナロを探すために。
「アスナロさーん」
「なんだ」
相変わらずの仏頂面で、ぬ、とアスナロが武器庫から顔を出した。
「この強制帰還バッジの裏にあるダイヤルってなんですか?」
「だい……?」
しまった。
このアスナロ、どうもカタカナで表す単語が苦手らしい。
眼鏡をかけなおしたジオが後ろから現れて補足をする。
「目盛りと指針ですよォ。動かせる様子なのですがァ?」
「そうなのか」
……なるほど、アスナロも分からないらしい。
「知らないってことでいいんですね?」
「分からない。申し訳ない」
そういう表情は何も変わってないようにも見えるし、どこかしょんぼりとしているようにも見えた。
アスナロとの会話にはコツが必要なのだ。
「ま、そういうことであれば試してみるに限りますねェ?」
「何が起こるか分からないし、俺も同じ位置にするからね?」
「構いませんよォ」
そんな俺とジオの会話を、頭に?を浮かべながら聞いているアスナロ。
何も分かっていなさそうなアスナロをよそに、俺たちは一番端にあったダイヤルの針を真ん中にセットする。
「よし、それじゃいってきますアスナロさん!」
「気を付けて行ってきてくれ」
アスナロに見送られながら、俺たちはマギアビーストが陣取る夏エリアへと出向くのだった。
「くっ……」
「ジオくん!?」
「あとは、頼みますよォ」
今回のマギアビースト……後から分かった定義と解明によると、血涙魔機構獣・ノーワンアラウンド。
こいつの周りには雨が。
あかい、赤い、紅い、雨が降っていた。
俺が毎朝創り出す単眼の小動物――今日はツバメだった――によって、先に偵察も試みたのだが、その姿をとらえてすぐにこの紅い雨に撃たれてしまった。
……そう、撃たれたのだ。
単純に雨に濡れただとかではない、明確に撃たれたように視えた。
多くのダメージを見込めるが、その分自分が受けるダメージも多い【銃】を好んで扱うジオは早々に倒れてしまった。
今回の出撃は俺とジオの2人だけ。
つまり、今俺は目の前のノーワンアラウンドと1対1というわけだ。
なるべく倒れているジオをかばえる位置に立ち、俺は目の前の相手と対峙する。
紅い雨が、降り続けている。
降りしきる雨を受け流しながら、俺は手にした武器でノーワンアラウンドを斬り付ける。
それを数回繰り返すと、相手は糸が切れたかのようにその場に倒れた。
「っと、やりきった、かな?」
紅い雨は止み、俺はそっと動かなくなったノーワンアラウンドに触れてみる。
それは、奇妙なほど冷たかった。
ただ冷たいのではない、ずっと触れていてはいけないような奇妙さ。
これはノーワンアラウンドに限った話ではない。
討伐後のマギアビーストに触れると、同じように冷たかった。
「ん……とりあえず、ジオくん連れて帰らないとな」
そういえば、いつもよりも長い時間討伐の場にいる気がする。
つまり、強制帰還バッジについていたあのダイヤルは強制帰還が発動するまでの時間を調整できる……?
ひとまずジオが装備していたバッジの帰還機能を手動で発動する。
無事帰還したのを見届けてから、俺はもう一度だけ倒れているノーワンアラウンドの方を振り返る。
「すぐ終わってよかった。…………紅い雨なんか、すぐ止むに限るからね」
そう呟いて、俺は己の身に着けたバッジの機能を発動し、その場を後にした。