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<連載小説>片おもい -5
(エピソード-5) 告白 -1
冬休みも間近に迫った日曜日のその日、わたしと佐竹は、勉強を理由に、シンちゃんの家に上がり込ませてもらうことにした。
シンちゃんの家は庭が広く大きくてりっぱな建物で、
三人兄妹の長男だったシンちゃんは、自分だけの部屋をもち、整理のいきとどいた部屋に案内されると、
ベッドやタンスや机が理想ともおもわれる配置でならべられてあり、
ギターやカセットテープデッキやオーディオセットなどなどの当時あこがれだった品々がさりげなく置かれてありました。
わたしからすれば、シンちゃんは裕福な家庭に育ったブルジョアな人でした。
しかし、彼の素振りにそんなイヤミは一切なく、考えることなども、似ているなあ……、と、いつも感じさせてくれるのでした。
「音楽、なんば聴く?」
シンちゃんは、かならず相手の好むものから訊いてくれた。
「ウーン、なんでんよかばい。」と、わたしが応えると、
「津村。ビートルズって知っとるや」とシンちゃん。
「ウン。なまえは聞いたことあるばってん、ロックのごとあっとやろー。
あんまい好きじゃなかかも、」と首をかしげるわたしに、
「うんにゃー、しずかか曲もいっぱいあるばい」とシンちゃん。
「あっ、……そいやったらきかせて」
シンちゃんはジャケットの中からレコードをとりだすと、
ターンテーブルのふたを開けてレコードをのせて……、しずかに針をおいた。
♪♪♪
When I find myself in times of trouble, Mother Mary comes to me Speaking words of wisdom, let it be ……
「ヘェー、よか曲ねェー、ヘェ~ しらんやったー」
この間だまっていた佐竹が、とつぜん口を開く。
「シンちゃん、高校どけいくとや」
「うん。いちおう、三校(進学校)ば受けてみゅうかねって、思うとる」
「シンちゃん、大学までいくっちゃろうー」
「うん、いきたかねって、思うとる」シンちゃんの答えによどみはない。
「佐竹、シンちゃん、総理大臣ば目指しとっつおー」と、わたしがそれにかさねると、
「うそこけー、プハハハハー」佐竹が嗤う。
「おかしかかね」
シンちゃんが真顔になって返した。
わたしも、あらためてシンちゃんの顔を見る。
二重まぶたのぱっちりとした澄んだ目に、ハッキリとした意志をたたえて、
選んだその道に迷いは感じられなかった。
「オイ、シンちゃん偉かって思うばい。
だいっちゃさ、自分自身ばうたがうたい。
確かみゅうってせんやっか。
みんなさ、誰でんすることば、自分ではっきりこいが良かって確かめもせんで、するやっか。
けっきょく、世の中に流されよるだけじゃなかかねって思うさ。
オイも、そがん生きかただけはしとうなかぞ。
やっぱい、じぶんがこれだって思うことにぶつかっていきたかもん。」
わたしじしん、わたしの頭のなかにあってモヤモヤしていたものが、そんなことばになって出てきたことにおどろいた。
「そしたら、津村は何ばすっとや、」
「オイや。オイは、勉強ば好かんけん、大学なんか行こうって思わん。
いけもせんやろーこのあたまじゃ。
そいけん、なんかじぶんにいちばん合うたしごとば見つくっ。」
「なんや、そしたら、高校いかんとや!」
「いきとうなか。
そいに、普通高って、大学の予備校のごとあるもんやろーが。
……親父のさ、私立にいくごとあんなら働け! って言わすもん。
家にはそがん金はなかって。」
「工業高校にいけばよかやっか、」
「うんにゃ、おいさ、長距離トラックの運ちゃんになりたかっちゃん」
当時、父とおなじ自衛隊の後輩で、母の遠縁にあたるお兄さんがちょくちょく家に遊びに来ていて、父と酒を酌み交わしながら、長距離トラックの運転手をしていたころの四方山話に花を咲かせてくれた。
その未知にあふれる豪快な、
たとえば、一睡もせずに九州と北海道を往復したり、だとか、
高速道路を仲間と連んでほかの車に追い越しを許さずにどこそこまで走った、
だとか、パトカーを挟んで動けなくして、どうした。
などなどと、その勇ましい情景に、自分のすがたを重ねて聴いていた。
わたしが、はじめて口にしたそのことばに、シンちゃんも佐竹もびっくりしていた。
むりもない、皆、高校へ進学して、安定した会社なり大学へ進もうとがんばっている最中に、いきなり長距離トラックの運ちゃんは、意外すぎたことだろう。
「やめとけ、やめとけ。高校はいっとったほうがよかぞ。
あとで絶対に後悔すって」
「オイも、そがん思うぞ、津村、」
佐竹とシンちゃんが真剣な顔で言ってくれる。
しかし、かれらの忠告も、そのときのわたしには届かなかった。
「たぶん、親父さんやお袋さんの許さっさんって思うぞ。」
わたしにも、そのことは分かっていた。
「あー、あー、あー、シンちゃん、〝サイモンとガーファンクル〟ばかけてっ!」
「なんや、なんや、なんや津村! 元気だせよ。
……ところで、杉とはうまくいきよっとや?」
佐竹のそのことばにすくわれたような気持ちになった。
「佐竹。しっとるや……」
「なんば?」
「杉の家のこと、」
佐竹に大まかな説明をしながら、わたしのことばは途切れ、どうじに、
『なんとしても、彼女の力になりたい!』という、リアルな感情が湧いてくる。
佐竹は言った。
「津村、杉にはおまえが必要かっちゃなかや!
杉、おまえのことば好いとっごとあるもん。」
「ほんとや、ほんとにそがん思う、」
わたしが応えると、シンちゃんが言った。
「杉のためにも、高校、いったほうが良かっちゃなかと、」
そのことばが、後日の、わたしの高校進学の大きな理由になったことは事実である。
「オイ、杉に好いとって言うてみっぞ!」
このときわたしは、彼女に告白することを決意したのでした。
すると、シンちゃんが、
「オイも、エミちゃんに、言う。」
「なんや――、シンちゃん、エミちゃんば好いとったとや!」
佐竹がひっくり返って笑いだす。
「なんや、なんの可笑しかとや、さっきから、」
怒ったシンちゃんは、佐竹の首を絞めた。
「うんにゃ、うんにゃ、うんにゃってー、オイもさ、好いとっとのおっちゃん。」
「うっそぉー、」
それを聞いたわたしは、佐竹のいちばん嫌がるくすぐりにかかる。
「バカッ、アハッ、ハッハッハッハッ、は、は、カ、カ、カ、カ・はぁ――、やめろ、止めろって!」
「言うか!」
「言う、言う……、笹本さ。」
一瞬、まばたくのをわすれた。
笹本さんとは、おなじグループのエミちゃんの一番のなかよしだった。
はなしによると、進級して組替えになった当初から
「かわいかねェ~、」と、ずっと思いつづけていたそうで、
しかし、わたしとシンちゃんに好きな女の子ができていなかったら、
だれにも言うつもりはなかった。と打ち明けてくれた。
わたしは、佐竹と笹本のデートしている場面を想像してみた。
すると、なんともたのしそうなふたりが浮かんでくる。
「あー、ウンウン。合うとっぞ、合うとっ。よかカップルになるぞ!」
わたしとシンちゃんはうなずきあった。
「ばってん、笹本、二年のときまで木山とつき合いよったぞ。」
「うっそー、ホントや!」
シンちゃんのことばにはねおきた佐竹は、わたしたちの顔をしばらく見ていたが、また、ひっくりかえって笑いだす。
「クワーッ、……まいった!」
「まだわからんさ。三年になって笹本と木山のうわさば聞かんもん。ひょっとしたら、別れたとかもしれんし……」
こうして、はなしのほとんどが彼女たちの話題で盛り上がり、
二時間三時間とじかんをつぶして、
結果、冬休みまえに三人で打ちあけよう!
ということに相成った、のでした。
打ちあける方法として、
「三人で、それぞれに手紙を書こう」
とわたしが提案すると、佐竹がすぐに大反対して、
しかし以前、三人で短編小説の書きあいっこをしたときに、佐竹の書いた小説がすごく良かった!
とおだてて、しぶしぶ了承をとりつけたのでした。
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