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<連載小説>片おもい -2
(エピソード-2) わかれみちのであい-2
杉というのはおなじクラスの女子で、
グループでたまにはなしをする女の子たちの一人でした。
「えっ、しらん」
「杉、盲腸で入院したとって、」
「へー、ほんなごてや。
オイ……、盲腸切ったことあるばってんさ、切ってから二日ぐらい、屁のでるまでは水も飲まれんちゃん。
笑うたらさ、ウワーッて、泣くごと苦しゅうなるっちゃんねー、」
「ほんとやー、」
「そいに……、あそこの毛ば剃らすとって!」
小学六年生のときに盲腸の手術を経験したわたしは、彼らにそう教えた。
「ばってん……、女で盲腸ば切るとってかわいそかよねー。
あい、一生痕ののこるとやろう?」
そんな話しをしているうちに、病院までお見舞いに行こうか、
ということになった。
途中、本屋さんにより、お見舞いの品物を買うことにして、
あれがいいこれがいいとまよいながら、けっきょく一人一冊づつ買うことになった。
杉はバレーボール部のキャプテンだったので、わたしはバレーボールの専門誌を買った。
シンちゃんは女子がよく学校で見ている〝明星〟を買った。
そして……、少女漫画を買った佐竹は、あとで後悔していた。
病院のまえにくると、だれが先に入るかでもめた。
言いだしっぺということで、シンちゃんがさいしょに入ることになった。
病院の中へ一歩踏み入ると、なんともいやな薬のにおいがして、わたしたちの話し声に釘を打つ……かのように感じた。
診察を待つ人たちの目がわたしたちに注がれる。
スリッパに履きかえて歩きだすと、コンクリートの床がやけに冷たく、堅く感じられた。
「あのー、すいません。きょう、盲腸で入院した杉睦美さんは何号室ですか?」
受付で、彼女の入院している病室をたずねる。
「はい。え……、二一一号室です。面会ですか?」
「はい、そうです。どうもすいませんでした。」
わたしたちはスリッパを摺りながら二階へと階段を登っていった。
「えーと、すぎ、すぎ、――杉!
あったぞ、どがんしゅう。
……ほら、シンちゃん、シンちゃんが言いだしっぺやっか、先に入ってさ、」
わたしは、女子のお見舞いにくることなどはじめてだったので、病室の扉の横にかけられていた名札を見ただけで緊張してしまった。
コン、コン、
「あのー、すいません。すぎ……むつみさん、いらっしゃいますか?」
すると、ドアの向こうから、
「エー、……だいか来らしたよ。だいやろか、」という、数人の女子の声がして、どうじに、
「どうぞー、」という杉の声がきこえた。
ドアを開けたシンちゃんがしどろもどろしながら切りだす。
「あっ、杉が盲腸で入院しとるって、きょう、友だちに聞いてさ、
今、津村ん家でそのはなしばしょったら、
みんなで行こうかってことになって……、これ、ヒマやったらよんで、」
と、本をわたしながら、
「ほら、入ってこんや津村!」とシンちゃん。
病室の中から、
「あっ、ごめんねー。気ばつこうてもろうて」
と聞こえてすぐに、
「ほらー、津村くん。入ってこんね、なんばしょっとー、」と、通りのいい杉の声とどうじに女子たちの笑いごえがあった。
わたしはなまえを呼ばれて、佐竹と顔を見合わせたが、
べつに好きな女の子というわけでもなかったので、もじもじしている自分が可笑しかった。
「失礼、しまーす」
「しつれいしまーす」
中に入ると、クラスメートのなかよし三人組の女子がきていた。
「杉、モウチョウって、もう切ったと?」とわたしが訊ねると、
「うんにゃー、夕方からけん、もうすぐさ。なんか怖かー、」
ベットの上にこちら向きに座っているパジャマすがたの杉を見た瞬間、電気が走った。
まるで、はじめて見るような美少女が、わたしに微笑みかけている。
いや――、それはまぎれもなく杉だった。
ふだん見ていた彼女は、
活発で、バレーボール部のキャプテンをつとめていて、
髪はいつも一つにまとめて、カッターシャツを肘までまくり上げて――、
一瞬で面食らってしまったわたしは、目をどこへもっていってよいやら……、
「ほら、佐竹。なんか言えよ、」などとごまかしていた。
杉とわたしの出逢いはそのときからだった。と言っていい。
この日をさかいに、杉の笑顔があたまからはなれなくなった。
それからというもの、まいにちまいにち、シンちゃんと佐竹をさそって、かえり道の病院へと直行した。
ノートをとって見せてあげるでもなく、
お見舞いの品物を持っていってあげるでもなく、
ただただ、杉の顔を見に通ったのであります。
「シンちゃん。オイ、びっくいしたー。
杉のあがんキレイかって思わんやった、」
「ウン、ウン。オイもそがん思うた。
別人のごとあるもんね。
佐竹も、なんかいつもとちがうって言いよったさ。」
そのことばを聞いて、なんとも自分が褒められているようなうれしさが込みあげてくるのだった。
こうして、帰る道すがらのはなしは杉の話題で盛りあがった。
そんなある日、見知らぬ女の人が見舞いにきていた。
訊くと、杉のお姉さんだという。
「睦美ちゃん、私、二月二十日に結婚式が決まったの」
「うわー、オメデトウ。船乗りさんやろうー、」
「そうそう、あんまり急でね。びっくりしちゃった。」
「ヘェー、こんど、彼ばつれてこんけん。」と、そんな会話が主で、わたしにとってはつまらない一日だった。
……がその帰り道、シンちゃんが、わたしにとって一生忘れられないような話しを打ち明けてくれた。
「津村、杉のこと、好いとっちゃなか?」
「……しっとった、」
「なんとなく、そうじゃなかかねって。
杉も、津村とはなしよっとき、たのしかごとあっし……、」
「ほんとに!」
わたしの顔がにわかに火照りだし、背筋に、ズーンとしびれのようなものが走った。
いままで、経験したことがないような高揚感だった。
「杉の家さ……、」
シンちゃんはそこまで言って口ごもり、そしてつづけた。
「お父さんの居らっさんちゃん。
お父さんとお母さん、別々に住んどらすとって。
そしてね、お母さん、病気に罹らしてね、三年くらい前から寝たきりになって、耳も口も利ききらっさんごとなっとらすとって……」
……シンちゃんがはなし終えたとき、わたしの身体に、わけのわからない震えがおこっていた。止まらなかった。泪が、込みあげてきた。
その日、わたしの家とは反対方向にある杉の家のまえを、シンちゃんといっしょに歩いた。
当時、杉の家のまえを流れている川は、ドブのような溜まりになっていて、その辺一帯が長屋づくりで、もう、すぐにでも崩れそうな家々が連なっていた。
わたしにとって、この日のできごと、
そう……、シンちゃんのはなしを聞きながら身体のなかを走りぬけたもの。
そして、彼女の住まいを目の当たりに知ってしまったこと。それが、大きな塊になってわたしの中に居座った。
今まで、気にも止めていなかった一人の女の子。
あるときその彼女のうつくしさに気づき、すきになり、彼女のおかげで、学校へ行くことが苦にならなくなった。
一日の過ぎるまちどおしさ、
彼女に会えたときのよろこびと安堵感。
明日という日に、希望という灯りすら見えていた。
しかし……、この一人の女の子のまわりには、わたしには想像もつかない現実が取り巻いていたのです。
そして、入院から二週間ほどがたって彼女が教室にもどってきたそのときに見せた笑顔が、さらに、わたしの胸を焦がしました。
そのときに、今さらながらに気づいたのですが、彼女は、以前からそこぬけに明るかったのです。
女子がはずかしがって口にできないような生理やセックスのことも平気で口にしてたし、
おそらく、他の女の子から見たら、異次元的存在にでも見えていたのではなかろうか、
ともかく、彼女のまわりにはいつもたくさんの女子が集まっていた。
わたしは、彼女と出逢うまで、そのあまりにさばけた性格に、彼女には失礼だが、女性としての魅力を感じることができないでいた。
しかし、そのときに見た笑顔の下に……、彼女が照らそうとしているほんとうのものを見た! 気がした。
そこには……、あまりにも健気な杉のすがたがありました。
わたしは、その幼気な灯を、守ってあげたい! そう思いました。
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