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グアムの陽気な店員

ケータイのメモリがいっぱいになってきてて整理していたら、以前グアムに行った時の写真が出てきた。懐かしい。いろいろ写真を振り返っていると当時の記憶が蘇ってくる。写真はいいもんだ。

家族旅行だった。効率よく回るために、宿泊先のホテルでレンタカーを借りることになった。グアムがそうなのか、海外では当たり前なのか、そこのホテルがたまたまそういうシステムだったのか、観光地ではあるあるなのか、詳しくはわからないが、ホテルのロビー内にレンタカーショップがあった。お店といっても店舗ではなく、カウンターで仕切られた空間に旗と看板が掲げられているものだった。

このホテルには自分たちのような観光客が多く宿泊している。レンタカーも人気に違いない。慣れない手続きに時間がかかる恐れもある。早くホテルを出発し、限りある時間の中でグアム全土を堪能せねば。もう二度と来れないかもしれない。つまり、急いでいた。

普段の休日より早く起き、朝食のバイキングを胃へ流し込む。湖畔を眺めながら朝食を優雅に楽しむ老父婦を横目に、そそくさとレストランを出る。あれ?のんびりバカンスに来たんじゃなかったっけ?

超特急で外出の支度を整えると、レンタカー屋さんへ直行。
お店のカウンターには格子状のシャッターが下ろしてあった。開店10分前。一番乗りだ。店の前に置かれたソファに座り、開店を待った。


しかし、開店時間になってもシャッターが開かない。

5分。10分。いくら待てども開く気配がない。
時計がずれてるのかも、と家族で確認し合いホテル内の時計とも照らし合わせたが、どれも同じ時刻を刻んでいた。

そして開店時刻から15分後。
「オハヨウゴザイマース。ミナサン、ハヤイデスネー」
ようやく店員と思しき外国の方がやってきた。

その明るい声の持ち主は、ラフなハワイアンスタイルに身を包み、会議に遅れてくる役員のように堂々と入場してきた。ふくよかな体型から、彼の陽気な性格が伺える。歩く陽気だ。今思えば、お笑い芸人のアンソニーにそっくりだった。
片方の手にシャッターの鍵を、もう片方に缶コーヒーを持つ彼は、鼻歌交じりにシャッターを開けて僕たちを店内のカウンターへ案内してくれた。


なに、このゆるさ!


遅れてやってきた理由はわからない。もしかすると本当にトラブルがあったのかもしれない。けれども「歩く陽気」からは、そんなこと微塵も感じられない。もちろん悪びれる様子もない。こちらは急いでいるというのに。

しかし、全く嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、羨ましかった。


「チョットマッテネー」
そう言いながら「歩く陽気」はカウンターの奥で準備を始めた。缶コーヒーを飲みながら。

無造作に広がっている書類を手際よく集め、プリンターやPCの電源を手当たり次第付けて回る「歩く陽気」。ちゃんと法的にレンタカーを借りれるのか少しだけ不安になってきたのを覚えている。
「マッテモラッテゴメンネー。スタートスルヨー」
カウンター越しの彼は、こちらの不安など御構い無しに説明を始めた。缶コーヒーを飲みながら。

法的な話も保険の話も日本語で上手に話す彼に、感心しきりだった。それだけグアムには日本人が多く訪れるということを肌で感じた。さらにちょっとしたジョークまで交えるのだから、相当な話術である。ニッと笑うと白い歯が眩しい。近くで見ると、くりくりした二重が愛おしい。

「チョットマッテネー」
そう言うと彼はポケットに手を突っ込み、スティック状の何かを取り出した。包み紙を開けると、中からSOYJOYのようなものが出てきた。それを一口、また一口と口に運び缶コーヒーで流し込む。

なんなん、この働き方!素敵すぎる!!羨ましすぎるんですけどー!!!


「Blake first。アサゴハン。ダイジネ。チカラデナイヨ」
残りを一気に食べきると、包み紙をくしゃっと丸めて遠くのゴミ箱目掛けてスローイングした。見事に外し、小憎たらしく白い歯を見せながらおどけてみせた。その歯がずるい。もう僕は、「歩く陽気」のファンになっていた。



なんの問題もなくレンタカーを借り終えた僕たちは、それから数日間グアム旅行を存分に楽しんだ。素敵な景色も見れたし、美味しいものもたくさん食べた。海も太陽も風も匂いも、グアムの全てが素晴らしかった。

そして、あの「歩く陽気」。


あんな風に働けたらどれだけ素敵だろうか。
あんな風に生きていけたらどんなに楽しいだろうか。

当時仕事を辞めて転職活動中だった僕には、あの緩さがたまらなかった。


彼の明るさはグアムの太陽よりも眩しかった。








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