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湯の山温泉と菰野ピアノ歴史館 (K-70 / smc PENTAX-FA 31mmF1.8 Limited)
ちょっと名古屋方面に用事に。
で、帰りに朝から湯の山温泉に送ってもらったのだった。
本職の乗り鉄に比べれば大したレベルじゃないんだけれど、乗ったことない路線に乗ってみるの好きなのね。近鉄湯の山線がまだだった。
あと賢島まで行けば近鉄全線乗れるぞ。夏くらいに行けるかな。
下ろしてもらったのは、御在所岳まで上がっていくロープウェーの乗り場近く。スキー客がたくさん上がっていってたけど、私はスキーやったことないし今日もそんな準備ないので、温泉郷へ。
湯の山温泉
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川沿いの谷間を切り開くように、斜面に温泉旅館が建ち並ぶ。
小さめのものもあれば、けっこうな偉容を誇るところもあり、色々。
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車で通れる県道577号線と、階段があって歩いてしか行けない感じの脇道とが並行してる。やはり車道沿いのほうが大きめのところが多いか。
で……明らかに閉業していて、まあ、廃墟になっちゃってる建物も散見された。
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これはタイルを貼り重ねて作ってるんだろうか?
「おみやげの店 杉屋東店」の看板をかけた、三桁の電話番号を書いてるほど歴史を感じる土産物屋の裏手にあった。営業してるかは微妙な感じだったけど、朝9時台だったからなあ。
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三岳寺への近道、という階段を上がっていくと、道沿いにまた立派な廃墟。狭いところに建ててるから道と建物が近くて、あまりに間近に廃墟が見えてしまうから印象が強くなっちゃうな。
別に温泉街全体として末期的な感じはしてないし、御在所岳へのスキー客など通る人も多い。
バブルの頃に北勢の中小企業が旅館借り切って宴会とかやってたそうで、そういう需要が減ってしまったのが痛いんじゃないか、とのこと。
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旅行会社などの看板も見える、往時には良さそうな旅館だったっぽいけど、漆喰も剥がれ戸板も破れ、こうなっちゃうと修繕するにも大変だ。
ここには、盛岡(紫波町)の植物採集家・須川長之助氏の記念碑があった。
極東の植物相研究に一生を費やしたロシアの植物学者マクシモービッチの協力者で、氏が1860年に来日した際に須川氏を気に入って助手に雇った。
マクシモービッチ博士が帰国した後も、須川氏は日本中を巡って植物を採取してサンクトペテルブルクへ送っていた。
1889年に須川氏は湯の山温泉にきて旅館「杉屋」に滞在。この御在所岳近辺の植物を集めていった。
その「杉屋」は、元禄時代に温泉郷が開かれたときからあった宿の屋号だったらしいのだけれど、どうもこれがそうらしい。もうひとつ前の階段脇のコンクリートづくりの建物も、杉屋の建て増し部分だったそうな。
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杉屋のすぐ向こうには、三嶽寺(さんがくじ)というお寺。
平安時代初期の大同2年に傳教大師が開いたお寺で、元は御在所岳の北隣、国見岳にあった。
戦国時代までには僧兵が集まる寺になっていて、信長が伊勢の攻略にかかってきたのに立ち向かい、滝川一益に焼き払われて滅亡。
江戸時代になって、菰野藩主が今の場所に薬師堂を再建し、やがて比叡山の末寺として三嶽寺と名乗る許可が出た。
毎年10月、樽に大量のたいまつを取り付けたものを僧形の男たちが担いで練り歩く「僧兵まつり」というのをやってるそう。
裏山には、江戸時代に女人行場として開かれた、西国三十三観音石仏が祀られた遊歩道があるのだけど、現在は道が荒れているから寺院としては入山不許可とのこと。
まあどっちみち雪に埋もれていて、私は足元が単なるスニーカーだったので、行っていいといわれても行けないけど。
大石公園
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歩いてきた道と、県道577号が交差するところで、川を対岸に渡れる橋がある。この大石橋を渡った向こうが東海自然遊歩道で、散策するにはよさそうな案内図が出てるのだが……これは突入すべきじゃないよな。
この橋は、昭和初期に四日市の実業家・小菅剣之助(四日市鉄道の創設者にして将棋棋士としても有名)が、ここの木造の橋が腐りかけていると聞いて、コンクリートの橋をかけろと設計して図面とともに工事費全額を菰野町に寄付。それで架けられた。
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湯の山温泉を流れる三滝川は、なにやら大きな石が多い。
ちょっと見ての通りの雪だったのであまり深追いしてないけど、ここらは「大石公園」という名付けられていて、夏場なら川に入ったりとかの施設もあるみたい。
あの赤穂浪士の大石内蔵助が菰野藩と縁があり、浅野内匠頭の弟・大学の正室が、菰野藩主土方雄豊の養女だった。
湯の山温泉には、遊び歩いてると装うためにしばしばでかけていて、吉良邸討ち入りの前にも湯の山温泉に四十七士を集めて出陣したとか。
そういうのもあり、「大石」といわれると「どっち?」感がある。さすがに大石内蔵助一族より川の巨石のほうが先にあったと思うけれど。
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この岩だらけの川がいい景色を生む。惜しむらくは右手のホテルが廃業して荒れているのだけれども。車道沿いは比較的荒れた建物は少ない感じはするものの、ないともいえない。
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窓が抜けちゃってるとなあ。ああだめだ、って感じしちゃう。
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三滝川の景観は確か。
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廃墟ばっか狙って撮ってるわけじゃないのだけど、この寿亭など現在も健在なところは、ちょっと高台に建ってたりして道から間近には見えにくい。
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ロープウェイは、冬場のスキー客向けにかぎらず、それ以外でも登山客が多いから通年運行してるそうな。
湯の山温泉には日帰り入浴をやってるところも多数あるのだけど、今回はちょっと準備不足でパス。
湯の山記念館
正式名称はこれでいいの……?
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「男はつらいよ」で、湯の山温泉が舞台になったことがある。
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ひょっとするとリアルに使った物なのかなあ。湯の山温泉と染め抜いてある法被なんて次の回に使いまわしたりもしないだろうし。
パネルで撮影中の写真や当時の新聞記事なども多数展示されてはいるのだけど、なんというか、寅さんマニア必見の場所というより、街のほうが寅さんがきた喜びを黙っていられないで作った感じがする場所。
往時にはちょっとした芸事など披露してたのかな、って感じの小さなステージつきの建物で、日本随一のビッグタイトルが静かに展示されている、なんだか乙だな。
カフェ淵ト瀬
やっと空いてるお土産屋を見かけて少し買い物。
しかしもう10時過ぎてるのに朝食を食べられてない。というところで、川向うにCOFFEEと張り紙が見えた。
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が、回り込むとこれ。廃旅館だったかな、と引き返しかけたけど、よく見るとちゃんとカフェやってる。
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入ってみると、一階部分は板の間で広く客席にしている。外からみた感じだと、二階も大広間っぽいが、元はどんな間取りでなんの商売してたんだろう。宴会場か?
ことさら「他のお客さんと店員は撮影禁止」と掲示してあって、他のお客さんもいたので、内装は撮らなかったのだけど。レトロさは窓枠の感じだけで伝わるだろう。
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コーヒーはシングルオリジン、ケーキセットなどもある。スコーンも二種類あったので両方。(メニュー撮影禁止とあったので詳細はぼかす)
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買い込んだおみやげ。
炭酸せんべいも好きなのだが、この缶はやっぱりほしいよな。うん。寅さん記念館では寅さんバージョンの缶も飾ってあったが、あいにくそれではなかった。
左の袋は湯の花なのだが、この湯の花、他の温泉場でも見た気がする。ついでにいうと湯の山温泉の湯の花だとも書いてないな……(そう書いてる湯の花もあったのだがちょっと割高だった)。
タオルは100円。入浴したら配ってるんやろな。
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ここらで撮った川の写真。
で、このへんから通常はバスで近鉄の駅まで向かうのだが、本数わからないし、どうせ下りだからと歩いていくことにした。(そうした結果、週明けまで筋肉痛が残ってへろへろであるが)
なんか戸建ての民家が並んでるところがあり、そしてまた窓が破れた有様の家も散見されていた。元は旅館で働く人が建てたのだろうか。あるいは常連客の別荘とかだろうか。温泉街で働くんでもなければちと不便なのは否めないだろうしなあ……。
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なんか雪の斜面を登っていく足跡があるが、ヒトだと決めつけてたけどこれ猿とかかな。温泉街でもちょっと見かけてたのよね。
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三滝川は果てしなく岩っぽいまま続いている。
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向こうに見えてる山は御在所岳なんかな。はっきりわからんが、たしかに西の山の方を向いて撮った写真のはず。
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やはりある程度下流にくると岩も割れ、また削れて丸くもなってるな。
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山奥の観光地に欠かせないやつ。
この橋は清気橋というのだけど、なぜか車で通りかかったときに友人とふたりして「電気橋」と見間違えた。
菰野ピアノ歴史館
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道を確認するために見てたGoogleマップに、なにやらこんな施設があると出ていた。
入ってみると、元々ピアノ調律専門学校の合宿所として使われていたのが、コロナで使わないからと、学長が教材として世界から集めてきたピアノを展示する施設に変えたものだそうで。
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所狭しと、とまではいわないけれど、100年前は当たり前、奥のリラ型ピアノなんか200年くらい前のらしい。それが、どれも修復されて調律もされ、演奏可能な状態で並んでる。
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リラ型ピアノの鍵盤。ちょっと長いね。1816年製のSchlepというブランドのものらしい。音を聞いたら、なんか素人にもわかるくらい独特の音がするやつだった。Youtubeに動画があった。
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これは確か、ショパンが愛用してたのと同型のプレイエルといってたかな。1863年製とのこと。この動画の2番めに弾いてるやつかな。
レンズが標準単焦点一本だったから、こんなクローズアップが多くてなんだけど。
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Steinway & SonsのA180グランドピアノ。1921年製。
機構的にはこの頃に完成を見て、今のピアノもこの延長線上の構造らしい。
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たまたま時間をいただけるタイミングだったみたいで、すべてのピアノをひとつひとつ解説してもらえたもので、ピアノが進化していく話やら、これはショパンが作曲に使っててこれはベートヴェンが愛用したとか聞けて実に面白かった。
奥には工房もあってそこも見学できて、機械式自動演奏ピアノとか異様なものもあった。パンチカードでプログラムして演奏できる、はず、だとか。流石にまだ修復中だった。
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こっちも確かスタインウェイだったかな。
黒の艶消し塗装で、ステージの照明が良くなったから、光沢があると結構眩しくて他の楽器の人が眩しいからとつや消しにしてるとのこと。
スタインウェイのピアノ、アメリカでも商売してた影響か、そこらじゅうにパテントを書いてある。資本主義!
日本人の私にはピアノって黒塗りのイメージがあったけど、それをやり始めたのは日本人らしい。ただ、なぜ日本人が黒塗りを好んだのかはよくわからない、とのことだった。
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John Broadwood & Sonsの1822年製。ピアノとしてはかなり初期のもので、ベートーヴェンが愛用したのと同型。
金属フレームがなく、木製の枠に直接弦を張ってる。これだと強い弦も張れないし、あんまり音量も取れず、激しく弾くわけにもいかない。
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これはもっと進化したもので、金属の梁で補強が入る時代を経て、こんながっつり鋳造のでっかい金属フレームに弦を張るようになった。
弦もどんどん強靭になっていき、広いホールで数百人相手に弾けるくらい音量も取れるようになっていく。
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これはピアノじゃなくて、その前に流行ったチェンバロ。バッハの頃だとまだチェンバロのほうが主流かな。
ピアノは、鍵盤から指を離さなくても弦が鳴り続ける作りだけど、そうなってないのがチェンバロ……でいいんだっけ。音の強弱もあまりつかないらしい。
チェンバロは、ピアノの登場とともに過去のものになっていき、壊して薪にされるくらい粗末に扱われて滅亡しちゃったのだけど、しかしその後に復興の動きが起きてまた作られるようになり、これも20世紀になってから日本で作られたもの。
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ヤマハの二代目モデルであるらしいピアノも展示されていた。ロゴがちょっと違う。
ほとんど知識のない私が見ても1時間居られたくらいの、すごく面白いスポットだった。音楽方面じゃなくても、機械が好きなタイプとかでもその角度から楽しめると思う。写真も撮れるから、ちょっと珍しい被写体がふんだんにある。
弾ける人なら弾いてもいいというのだから、もっと居られるんだろうなあ。というか、値打ちのわかる人はすでに海外からでも来てるらしい。
この日も、近々演奏会をやるらしいスクエアピアノ(弦を横向きに張って四角い筐体にまとめてるピアノ)専門という演奏家の方が弾いていた。
最後に、本館の外、門の脇に小さなプレハブが建っていて、そこにもピアノを置いてあった。
私が出ようとして前を通ったときには、ロードバイクが壁に立てかけてあって、ヘルメット被ったままの自転車乗りが弾いてた。邪魔してもなんだから私は立ち去ったけど、程なくその人の自転車に追い抜かれた。格好いいライダーだな。