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<連載小説>片おもい -3
(エピソード-3) 二人の親友 -1
わたしの親友の、シンちゃんと佐竹。
シンちゃんはクラスの委員長をつとめていて、
入学当初から勉強はできたし、いろんな学校活動にも積極的に参加していて、
正義感にあふれて、クラスのみんなからの信頼も厚かった。
……しかし、わたしと彼が知りあったきっかけは、そうではありませんでした。
二年生三学期の、終業式の近づいたある日の放課後のこと――、
わたしはその日、陸上部の練習でいつものようにグランドへ出ていて、
シンちゃんはわたしたちの教室で卓球部の練習にはげんでいました。
そのころのわたしとシンちゃんの関係は、
教室は別棟だったし、小学校も別々で、おたがい名前を呼びあったこともなく、
たまに雨が降って練習を早く切り上げたときなど顔は合わせていましたが、
はなしたこともないあいだでした。
その日、
陸上部の練習が引けて教室へ戻ってくると、
ちょうど卓球部の練習も終わって、皆、汗をふきふき帰りの準備をはじめているところでした。
教室には卓球部の部員の他に、わたしとおなじクラスの者数人が居残っていて、
教室のすみに陣取って、なにやらヒソヒソとやっている。
わたしが教室に入ると、わたしの顔を見て急にニヤニヤと口もとがゆるむ。
……どうやら、わたしが来るのを待っていたらしい。
そのうちの一人が、
「津村、びっくいしたぞ。木村のさー……、」
と、そこまで言って、みんなが笑いだす。
木村さんとは、当時、わたしがあこがれていたクラス女子で、笑った男のなかにはそのことを知っている奴がいた。
「なんやー、」
わたしも釣られるように笑い返す。
「さっきさー、木村の机ん中に日記の入っとったけん読んだっちゃか。
そしたらさー、津村のことばっかい書いてあったぞ!」
言いおわるそのまえに、わたしの顔がみるみる火照りだす。
「うそー、嘘やろがー!」
すると、見知らぬ奴が、
「ほんとさ。オイも見たばってん、
読みよるうちに顔の赤こうなってきたもん。」
……そう、この台詞を吐いたのが、シンちゃんだった。
おまけに、木村さんはその日、部活で居残っていて、
はなしが最高潮にもりあがっているそこへ、
教室の扉をあけてカバンを取りに入ってきた。
皆がいっせいにやじりはじめる。
わたしは
「やめろよ、止めろって!」と、必死になって止めた。
すると彼女の顔がみるみる真っ赤になって、カバンをかかえて教室の外に飛び出していった。
それからなにがはじまったか……、
奴らがわたしのところへやってきて、
「オイッ、つむら。
おまえ満更でもなかっちゃろうーが。
オイ知っとっとぞー。
おまえ、小学のときから木村のことば好いとったっちゃろうーもん。」
「よう言うぞ!」
「ウソコクナ!
そしたらおまえ、あいば好かんとか。
エー、好かんとか、言うてんね。」と言いよられ、
「すかんちゃ、なかばってん……さー、」
「ほら、そうやろうもん。あい、かわいかけんねぇー。
オイもよかねぇーって思うもん。
そいでおまえ、木村に好いとって言うたことあっとや?」
「……うんにゃー、」
「木村は、おまえば好いとっけん、顔ば真っ赤にして出ていったっちゃろうもん。
男やったら、津村から言うてやるべきぞ。
木村もそいばまっとっとやっけん、」
と、話しは彼らに乗せられたまま進み、とうとう、終業式が終わったそのときに打ちあける。
ということで、男と男の約束を交わしてしまったのでした。
そしていよいよ、その、二年生最後の終業式の日――、
しかしわたしは、それどころではなかった。
前々日、いや、一週間も十日も前から、
木村さんを、誰にたのんでどこにさそいだそうか、なんて言おうか……、などと、あたまはそのことでいっぱいだった。
体育館で終業式をすませ、渡り廊下をもどってくる木村さんの友人をつかまえて、
「あのー、木村にさ、きょう、終わったら、
あの……、
そがん時間はかからんけんさ、
ちょっとのこっとって、だいじかはなしのあるけん……て、
そがん言うとって。
ごめんばってん、」
もう――、そのときから、自分でなにを喋っているのか分からなくなっていた。
教室にかえってくると、
奴らがやってきて、
「男と男の、やくそくけんね、」としつこく念を押す。
「わかっとっさ。絶対言うよ、」
そして――、
「きりーつッ!」
「それじゃーみんな、三年生になったら、受験勉強がんばれよ!」
みたいなことを言われ、
「れいっ!」で、みんなが帰りかけると、
教室に残ろうとしている者たちを、
「早うかえれ、帰らんか!」
と、奴らが教室の外へ押し出してゆく。
二、三分後、教室の中はまったくの二人きりになった。
廊下の窓越しに顔がならんで、これからなにごとが起こるのかと興味津々にのぞきこんでいる。
……もう、こうなったらやけくそだ。
彼女は、教室の一番奥の窓際に、外向きに立っている。
わたしは、彼女に向かって歩きだす。
自分の足音で心臓が飛びだしそうになるわ、木村さんは生生しく近づいてくるわ――、
「あっ、……あ、き、き、きっ、木村、び、びっくいしたやろー、んーと、あのさー、
こ、こっ、こないださ、
クラブのすんで、木村が教室に入ってきたときさ、
卓球部んとの笑いよったやろう……。
ごめん、ほんとごめん。
あい、オイのせいやったっちゃん。
そいでさ、
ん~、オイさ、
思いきって言うばってん、
小学生のときから、お、お、おまえのことば、
すっ、すっ、すっ、好いとっ、たっ、ちゃん。」
「…………」
木村さんは、ただ、うなずいている。
視界の隅に、磨りガラスの上のニヤニヤとした顔がいくつも見えた。
「あっ、あんときね、木村の日記ば見たとって、」
そのとき、
木村さんの顔色が変わった。……のが分かった。
イヤなものが、口の中に迫り上がってくる。
「――んにゃ、オイは見とらんばい。」
そのときはじめて彼女がわたしを見た。
彼女は棘のある目でわたしを睨んでいる、のだが、……わたしにはその意味がわからない。
「あいに書いとったことって、本当や。」
「えっ、なんて、」
「うんにゃ、」
わたしは、肩で息を吐きながら一気に言った。
「オイのことば、す、好いとって、書いとったやろ」
そのときにニガイものが、咽元を通って腹の底におちてゆくのがわかった。
「もぉー、すかん‼」
彼女はわたしを押しのけ、教室を飛びだして出ていった。
わたしは、しばし呆然となっていた。……が、
『好きな女ば泣かしてしもうた。なぐさめにいかんば――、』
そのことを一心に思って彼女を追って走りだす。
と――、すぐに奴らが、
「おまえ、なんて言うたとか」とやってくる。
わたしのからだはカクカクカクカクと妙な動きがして止まらない。
「スいトっテ、いウたサ。ニッきニ、かイとっタろウっテ……。そシたラさ、ナきダしテさ。あヤまリにイかンば――」
すると教室のうしろのほうから、ハンカチで口を押さえた木村さんの友人がやってきて、
「つむらくん! あんたなんて言うたとね。木村さん泣きよらすたい!」
わたしはその女子をふり払い、校舎の裏へ走った。
木村さんは、からだを横向きに、しきりに泣いている。
やってきたものの、ことばが出てこない。
ことばにしたらすべてのことが壊れる。と直感した。
わたしは、彼女の肩三十センチ手前にある、見えない壁に遮られたまま、
「……あっ、……あっ、……あっ、」と声をつまらせ、彼女と、今きた道を、交互にふりかえっていた。
その夜の十時過ぎ、とつぜんの電話が鳴った。
シンちゃんからだった。
「やぶんにすいません。津村くんのお宅でしょうか。森沢ともうします。」
「あっ、オイ、オイ。」
「つむら? ゴメン。
ほんとうにごめんね。
オイ、やっぱいだまっとっきらん。」
わたしには、なにを言っているのかが見当がつかない。
「今日のことさ……。
友だちから聞いたっちゃん、」
「あー、ほんなごてー。はずかしかったぁー、」
「んにゃ、ちがうっちゃん。
あいね、みんなで仕組んだっちゃん。
日記ば見たって言うたとも、ウソさ。
ごめん。
オイあした、津村の家まであやまりに行こうって思うとったとばってん、……ほんとにごめん。」
わたしにはまだ、なんのことだかピンときていない。
信じられないのである。
『今日という現実は確かにあった。
オレは今日、木村に好きって言うた。言うてよかったとも思うとる。
そのことが、ぜんぶ嘘やったって? エー、ウソやろもん……』
などとめぐらせていると、
シンちゃんは声をつまらせながら、事のなりゆきをはなしはじめてくれた。……のでした。
と、これが、わたしとシンちゃんの出会いのはじまりだったのです。
そしてこの結末は、
わたしの予感したとおり、彼女には好きな男子がいて、それもおなじクラスで頭が良くてちょっとスケベでハンサムな、女子に人気の、とても敵わない相手でした。
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