ニンジャと言語学~「黒海とれとれ新鮮握りセット」はいかにして生まれたか~
1 はじめに
ニンジャスレイヤーが世界を舞台にするAoMに部を移して早2年以上が経過し、主人公マスラダやヘッズ庶子はすでにネオサイタマの外の言語に触れる機会を複数経験している。そこに生じる諸現象の理解に役立つ「社会言語学」の概念を紹介しようと思い、私は今回筆を執るに至った。おそらくこの文を読み進める多くのニンジャ学会員は共通して以下のような疑問を抱いているものと思う。
「外の言語に触れるもなにもニンジャスレイヤーはほんやくチームによる日本語フルサポートが実施されている。我々の言語接触は常に完璧に日本語フィルタリンルされているから社会言語学など必要ない。」
読者庶子の感じる疑問ももっともである。よって今回は活動的学会員ならざるヘッズのニューロンをも一時揺さぶった1つの事例にスポットをあて、社会言語学的知識からその背景を簡単に推察してみることとする。あくまで簡素な仮説羅列に過ぎない本稿だが、これを見ればきっと学会員庶子もニンジャ学会の檜舞台に社会言語学の場所を末席程度でも調えてくれるだろうと確信している。
2 本論 「黒海とれとれ新鮮握りセット」
さて今回とりあげる現象は、名作プラスエピソードであり現在ツイッターにて公開連載されている名作「クルセイド・ワラキア」の一幕である。はや一カ月近く前の更新のことだが、ネオワラキアに到着したフジキドがスシ・バーに入って注文したメニューが多くのヘッズを驚愕させた。それが「黒海とれとれ新鮮握りセット」である。この明らかにネオサイタマナイズを受けていない旧来日本語的名称が、何故日本からはるか彼方のネオワラキアに残されていたのか?これには以下の理由が考えられる。
① 非ネイティブによる日本語の再現による特徴の誇張説
これは言葉から受ける印象ほど難しい現象ではない。人間は言語に限らず何かを「再現する」とき、再現する対象の特徴を大げさに表現する傾向が強い。モノマネをする芸人を思い浮かべて頂けばそれが顕著だ。歌いながら首を揺する癖のある人をモノマネするなら数秒おきに首をカクリと動かす。本人が折に触れて使うフレーズを必ず連呼する。再現は多分に誇張を含んで行われると言っていい。
こういった現象は言語の世界でも確認されている。中村桃子氏の「ジェンダーで学ぶ言語学」(世界思想社、2010)では、「現在最も典型的な女言葉を話しているのは、日本人女性ではなく、翻訳の中の外国人女性なのである。」と記している。参考のため、氏の提示した翻訳語の例である「ハリーポッターと賢者の石(J・K・ローリング、1999)」の一文を以下に記載しておく。
『まあ、あんまりうまくいかなかったわね。私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんなうまくいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらった時驚いたわ。……』
当時11歳の登場人物が放った言葉でありながら、現代の成人女性も用いないほどに典型的な女言葉が用いられていることが理解いただけただろう。
以上を踏まえてスシ・バーの場面を思い出して頂きたい。ワラキア人の店主が経営するネオワラキアのスシ・バーで、メニューの名前を考案し、日本語に翻訳したのは、当然店主だろう。おそらく日本語を外国語として学び、「日本らしい名前」になるようにメニュー名を考えた彼女が、前述の「誇張を含んだ再現」を行うのは極めて自然な成り行きであると言えるだろう。
② 母語集団から切り離されたがための保存説
こちらは①の説ほど馴染みのない現象であるが、言語の世界ではしばしば観測される現象である。「何らかの理由でネイティブの集団から切り離され、孤立してしまった言語は思いのほか長くその原型を保ち続ける」というものだ。
この説を説明するために、これから提示する例にて用いられる「アフリカーンス語」という言語について軽く説明しておく。この言語は南アフリカ共和国を中心としたアフリカ南部で用いられている言語で、オランダ語を元にした言語である。南アフリカがオランダの植民地であった17世紀当時、支配者層であるオランダ人がその地に自らの言語を持ち込み、それが現地に定着して、現地語や英語、他の被支配地の言語と交雑しながら現在の形となったものだ。有名なものでは、かつてアフリカで行われていた人種隔離政策「アパルトヘイト」もアフリカーンス語の語彙である。
さて本題だが、このアフリカーンス語と元となったオランダ語の現代の姿を、浜崎靖氏の「アフリカーンス語への招待」(現代書館、2010)では、新約聖書の一節を用いて以下のように比較している。
意味「天におられるわたしたちの父よ、御名があがめ崇められますように」
アフリカーンス
「Ons Vader wat in die hemel is,laat u Naam geheilig word」
オランダ
「Onze Vader in de hemel,laat uw naam geheiligd worden」
アフリカに到達してから400年経ってなお、両者の間に未だには相似点が多数存在することが単語の形からだけでも見て取れることだろう。このように言語が周囲の影響を受けつつも、ハッキリと元の形を残している事例はほかにも存在しており、それらの事例から、母語集団から隔離された言語はかえって母語集団の変化を受けずに古い形が保たれるとする見方すら存在するほどである。
400年近い隔離を経てなおこの同一性を保っているなら、2000年のY2Kから生じた磁気嵐によってワラキアのスシ・バーは日本語から隔離された期間は長く見積もっても4~50年である。2000年以前にこのメニュー名を考案する土台となる知識がワラキアのスシ・バーにもたらされていたとすれば、未だに原型を保っていたとしても何ら不思議はないと言える。
尚、かつてヘッズのニューロンを騒がせたスケベ・ドミネイターと並んで保管されていたウィルス「ソースかつ丼」はこの類型に近い存在だと考えられる。ネオサイタマにおいてかつ丼は2037年時点で既に「ポークカツレツ・ライスボウル」とネオサイタマナイズ変化を遂げていたにも関わらず、ウィルス名称に「ソースカツ丼」が残っていたのは、Y2K以前、又はY2Kからそう期間を置かずに命名されたウィルス名称が、ハッカーの手元に保管されることで変容を免れて、命名当時の非ネオサイタマ的名称を保っていたと考えれば説明がつく。
3 結びに
今回はニンジャに対する言語学的アプローチ、いうなれば「言語ニンジャ学」の導入のため、話題性の高い題材を選び、比較的簡素に発想を羅列する程度にとどめたが、聡明なヘッズ並びに学会員庶子ならばきっとここにさらなる忍殺世界探求の道を見出してくれたことだろう。このような新視点導入による言語学、ニンジャ学双方の更なる発展を祈って結びとさせていただく。
4 参考文献一覧
河崎 靖 2010 「アフリカーンス語への招待」現代書館
クレインス桂子、クレインス・フレデリック、河崎 靖 2004 「オランダ語の基礎」 白水社
仲村 桃子 2010 「ジェンダーで学ぶ言語学」 世界思想社
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