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<連載小説>片おもい -13
(エピソード-13) 旅立ち -1
――高校入学。
クラスのなかに知っている奴は一人もいなかった。
頭の良さそうな奴らばっかりに見えた。
そして入学式のつぎの日だった。
始業のベルと同時に廊下のほうがドヤドヤとうるさい。
と、教室の前後の戸が激しく開かれ、騒がしかった教室の中が一瞬で静まりかえる。
二年と三年の先輩たちが押し入ってきたのだ。
これから、
この学校恒例の〝入学祝いの儀式〟がはじまろうとしていた。
前に三年、後ろに二年の先輩たちがならんで、
あふれた者たちは窓ぎわの敷居に尻をあずけ、もたれかかって見ている。
そのうちの数人が列の両端からニヤけた笑いを浮かべ、からだを上下に揺すりながらまわりはじめる。
ある者は襟首をつかまれ、ある者はスリッパで頭を叩かれている。
『な、なんや、こいは!』
だれもが、頭の中でおなじことばを叫んだに違いなかった。
わたしは腹を決めた。
なるようなるさ。
こんな奴ら、逆らわないほうが利口だ。
一人の先輩が教壇に立った。
頬から顎にかけて大きな傷をもつ三年生の先輩だった。
まるでヤクザが学生服を着ている、そのものだった。
そいつが、
「こらぁー、端からあいさつセンカイ!」
と言ってスリッパを投げた。
それがみごと、わたしの顔面を直撃した。
二年と三年の何人かが嗤った。
わたしはそのスリッパを拾った。
投げた先輩がやってくる。
鷹のように鋭い目をしていた。
「……どうぞ、」
そう言って、わたしはスリッパを床においた。
「おう、スマンのー。ワレ学校どこや?」
「赤日中です。」
わたしは、学校の名を告げた。
「ほー、」
そう一言いって、先輩は教壇にもどった。
そして、
「こらぁー、そこの端んと。
なんば、ポケーってしとっとか。
こけ来て出身校と名前ばいわんかッ!」
端に座っていた男があわてて席を立つ。
完全に硬直している。
うごきがギクシャクとふしぜんで、
教壇に立った上半身は、頬に傷のある先輩の反対側にのけぞっている。
「シャキンて、立たんかいッ!」
先輩が彼の腰のあたりを蹴った。
「は、は、はい。い、井ノ元です。中山中学出身です」
そう言って、先輩のほうをチラリ見して、
「とくぎは、ソロバンです……」
そう言ったとき、教室の中がドッと沸いた。
「バカかおまえは。だいが特技ば言えっていうたか!」
「おまえー、姉ちゃんか妹はおらんとか。」
後ろのほうから声が飛ぶ。
「は、はい。姉がいます」
教室の中に野次が飛んだ。
「どけ、行きよっとか、」
「は、はい。清明の三年です。」
清明とは、女子のミッションスクールだ。
「ヒューッ!」口笛が鳴り、ヤジが一段と激しくなる。
「あした、わがんねえちゃんの写真ばもって来い。わかったか!」
これで彼は合格したのだった。
つぎの男が前にでた。
彼は、意外にもおちついた口調でしゃべりだす。
「ぼくは、神奈川県から引っ越してきた宇羅です。姉も妹もいません。」
「ねえちゃんもいもうともおらんっ――?
そいで済まさるっと、おもうとっとかッ!」
そういって、スリッパやら雑巾が飛ぶ。
「彼女はおらんとか、カノジョは、」
「えェー、あのー、神奈川にはいましたが、引っ越してきたので、こっちにはいません。」
「カノジョとは、どこまでしたとか?」
「エッ。どこまで……」
「最後までしたとか!」
「さいご……まで、と、言いますと?」
「ボ○くさっ、ぼ×!」うしろから声が飛ぶ。
「えっ、ボ○って、……なんですか、」
「オイ、神奈川のぼっちゃん。
工業にきてからカワイコちゃんばしょったっちゃ、卒業はできんぞ。
彼女の居っとやったら、ボ○ぐらい決めてこんかい!」
と、頰にキズのある先輩が言ったあとに、べつの先輩が、
「おまえ、彼女の写真は持ってきとらんとか」と、おだやかな口調で言った。
「ハ、ハイ」
宇羅は、胸ポケットから学生手帳を取りだしてその先輩にわたした。
先輩は手帳を開くと、「ほー、かわいかね。」と見て、
「もう、もどってよかぞ」
そう言って手帳を宇羅にかえした。
「ありがとうございます。」
宇羅はそう言って、傷のある先輩の方をチラリ見して席にもどっていった。
キズのある先輩は、落ちついた先輩のほうを見たが、なにも言わずに、
「つぎーッ、」と、叫ぶ。
おそらくこの人が、電気科をまとめているのだろう。
わたしには、この先輩がすごくいい人に見えた。
けっしてツッパリではない。身嗜みもきちんとしてて、
なにより、温和な表情からやさしさのようなものが滲みでていた。
こうしてわたしの高校生活は、予想もしない展開からじまった。
しかしわたしは、すぐにこの学校の男くささが好きになった。
この学校の先輩たちは、他のどの高校の生徒たちよりも男くさくて凄みがあった。
しかし……哀しいかな、わたしのクラスの者たちはちがっていた。
とても工業高校の生徒とはおもえない坊ちゃん風ばかりに見えた。
それがたまらなくいやで、半年あまり、ほとんどだれとも口を利かなかった。
わたしは入学とどうじにバレー部に入部した。
そしてしばらくのあいだは、バレー部の練習がこの学校とわたしをつなぎ止める鎹になってくれた。
毎日の練習の三時間を球ひろいと声かけに費やす。
練習がすむと最後まで居のこって、先輩のパンツやらシャツやら靴の洗濯とボールみがき。
家に帰りつくのは九時をまわって十時ちかくになることもしばしばあった。
しかし、帰りのバスのなか、車窓を一杯に空けて、
入ってくる春の冷たい空気に身も心もさらす――。
それが、単調な毎日から救ってくれる唯一のなぐさめだった。
学校に来ても、なんのための勉強なのか、目的も目標も見えなかった。
とうぜん、授業に身が入るわけもなかったし、とくに、英語の授業は最悪だった。
佐竹は、向かいの校舎の土木科にいた。
佐竹もしばらくはクラスになじめなかったらしく、昼食の時間になると、二人、部室の裏にまわって、目の前をながれる川を見ながらめしを食った。
ここへ来ると、学校から放れた気分になれた。
めしを食いながらのとりとめもないはなしが、なにより心安まるひとときだった。
もちろん杉のこともはなした。
彼女のことは、いつも頭の中にあった。
一時たりとも忘れることができなかった。
しかし、こちらからの連絡はできないことだった。
ただ毎日、
ポストの中をのぞきこんではため息をつき、
電話がなかったかと母にたずねる。
そんな毎日をおくっていた。
そして、入学から二ヶ月ほどがすぎた土曜日の夕方――、
わたしは、クラブ活動の練習をおえて、ひと風呂あびているところだった。
「昭人! スギさんから電話よー、」
「ちょ、ちょっとまって、いま、フロに入っとったい!」
母は、こうゆうところに無頓着だった。
「あー、ごめんなさい。今、お風呂に入ってるって。」
わたしがあわてて風呂からあがると、
「あとから電話します。って、」
わたしの足もとはビショビショになっていた。
急いでからだを拭き、電話のまえでまつ。
十五分ほどしてベルが鳴った。
すぐにはとらずに、三度目か四度目のベルで受話器をあげた。
「はい。つむらです。」
「杉ともうしますが、あきひとさんおねがいします。」
「ハイ、ぼくです。」
「ごめんね、こないだー。……手紙ありがとう。返事せんで、ゴメンね。」
「あー、よかよか。どがん、そっちは……、」
「ンー、たのしかよ。津村くんのほうはどがんね?」
「あー、ぼちぼちね。今、どこから?」
「屋島からよ」
「あっ、そうや。
……あしたさ、屋島にいくけん、会うてくれんや。」
ただただ逢いたい。それだけだった。
「じつはね、つむらくん。
……あー、はなしにくいなあー、」
「なんや、どがんしたとや? いつもの杉らしゅうなかぞ、」
「あのね……、
私、好きな人のできたっちゃん。」
わたしは声をつまらせた。
頭の中で、巨大化してゆくことばが酸素を奪ってゆく、
「いま、よこにおらすっちゃん。でんわ、替わるけん。」
「……あっ、モシモシ。こんにちわー、」男の声がした。
とっさ、わたしの口はうごいた。
「よかよか。わかったけん、杉とかわって、」
からだが、あのときのようにふるえだす。
杉の意図はわかっている。
わたしのことを思ってのことなのだろう。
彼女の口から、そんなことばが出るはずがなかった。
『わたしのことなどスッパリと忘れて、だいじなことに集中して!』
とでも言いたかったのだろう。
しかし――、怒りは頂点に達していた。
杉にではなく、この男に。
わたしと杉のあいだにとつぜん侵入してきた、この漢に。
「もしもし、もしもし、スギ!」声がうわずる。
「……」
「あした、屋島に来っけん。その男ばつれてフェリー乗り場にこいよ。
一時にまっとくけん。ぜったいに来いよ――!」
「つむらくん……。ごめんばってん、あいとうなかっちゃん……」
「なんでや――、とにかく、オイは、絶対に来っけんね!」
そう言って、おもいきり受話器を切った。
感じたこともないような怒りが込みあげてくる。
わたしは、明日、そいつと勝負する。
そいつを無茶苦茶に殴りたかった。
そしてじぶんを、グチャグチャにしたかった。
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