連載小説|寒空の下(12)
職場は知らず知らずのうちに、春休み中の居場所になっていた。俺がしていたのは仕事と呼べるようなものではなかった。だから続けられていたのかもしれない。花蓮さんたちと一緒になって、子どもでもしないような悪戯を繰り返した。しかし、それは善良な客に対してではなく、他人に自分の至らなさを押しつける性根の腐った客に対してだった。
ショッピングモールの駐車場には無数のカートが散乱していた。車まで荷物を運び、面倒になった客たちが元にあった場所に戻さずに放置するせいだった。彼らはそれを店の人間が運んでくれていることを知らないか、わざと嫌がらせをしているかのどちらかだった。無論、同情の余地などないわけで、少しばかりの復讐をくらっても仕方がないと思った。
ある時、買い物を終えてトランクに荷物を詰め込み、そのまま車の後方に隠すようにしてカートを放置しているおばさんがいた。変なパーマがかかった頭に、紫色のフレームをした眼鏡。カート放置の常習犯だった。誰も見ていないと思っているに違いなかった。
運転席に座り込んでしばらくの間、おばさんはスマホに見入っていた。俺たちは前々から計画していたことを実行に移した。画面ばかりに集中していて、俺たちが何をしようとおばさんが気付く様子はなかった。笠原が物陰に隠れながら運転席のおばさんを監視し、車のうしろで作業をしている花蓮さんと俺に合図を送った。少しばかりおばさんが顔を上げたり、辺りを見回す動作をするときには笠原のサインをみて動きを止めた。駐車場にも監視カメラがあったが死角が多く、俺たちはまったく映り込んでいなかった。作業には3分もかからなかった。
マフラーにカートをくくりつけられた車は勢いよく出発した。駐車場内ではカートが車から距離を保った状態でいたのだが、出口のゲートをくぐるのに一時停止した瞬間、見事に後方へ直撃した。控え室に移動し、モニターで缶コーヒーを飲みながらその様子を見ていた俺たちは歓声を上げた。その映像はどんなテレビ番組よりも面白かった。
「いつも誰が片付けてると思ってんだ!」
「西山くん、あんまり騒ぐもんじゃない」
「そうよ、私だって本当はしたくないけどお店のためを思ってやってるだけなんだから」
「何言ってるんですか?内心はざまあみろって思ってるんでしょ?」
笠原は老人とは思えない動きで素早く椅子から立ち上がると俺の足下に空き缶を投げつけてきた。花蓮さんもそれに続いて俺のお腹に向かって空き缶を投げつけてから突然俺に抱きついてきた。
「当たり前だろ!」
「こんなんじゃ足りないくらいよね」
「あんたたち本当にどうかしてるよ」
つづく
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