MRIの筒の中で
91歳の今に至るまで、病院とはお付き合いの薄かった私が、最近、体のある部位に異常が疑われたので、医師の勧めにより、MRIの検査を受けるという珍しい初体験をした。
医学の最先端を垣間見る思いで、大人しく円筒状の機器の中に身を横たえ、身体を固定された上で、30分の不動を要求される。
やがて、
"次の検査は4分間です"
というアナウンスの後で、規則正しい単調なリズムの連打が、大音響で始まる。
4分間もこんなつまらない音を聴いてられっか! そうだ、これが何秒間隔なのか数えてみよう。と思い立って、
1,2,3,4,5,6,7,8.. . .
と、合わせてみたが、音が終わったのは、40を大分過ぎていたから、これは60より少し早い脈拍数か?
"次の検査は3分間です"
もう数えるのはやめた。何にしようかな?と考えていると、次の3分間のは、祭囃子の太鼓の音に聞こえてきた。少しリズムに合わせて身体を動かしたくなってきた。
エコノミー症候群を避けるため、半ば癖になっていた足指の先を音に合わせて少しばかり動かしたら、
"身体を動かさないでください"
と、AIらしき声が飛んできた。
次もまた3分。 合計10分になるから、これが終わってやっと三分の一でしかない。後20分も付き合うのか!
ところが次の4分間のは.少し落ち着いた音で、何やら寺院で厳かに奏される声明(しょうみょう)の合唱を連想させた。
それに釣られてか、次の3分間は聴いていてもなかなか訳の分からない、しかし何となく有り難げで耳に心地よい読経に聞こえてきて、法事を営んだ寺院の佇まいまでが目に浮かんできた。
残りの10分くらいは、頭に浮かぶ歌の数々にリズムを合わせようしているうちに、終わりとなった。
ここに至って、はたと気が付いた。頭の中に、沢山の音曲を財産として蓄えているのは、なんと幸せな事だろうと。
私は子供の頃から、音楽を聴くのも、演奏するのも大好きだった。当時の音源は、 NHKラジオのFM放送。縫い物などの手を動かしながら、流れてくる名曲を、飽きる事なく追っていた。
童謡に始まって、 小学校から大学、社会人に至るまでに触れた様々な歌曲や合唱曲は数知れず、更には個人レッスンの発表会のステージで歌ったオペラのアリアなどが、折に触れていつも頭の中で鳴り響いているというのは、異常だろうか。
人生で最大の宝は、友達だと、よく言われるが、その友だちの多くがあの世に去った今となっては、音楽が私の一番大切な宝物であり続ける事だろう。
サムネイル写真: マリア・カラス
https://www.metopera.org/discover/archives/notes-from-the-archives/maria-callas-at-the-met/