免許合宿12日目「さようなら」

免許合宿12日目
日記作成者 半谷
下島さんとの関係 普通
帰りたい度 50
朝食 無し
昼食 ネジ塩チキン丼 味噌汁

夕食 和風ハンバーグ スパゲッティサラダ チキンナゲット 味噌汁


前のノートに書いた通り、僕が毎晩眠りについたらコソコソ勉強を始めるという下島さんの愚行が明らかになった昨日の夜、僕は焦りまくった。時間が無い、急いで勉強をしなければ。しかし僕が教科書を手に取るや否や、毎日の積み重ねにより全ての勉強を終えていた下島さんは余裕でテレビをつけNETFLIXでテラスハウスを見始めた。この期に及んでまだ邪魔をしたいらしい。僕はついつい勉強片手間にテラスハウスに見入ってしまい、気づいたら僕たちは朝5時までそれを見続けていた。修了検定開始まであと2時間。とりあえず寝ることに。

6時50分起床。寝不足で何も考えられないまま、まず技能試験が始まった。最初に僕の試験の番になり、下島さんは後部座席に座った。ここで何も考えていない僕はシートベルトを付けないままアクセルを踏むという大失態を犯す。試験は一時中断。「何を考えているんだ」と教官の怒号が飛んだ。後ろで下島さんが声を出さず笑っている。何もかもあいつの思う壺だ。僕は教官に本気の謝罪をして試験を再開してもらい、なんとかギリギリ合格した。

続いて下島さんの技能試験。なんなく合格。ああムカつく。なんで今日の下島さんはこんなに落ち着いているんだ。

技能試験が終わり、続いて学科試験。試験までの待機時間に、隣の女の子が日焼け止めクリームをぶちまけて、下島さんの顔がベッタベタになる事件が起こった。しかしここでも彼は冷静だった。ひたすら謝る女の子に対し「今日は日差しも強いしちょうど良かったです」と言って彼は爽やかな笑顔を見せた。こいつ、試験前だというのに、なんだこの余裕は。努力の積み重ねが彼をここまで強くするのか。

そしてなんとか学科試験が終了。受験生は全部で7人。僕の受験番号は「5」、下島さんは「6」だった。全員ロビーに集まり、受付のおばちゃんの口から合格者の番号が発表された。

「1番、2番、3番、4番、5番、7番」

全受験生の中で下島さんだけが落ちた。

発表された瞬間から僕はとにかく笑いを堪えるのに必死だった。

その場にいる全員の視線が下島さんに集まっていた。その時下島さんは「えっ!わほっ!」と素っ頓狂な声をあげ、稀代のひょうきん者みたいな顔をすることで場を乗り切ろうとしていた。このひょうきん者は、試験のために夜な夜な勉強を続け、万全の準備を整えていたことをみんなに教えてやりたかった。

そして僕たち合格者6人は今後のスケジュール説明のために別部屋へと歩いていった。この時ロビーに1人取り残された下島さんが僕の後ろでどんな顔をしていたのかはわからなかった。さよなら下島さん。僕は次のステージへ進みます。

教室に入り、一通り説明を受けた。今までガラガラのスケジュールだっただけに、ここからは授業がパンパンに詰められていて卒業までほとんど朝から夕方まである。この教習所やっぱり頭悪いんだよ。

そのあと食堂に行くと、昼飯をただ無心でかきこむ負け犬と再会した。

思いのほか彼はそこまで落ち込んでおらず、むしろハツラツとしていた。なるほど、普通の人間なら「もっとちゃんと勉強すれば良かった」と後悔の念を抱くが彼の場合はそうじゃないのか。下島さんはちゃんと100%やり切ったし、悲しいかなここが下島さんの限界なのだ。それゆえ彼は1人だけ落ちたことを感じさせない、何かを達成したような清々しい顔で、このようにチキン丼を平らげることができるのだ。

1人悲しく部屋へ戻る下島さんを見送り、午後はさっそく学科の授業があった。隣に下島さんがいない事に不安を感じていたが、教室に入った瞬間、僕はそこに不思議な一体感を感じた。修了検定を乗り越えた者同士で分かち合える温かい絆のようなものだろうか。言葉は交わさずとも教室のみんなが、試験を終えた僕を歓迎してくれるのが伝わってきた。最高だ。下島さんとはお別れしたが、僕にとって最高の仲間たちがここにはいた。

そして最高の授業が始まった。

イケメン風の教官「いきなりですがクイズです。僕が黒板に『TDS』と書きましたが一体これは何を表すでしょう」

脂ぎった女性「はい!東京ディズニーシー!」

イケメン風の教官「ブー!正解は、ここ。T島ドライビングスクールでした〜」

脂ぎった女性「うわっ!恥ずかし!」

一同(大爆笑)

楽しすぎる。僕たちはみんなで和気あいあいとしながら車の知識を吸収した。

さらに、路上教習もあった。かなり怖いが慣れてみるとこんなに爽快なものはない。僕は風を感じながらかつての相棒であった下島さんを想った。今ごろ彼は必死に勉強をしている最中だろう。

これがドライブだよ、下島くん。
君は頑張って標識とかを覚えててくれ。

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