<連載短編小説>クレヨン・アイ ‐あおいろさがし‐ -2
(エピソード-2) はじまり-2
と――、そのときでした、
激しい揺れとともに部屋ごともちあがり、
クレヨンたちは部屋の外に投げだされてしまいました。
「かぜだ!
とっぷうが吹きやがった。
みんな気をつけろ!」
クレヨンたちは空中に舞いながら、ばらばらになって草むらの中に落ちてゆきました。
人間は、その散らばった一つ一つのクレヨンたちを草むらの中から見つけだしてもとの場所にもどしてゆきました。
アイは、となりにころんでいる、なんとも色あざやかなクレヨンに気づいて急いで起きあがると、
「キミ……。だいじょうぶかい。
キミって、……とってもキレイな色だね。
な、なんていうなまえなの?」
と、戸惑いながらも、でも思いきって、
あざやかな色のほうに手を差しだしました。
鮮やかな色は、からだを起こすと、
「えっ、わたし。
……それ、ほんと?」
とアイを見て、口もとに笑みをつくりました。
「うん。とっても綺麗だね。」
すると、
「それはどうも、」
と、アイの手を指の先でつまんで、
「わたしは、黄色のソリティよ。
あなただってとってもステキな色だわ、青色さん。」とお尻を上げました。
「エッ? それって……、ボクの名前なの?」とアイが返すと、
「人間がつけた名前よ。
わたしにもその意味はわからないわ。
ただそう呼ばれるからそう呼びあっているの。
黄色のマメツブコロリンちゃんとか、
黄色のメタボンタンさんとか、
黄色のトンガリガリガリンコちゃんとか。
……あなたは、
ちっとも汚れてないから、青色のシンマイさんね。」
「……ふぅ~ん。そうゆうこと。
ところで、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「ええ――、どうぞ。」
「キミは、
クレヨンに生まれてきてしあわせなの?
それともやっぱり、辛抱しながら生きているの?」
「エーッ!
なんだってまた、
そんなことをいきなり訊くかな!」
「だって、みんなガマンしてる。……って、
さっき、小さなクレヨンさんに言われたから。」
「ああ……、あの、イシアタママメゾウさんね。
いつもなにブツブツ言っているのかと思ったら、そんなこと――。
でも、あたりまえでしょ、そんなこと!」
「えっ、なぜ。どうしてなの?」
「だって。
見てよわたしなんか。
あなたにほんのちょっとふれただけで汚れてしまうのよ。
べつに、あなたに文句を言ってもはじまらないことだけど。
わたし、
ほんとうはもっと自由でいたいの。
なのに人間たら、わたしの気持ちなんかちっとも考えてくれずに汚してばっかりなのよ。
大好きなダンスだって、一度だって、気持ちよく踊らせてくれたためしがないんだから。
わたしのやってほしいことなんて、
何にもわかっちゃくれないのよ!
それが苦しみでなくて、なんだって言うの⁈」
そのときでした、黄色のはなしに聞き耳を立てていたみどり色のクレヨンが言いました。
「まぁー、まぁー、まぁー。
おだやかに、おだやかに……黄色さん。
そんなに目くじらを立てるから、ステキなあなたが台無しになるんです。
わたしたちはそうやっていながらも、人間のお役に立てているのですから、それはそれでしあわせなことじゃありませんか。
人間にうまく遣ってもらえないからといって八つ当たりばっかりしていたら、
それこそ……、自分が損なだけですよ。」
「んまぁー、なんですって!
あなたはいいわよ、あなたわ。
あなたなんか、
ほかのだれかに触られたって自分と大差ない色が増えるだけで、
汚れるつらさなんて、ちっともわからないくせに!」
「そ、そんなことはありませんよ。
わたしだって、いろいろと言いたいことはあるけど我慢しているんです。」
「ウソよ!
あなたなんかにわたしのつらさが解るもんですか!
だから、そんなこと、平気な顔して言えるのよ。
わたしなんか、わたしなんか……、
いっつも、
じぶんで自分がわからなくなるまで汚されるんだから。
わたしの身にもなってよッ!」
とうとう黄色は泣きだしてしまいました。
新米のアイは、じぶんのせいで、
黄色が汚れ……傷つくことを知って、
胸が痛くなりました。
『そうか……。こういうことなんだ、』
つづいて聞こえてきたのは、
「黄色さん、泣かないで。
あなたの苦しみはわたしが包んであげるから。
あなた方は、みんなそれぞれに美しい色なのに。
黄色さん、
あなたはあなたのその色であるから、
青色さんとのあいだにみどり色さんを生みだすことができるのです。
あなたがその色であるから、
赤色さんとのあいだにオレンジ色さんが生まれることができるのです。
あなたが……、そのすがたであるから、
ほかのクレヨンたちにとって善いことをしてあげることができるのです。
それは、みどり色さんにしてもおなじこと。
みどり色さん、
あなたは黄色さんと青色さんとのあいだに生まれたことで、
赤色さんとのあいだに土色さんを生みだすことができるのです。
そうやって、あなた方すべての色が関わりあって、わたしたち色の世界は成り立っているのですから。」
それは――、
クレヨンたちのあいだで親しみをこめて
〝おかあさん〟と呼ばれている赤紫色の声でした。
――すると、
あたりがパッと燃えあがるように明るくなって、轟く声がありました。
「そうー、そうー、そのとおり。
みんなそれぞれに個性があるから、世界はまーるくなれるのさ。
それぞれに違いがあるから、交わりあえるのだよ。
そうやって世界は、深く、美しく磨かれてゆくのだから――」
そう言ったのは、輝く炎のような色でした。
アイは、その姿に思わず息を呑みました。
その姿には威厳があり、ほかのどんな色にも勝るエネルギーと圧倒的な存在感がありました。
アイは、おそるおそる訊ねてみました。
「あ、あなたは……?」
「わたしかい。
わたしは〝赤〟だよ。
わたしはすべての色たちに、存在の意義を告げ知らせる者。
ただ、
わたしに近づきすぎると火傷をするからね。
そこには、くれぐれも注意をするんだよ。
……おやっ、
そろそろお迎えのようだね。
それじゃー、みなさんまたあとで――。」
そう言って赤は、人間の手に摘まみ上げられてみんなの前からいなくなってしまいました。
つづいて、みどり色やほかの色たちもつぎつぎにいなくなり……、
草むらの中には、泣きべそをかいた黄色と、アイだけが取り残されてしまいました。
『ごめんよ、ソリティ。
ボク、ほんとに、そんなつもりじゃないんだ!――』
言いかけたとき、黄色も摘ままれて、アイの目の前からいなくなってしまいました。
ソリティとアイは、おたがいが見えなくなるまで見つめつづけておりました。
「オーイ!
ボクだけおいて行かないで。
おねがいだから、
ボクもいっしょに連れてって――!」
そこには……、
とりのこされたアイの声だけが、むなしく響くばかりでした。
こうして、人間がいなくなってしばらくが経ちました。
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