少しだけ特別な人間|エッセイ
全てが中途半端になってしまい、いろんなことに自信を失っていた。
4月から戻った営業の仕事でも、これといった進歩は見えなかった。
いくら客先を回っても売上には繋がらず、自分の存在が無意味に思えた。
会社自体の業績も悪く、未来は明るくなかった。
プライベートで取り組んでいるnote投稿をはじめとした創作活動も
限られた時間の中で納得のいくような作品を作ることができず、
消化不良だった。
どうして自分はこんなことをしているんだろう、
誰も必要していないのではないかと考えてしまい、
負のループにはまってしまいそうだった。
そんな生活の中、二ヶ月半ぶりに美容室に行った。
普段から決まった店に行くことは少なく、用事を済ませるついでに
近くにあるお店に立ち寄ることが多い。
今回も映画館に行く前に、最寄りの駅近くにある美容室を選んだ。
ナチュラル系の雑貨が散りばめられた店内は明るい雰囲気で、
男女4人くらいが取り仕切っていた。
そのうちの二人はご夫婦で、店主はその旦那さんみたいだった。
髪を切ってくれたのはビートルズ時代のジョン・レノンみたいな
アーティストっぽい格好をした旦那さんだった。
旦那さんはカットを始める前に、丁寧なカウンセリングをしてくれた。
僕は少しだけ自分の髪質の話をした。
「今も少し前髪とかにくせがあるんですけど、昔よりかなり良くなって」
すると、旦那さんは僕の髪の毛を触り、
鏡越しにその優しい眼差しを向けて言った。
「それはめずらしいですね。くせ毛が強くなるか、そのままという人が多いんですよ。弱くなったという人は僕のお客さんの中ではほとんどいないですね。私の計算上ではくせ毛が弱くなるのは十万人に一人の確率くらいだと思いますね」
計算に妥当性があるかとか、
実際の人数にするとどれくらいなのかとかは考えなかった。
ただ、自分が少しだけ特別な人間になれたような気がして、
前向きになれた。
旦那さんの腕前はかなり良く、またこのお店に来ようと思えるくらい
素敵な髪型に仕上がった。
僕は陽気な気持ちのまま、電車に飛び乗り、
ウォン・カーウァイ4K作品を見るために映画館へと向かった。
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