階段から聞こえてくる音|ショートショート
ついに私は睡眠薬を服用しても眠れなくなった。
最寄り駅のすぐ近くにある8階建ての雑居ビル。その4階に精神科があるということは前から知っていた。
午前中は仕事を断念し、午後から出勤することにした。
上司に電話をすると「いっそのこと丸一日休め」と言われたが、今休んでしまえば後から面倒になることが目に見えていたので、休みたくなかった。
平日にも関わらず、精神科はひどく混み合っていた。営業が始まり10分も経っていなかったが、待合室の座席はすでに埋まっていた。おかげで私は寒い廊下に追いやられ、座り心地の悪い、固くて小さな丸椅子に座って待たされる羽目になった。
目の前には階段とエレベーターがあり、時々患者や配達員の往来があったが、周りには誰もおらず、比較的静かに時を過ごすことができた。忙しくてあまりできていなかった読書にも集中できた。
だが、私の名前はどれだけ待っても呼ばれなかった。受付をしてから1時間以上経過していたが、状況は変わらなかった。午後の仕事に間に合うのか不安になった。
それに、あまり眠れていなかったので、ひどく頭も痛かったのだが、階段から聞こえてくる音が追い打ちをかけた。
ガガガガ!トントントントン!
誰かが階段を駆け下りているのか、もしくは、下の階に小児科があるので子どもが暴れているのかと思ったが、誰も近くにはいないようだった。
音は鳴り止むことなく、一定のリズムを刻んで繰り返された。
ガガガガ!トントントントン!
途中から苦痛が怒りへと変化し、注意をしにいこうと思ったが、いつ自分の名前が呼ばれるか分からないので席を離れられなかった。
少しずつ、その音は大きくなり着実にこちらへと近づいてきた。
本当は両手で耳をふさぎたいところだったが、目が届くところにいる受付の看護師に余計な心配をされたくなかった。
そして、私の名前が呼ばれるのよりも先に、中年の女性清掃員が階段の踊り場に姿を現わした。その手にはほうきを持っていた。彼女は一段ずつ丁寧に階段を掃いていたのだった。
数秒間の間、彼女と目が合った。私は本を閉じて、その顔をじっと見据えた。彼女の表情がいじわるそうに見えてしまった。
やはり、私は先生に診てもらう必要があるようだ。
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