山下清展〜生誕100年〜
山下清展から感じたこと
先日、山下清展に行ってきました。
彼の自由な生き様に、改めて感動しました。
「暑くなれば北へ行き、寒くなれば南へ行く」という言葉の通り、彼はただ純粋に自分の心に従って生きていたのだと感じます。
誰かの期待や常識に縛られず、自分の気持ちに正直に生きることが、どれほど力強くて素晴らしいことか、彼の作品を通して改めて気づかされました。
放浪の理由
山下清が放浪を始めた理由は、戦争が怖くて徴兵検査に行くのが嫌だったからだそうです。
シンプルでありながら強い意志を感じさせる理由です。
戦争という時代の背景を考えると、その一歩を踏み出す勇気は計り知れません。
自分の意思を貫き、自分の生き方を選んだその姿は、まさに「自由な生き様」を象徴していると感じます。
貼り絵に宿る温かさと人の手の力
全ての細かさをみて感動しました。
彼の代表的な作品である貼り絵は、今の時代のAIアートとは全く異なる「手仕事の美しさ」にあふれています。
色紙を一枚一枚貼り重ねていく作業は、手間と時間がかかるものですが、その過程でしか生まれない温かさがあります。
現代はAIが発達し、簡単に美しい画像やデザインが作れる時代です。
でも、だからこそ「人の手による感性のあるもの」に価値が生まれていると感じます。
山下清の作品は、手作業の一つひとつが積み重なっていて、その不完全さが逆に愛おしく、味わい深いと感じました。
自分が日々取り組んでいる蒸留や手作りの活動にも、同じような感性でいたいな。と思いました。
彼の視点に感じたユーモア
展示の中で、特に心に残ったのが、彼が書いた言葉です。ある神社での出来事をこんな風に語っていました。
これを見た瞬間、思わずほっこりしてしまいました。
お守りの意味や信仰心について考えるのではなく、「一番得をしているのはハトだ」という発想が楽しい。
普通の人が見落とす視点を持ち、それをユーモアに変えてしまうのが山下清の素晴らしいところだと思います。
彼は、自分の経験に基づいて「線路守り」を思い出しつつ、「でも、なくしても無事だったよな」という結論に至るのも面白いですよね。
物事を素直に見る力、そして鋭い洞察を持ちながらも、最後は肩の力が抜けたコメントで締めくくる。
その視点が、彼の人柄を表しているように感じます。
お祭りの絵とそのエピソード
展示の中には、神社のお祭りを描いた絵もありました。
そのそばに書かれていたエピソードがとても印象的でした。
といった趣旨の内容が書かれており、シンプルながらも深い問いかけだと感じました。多くの人は「お祭りは楽しいから」とか「伝統だから」と考えるかもしれませんが、山下清の視点はもっと根源的な部分を捉えているように思います。
子どもが言いそうな素朴な疑問ですが、大人になってからもふと感じることがあるのではないでしょうか。
しかし、大人になると「恥ずかしい」という気持ちが先に立ってしまい、なかなか口に出せないものです。
そんな時こそ、山下清のように素直な気持ちをそのまま書き留めることが大切だと感じました。
不思議に思ったことや「どうして?」「なぜ?」と感じたことを、誰にも見せなくてもいいから書き留めておく。
その行為そのものが、きっと新たな気づきにつながるのだと思います。
自分の生き方と重なる「live and let live」
私が好きな言葉に「live and let live(自分は自分の生き方をし、他人の生き方も尊重する)」というものがあります。山下清の生き様は、まさにこの言葉を体現していると感じました。
自分の心に素直に生きること、他人の価値観に縛られないこと。
これを実践するのは簡単なようで、実はとても難しいことだと思ってます。
山下清は、自分の気持ちに従って行動し、その結果、誰にも真似できない素晴らしい作品を残しました。
私も今、蒸留や手作りの活動を進める中で、「こうしなければならない」といった思い込みを手放し、自分の好きなように、自由に取り組んでいきたいと思っています。
そして、他の人の価値観も受け入れながら、自分の活動を発信し、共感してくれる人と繋がっていけたらと思います。
さいごに
山下清展を見て、「自由で素直な生き様」がずっと頭に残っています。
自分の信じる道を進むこと、他人の価値観に縛られないこと、そしてユーモアを忘れずに生きること。
これらを大切にして、これからも活動を続けていきたいと思います。
自由で素直に生きるというのは、時には難しいこともありますが、自分の「好き」や「面白い」を大切にする生き方は、きっと誰かの心にも響くはずです。
live and let live
この言葉を胸に、今日も自由に、そして素直に生きていきます。