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<連載小説>片おもい -9
(エピソード-9) 生い立ち -3
「どがんしたと津村くん!」駆けてきた彼女の表情には屈託がなく、一昨日のことが、なかったことのようだった。
「オイ、ドジけんさ。
靴ひもばなおしよる男ば跳びこゆーってしたら、その男の立ち上がってさ。思いっきり砂利にころんでしもうたっさ、」
わたしも、くったくのないようにしゃべった。
彼女は、わたしの足もとにかがんだ。
「もう、ほんとうにドジやね、津村くん。……どがん、いたか、」
「うんにゃ、あんまい痛うはなかとばってん、ドクン、ドクンて、脈ば打ちよっとのわかる」
さっき洗ったせいで傷口につまっていた小石がとれたのだろう。血があふれだしていた。
「うわーっ、ひどかたい!」
彼女はポケットからハンカチを取りだした。
真っ白な地に、黄色と青い小さな花びらをちらしたピンクに縁取られたハンカチだった。
正直、杉のもちものにしては可愛すぎると以外におもった。
彼女はハンカチをひらくと、細く長くたたんで傷のすぐ上を縛ろうとする。
「よかよか杉。ハンカチのよごるっけん。」
「なんば言いよると。ハンカチより津村くんの足のほうがだいじかやろうもん。」
そう言って、むすんでくれた。
「すぎ……、」
声をかけると、彼女も顔をあげた。
彼女の目が、鈴懸の大木の影の中できれいにすんで見えた。
「もうー、そがんみらんで。はずかしかたい。」
この一言で、モヤモヤしていた思いがいっぺんに吹きとばされて、すくわれたような気持になった。
彼女はじっと俯いていた。
そのうつむくすがたが、いたいほど愛おしくかんじられた。
いつも一つに束ねられている髪が今日は解かれて、風になびいて……襟元をすべりおちる。
と、すきとおるように白い肌が髪のあいだからのぞいて、おもわず二度見した。
目に映るちいさな肩は、弱い生きものであることを象徴しているようだった。
『すぎ! オイ、おまえのことぜったいにはなさんぞ!
おまえがはなれていっても、オイのきもちは、ぜったいかわらんけんね!』
こころのなかに叫んだ。
そこへ、シンちゃんが保健室の先生を急かしてやってきた。
ちょうど、始業のベルが鳴っていた。
「あとは大丈夫だから。あなたたちは教室に戻りなさい」
そう言った保健の先生のことばに、シンちゃんは、
学級委員長だから。と、保健委員の代わりになることを申し出てくれた。
保健の先生も、仲良しであることを察してくれたようで、
「一時限目はいっしょについていてあげなさい」と、担任の先生にもその旨を伝えてくださった。
杉は、またあとでくるからと、手をふって教室へもどっていった。
治療をすませてベッドに転んだわたしを心配そうにのぞきこむシンちゃん。
それが可笑しくって、大声でわらった。
「そいで、津村。……どがんなったとや、杉とのこと。」
「あー、かいしょう、解消! オイは一生あいばはなさん。
高校にもちゃんといくけん。
あいのためにもがんばらんば。ねっ、」
「そうやー、よかった、」
「ごめんね……、シンちゃん。しんぱいばっかいかけて。」
わたしは、親友の顔を見た。
「よかった。ほんとうに、」
シンちゃんはなんどもうなずいてくれた。
一時限目がおわった休みじかん、佐竹がやってきた。
杉も走ったようすで入ってきて、その後ろから、エミちゃんや笹本やその友だちたちもやってきてくれた。
そして口々に、「だいじょうぶ、津村くん」と言ってくれるそのことばに、はずかしいやらうれしいやらで、みんなの顔がまともに見れなかった。
「おまえ、ドジけんねェー。どれ、オイの唾ばつけてやっけん、」
佐竹のことばでみんなわらった。
わたしはたまらず、ながいあいだ大笑いしていた。
しかしこのときみんなは、それぞれの顔を見ているようだった。
佐竹は笹本さんを。
シンちゃんはエミちゃんを。
そしてわたしは、杉を。
それからしばらく、みんなとのたのしい学校生活がつづき、杉との手紙のやりとりも再開した。
《 前略
津村くん。その後、足の具合はいかがですか。
学校で見るかぎりでは、だいぶん良くなっているようで安心しました。
中学校もあとわずかになってしまいましたね。
仲の良かったみんなと離ればなれになってしまうと思うと、とても悲しくなってしまいます。
でも、みんなこれから、新しい第一歩を、それぞれの生き方で踏みだしてゆくのだから、むしろ、喜ぶべきことですね。
津村くん。津村くんはやっぱり高校へはいかないのですか。
私が、津村くんの進もうとしている人生に対して反対する理由などありません。
むしろ、応援してゆきたいと思っています。
でも……、高校へ通いながら、じっくり自分の進むべき道を検討して、それからでも遅くはないと思います。
そのほうがかえって、津村くんの進む人生にとって大きなプラスになると思います。 》
《 お手紙、何度も何度も読み返してみました。
ほんとうに、ありがとう。
オイも、ほんとうは、しばらく前からそのことば考えよったっちゃん。
高校、工業高校ば受けてみようと思いよる。
もし落ちたら、私立の実業高校にいこうと考えとる。
とにかく、高校は出ていたほうが、これから先のために良さそうだということを、親や、先生、友達、そして杉に教えてもらいました。
一度だけの人生。とにかく、悔いのないようにやってゆきたいと思っています。
そいから、杉が屋島に行っても、ときどき会いに行くぞ。
杉は、高校に入ったらバレーはできんちゃろう。
オイさ、身長もあるけん。そいに、バレー、楽しかごとあっし(杉ば見よって)、高校にいったらバレー部に入ろうと思うとる。
オイ、幅跳び、市で二番やったろー、
ジャンプには自信のあるけん、楽しくやっていけると思う。 》
わたしは決心した。
自分が杉にしてあげられること、
それは、自分をいつも明るく前向きに、彼女にいささかの心配もかけないように努力してゆくこと。
そしてしぜんに、彼女によりそえるような人間になって行こう。
それには先ず、自分を、もっともっと成長させてゆかなければならない。
高校にいったら、まじめに将来の進路のことも考えよう。
それからというもの、クラスに漂う重たい空気もさほど気にならなくなり、逆に、意欲すら湧いてくるのでした。
無意味にしか思えなかった高校進学。
おぼろげながら、その目的のようなものも見えはじめていました。
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