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<連載短編小説>クレヨン・アイ -7

(エピソード-7) 海のことば、闇のことば

それからしばらくが経ったある晩のこと……、
どこからともなく声が聞こえてきました。

 ザザザザザザザ~、

 ゴォー~、

 ザザザザ~……

 声は、重なりあう響きとなって、アイの哀しみを包み込むように届いてまいりました。


 坊や――、

 灯台は意地悪を言っているのではありません。

 虹は、光のことば……、

 光のもとから、
 この星にあるすべての命を照らすためにやってくる使者のすがたなのです。

 あなたは、その使者の携える、
 いのちをてらすことばを、
 人々にしらせるために選ばれた〝虹の遣い〟なのです。

 人間は、自分の中にまどろむ能力を引き出すために、
 あなたのもつ色の力を必要とするのです。

 あなたの使命は、
 人間の心のなかにひろがる暗い大空に……、
 輝く虹をえがきあらわすこと。

 さぁー、

 自分のことに苦しんでいるときはもはや過ぎ去りました。
 これからは、あなた自身の務めを果たすのです。

……ザザザザザー、

ゴォォ~……

 海から響いてくることばは、アイのなかに、あたらしいオイルを充たしてゆきました。

 アイは、
意地悪だと思っていた灯台が、自分に教えようとしていた、厳しいことばに隠れた……、その意味をりました。

 灯台はそのときから、
闇の先に沈んだはるか彼方の海に向かって、
力強く――、
灯火ともしを投げ入れはじめました。

 アイは、
いつの間にか、灯台にもたれたまま眠っておりました。

 アイは夢を見ました――、

 それは、大きな大きな虹の夢でした。

 暗黒の宇宙のただ中に、突如、光り輝く虹がすがたをあらわし、丸い輪を描きはじめました。

 すると、その真ん中に、青く輝く星の姿が浮かび上がり――、

アイは思わず、
「なんて……、なんて美しい星なんだ!」
と、目を輝かせました。

 星は、
アイとおなじ色であったのに、
アイには、そのことが分かりませんでした。

 アイにとって自分とは、
 暗い宇宙の中から、
 ただ、
 この美しい光景をのぞいて見ているだけの……、
 明るい世界に憧れているだけの……、
 闇の中の住人にすぎませんでした。

「ああー、ボクも、あの美しい世界に行ってみたいなー。そしたら、どんなにしあわせなことだろう。」

――と思ったその瞬間、アイは、稲妻のような閃光に打たれました。

「そうか! 
 自分が暗いから、明るい世界は見えるんだ! 
 自分の中が暗いから、明るい世界になって見えるんだ!
 あの……、美しい星だって、
 本当は、
 ボクとおんなじで、
 まわりに輝く虹がなかったら、
 あんなに美しく輝くことなんてできないじゃないか!」

 アイは、世界がひっくり返ったのかと思いました。

「ボクは……今まで、
 お日さまが照らしているものを見て、自分で見ている。
 ……と、
思い違いしてただけなんだ。

ほんとうは、ボクが見てるんじゃない。
お日さまが、見せてくれているだけなんだ。

よく……
よく……
見てみなよ、

 ボクが見ているものが映しているのは、
……ボクなんかじゃない。

 みんな
 みんな、
お日さまの姿じゃないか!

 ボクは、お日さまを見て、
それを自分の力だと……
勘違いしてただけだったんだ‼

 あああああーっ――」

 このとき、
アイの足もとにあった大地が取り去られ、
深い深い穴のなかに落ちてゆく自分に、
闇の底に溶けてなくなってゆくじぶんに――、
アイは怯えました。

 そのとき、闇のなかから〝ことば〟がありました。



 ――おまえのなかにあるのが、

〝わたし〟だ

 〝わたし〟はつねにくらく

 おまえのそばをはなれることをしない

 なぜなら……〝わたし〟は

 おまえがひかりをみいだすためにあるのだから

 おまえは、ひかりをもとめて……

 やがて〝わたし〟をみつけだした

 なぜなら、

 おまえじしんをみつけるために

 ひかりを――、

 みたすために。


 その瞬間、目の前にあった闇がとりはらわれ――、
 広大な空間がひらかれてゆきました。

 それは……、
何色ももたない無限大のキャンバスでした。

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