第4話 閑話
質問した私がばかだった
◇ レッド
「心理テストです。あなたにとって鞄ってなんですか?」
ピンクは「なんですか」と困惑している声をあげたが私が睨むと「俺はこればかり使ってます」と傍らにあった登山用の鞄を持ち上げた。タウンユースもできるから気に入っているらしい(それは建前で、本音は例の二宮君からもらったものだからだ)。ブルーは「あんま鞄使わねえな。マァ、入りゃいい」と答えた。クズらしい回答である。イエローは「持ってねえ。鞄持つと荷物増えるしな」と笑った。確かに彼が鞄を持っているところは見ない。グリーンはグリーンで「仕事用の鞄しか持っていないですね。プライベートでもそれを使っています」と微笑む。
私は酒を飲んで天井をあおぐ。
「私はこう答えたのよ。『ずっといい鞄探してるんだけどなかなか見つからない』って……この心理テストね、鞄は恋人のことを指すんだって……」
全員黙り込んで酒を飲み始めた。やはりここはこの世の終わりである。
青い夢の続きを見ている
◆ 鮫島(続木 宮子の後輩であり楠木先生の元教え子)
「ただいまー」
「おかえり、お仕事お疲れさま」
「ふふー鮫ちゃんもお疲れ。お仕事どう?」
少し考えてから「普通」と答えると、俺の彼女は「そっかー」と笑う。
「浮気しちゃダメだよ?」
「なにを今さら……」
「今さらじゃないよ、ずっと不安なの。女の子は!」
「はいはい、そうですか。お前も学生に襲われんなよ?」
「ア、襲われるのは楠木先生だから」
「楠木先生、未だに襲われてんのかよ……」
彼女のジャケットを受け取りクローゼットにしまう。彼女は俺の作った夕飯を見ると「すごーい! 金目鯛の煮つけだ! 早く結婚したい!」と喚いた。別に俺はどっちでもいいのだが、彼女にとっては自分の戸籍の問題だから重さが違うんだろう。
「うん、頑張ろうな」
「うん!」
「しんどいときはすぐ言えよ。お前に長く生きてほしいんだよ、俺は。ただでさえ年の差あんだからよ」
「ジジイ扱いしないでくれる?」
「ばーか。してないよ。じゃあ、飯食おうか」
「うん、早く食べたい!」
平和だなと思いながら、彼女の頭を撫でる。
この先もこんな風にやっていきたい、この先もこんな風に生きていきたい。ハッピーエンドのその先まで、ちゃんと生きていきたい、と思いながら「大盛りだろ、米?」と聞けば「太らせないで!」と叫び出して、結局、喧嘩になった。
地獄へのカウントダウン
◇ グリーン
『すいません、楠木先生。つーことで響は明日機嫌悪いっす』
「きみたちは日々どうでもいいことで喧嘩しますね」
『あいつ、最近すぐ切れるんだよな、更年期かな』
「そんなことを言ったら、また喧嘩になりますからね」
『知らねーよ、付き合ってられるか、あんなヒステリック馬鹿』
「そういうこと言わないんですよ。先に折れてあげなさい。ホルモン治療は精神不安になるんですから……」
といった鮫島の愚痴を一通り聞き終わってから、こちらから、続木の話をしてみた。彼はわたしが彼女の名前を出したところで『はいはい』と楽しそうな声を上げた。
『知ってます、知ってます。続木さん、まじで美人ですよね。直属の上司なんですよ。超ラッキー、目の保養って感じです』
鮫島には、あの狩人(ただしパートナー持ちばかりを狙うために毎度失恋をする)に狙われているという危機感が全くなかった。わたしは深く息を吐いた。
「……彼女は婚活中なので指輪をして出勤してあげてください」
『えー? 続木さん、彼氏いないわけなくないすか? つーか、そうだとしても俺みたいな醜男には興味ないでしょ。マ、でも先生が言うならつけていきますよ』
続木が顔面で男を選ぶのであれば水戸を選んでいるはずなので、わたしとしては鮫島の対応に、安堵の息を吐くしかできなかった。
そんな鮫島との電話の後に顔を出した『失恋ファイブ』の集まりには、珍しいことにレッドがいなかった。
「遅かったね、先生」
「少し電話をしていて……君たちは何を読んでるんです?」
「キャンプ雑誌」
男三人が顔を寄せ合い、めんどくさそうにキャンプ雑誌を読んでいた。
キャンプなんてすーさん以外は、続木も含めてキャラではないだろう。なぜそんなことになったのかと思いながらコートを脱ぎ、様子をうかがっていると、水戸が心底だるそうに欠伸をした。
「俺は虫嫌いだから行かねえけど、再来週の土日にこの馬鹿コンビと続木は行くっつーから、先生も行けば?」
「はあ、……休みとれたら行きますかね。……え? ちょっと待ってください。続木も来るんですか? 女性ですよ? 彼女、わたしたちと雑魚寝するつもりですか?」
わたしの真っ当な質問にイエローもピンクも、明らかにレッドに片思い中のブルーでさえも首をかしげた。
「なにを心配してんの、グリーン? ここにレッドに手出すやついないし安全でしょ?」
「それにレッドが『アウトドアもできますを婚活でアピールするための写真撮影』が目的なので、このキャンプ……レッドが参加しない道はないんですよ、楠木さん」
「そういう、……そういうことでいいんですか、水戸……?」
「なんで俺に聞く? 金は出してやるからちゃんと続木の面倒見なね。怪我させないように」
水戸は本当に心の底からそう思っているような顔をしている。これは強がりではなく、本気で続木の婚活を応援しているのだろう。水戸はこじらせ方が異常なのだ。
わたしとしては肩をすくめるしかない。
「それで……今日、続木は? この集まりに彼女がいないのは珍しいですよね」
「あぁ、あいつは今日合コンだよ」
「水戸、スケジュールを把握するほどの関係なのに、なぜあと一歩踏み込まないんですか?」
「うるせえ、洗脳するぞ」
「困ったら人の脳みそいじる癖、直した方がいいですよ」
「うるせえうるせえ、ほっとけ。別にいいだろ。とにかくあいつは合コン。そろそろ一次会終わるだろうから電話かけてやろうか? メンツがくそだったら、こっち合流するんじゃねえの? ……なんだよその目は。洗脳するぞ」
「やめなさいってば……」
拗ねている水戸を宥めると、彼はブツブツ言いながら続木に電話をかけた。合コンというのに続木はすぐ電話に出たらしく、しかも最終的に「合流するってよ」ということになったらしい。つまり、どうやらメンツが本当にくそだったのだろう。
そして、続木の結論に対して、水戸は当たり前のように彼女を迎えに行くと言い出した。
水戸が車で来ていたことや、珍しく酒を飲んでなかったことからしても、はなから彼女を迎えに行くつもりだったんだろう。だったら、まあ、続木の合コン結果と水戸の片思いを揶揄うかということになり、『失恋ファイブ』男性陣全員で新宿に移動にすることになった。
新宿の繁華街中心から少し外れた駐車場に車を留め、歩き出してすぐ、水戸が足を止めた。タクシー乗り場の近く、人が行き交う中、彼はしゃがみ込み、何かを拾った。
「なんでこんなところに……」
彼は地面に落ちていたらしい、ネックレスを拾っていた。華奢なデザインのそれは、どこかで見た覚えがあった。
「なんですか、それ?」
「俺が続木にやったネックレス……これ、俺が作ったやつだから他に持ってるやついない……」
サラ、と打ち明けられた内容が、水戸の重さと拗らせを表していて、わたしたちは少し引いた。
「それ、作ってたんですか? 続木のために?」
「まじで執着がえぐすぎんだろ、水戸くん」
「そこまでして何故続木さんに告白しないんですか、水戸さん」
水戸は引いたついでにからかうわたしたちの言葉を全部無視し、スマホを取り出した。
どうやらレッドに電話をかけているらしい。わたしたちは足を止め、彼の様子を見守った。彼はしばらく待ったあと、電話を切った。
「……、……おかしいな……」
「つづきん? 出なかったの?」
「うん……、……ア? あいつ、今ホテルにいるな」
彼はスマホを使って何かを調べながら、何か、恐ろしいことを言う。
わたしとピンクは、『なにこれ』とすーさんを見た。唯一、水戸の友人でもあるすーさんは頭をかきながら、水戸の肩を抱いた。
「えーっと……水戸くん、なにしてる?」
「あいつのスマホの位置情報とってる。ハ? どういうことだ?」
「水戸くん、まじで、なにしてんの? 位置情報とってるって……そんなことできるの……? できるとしてもあんまりやんない方が……」
すーさんの金言を無視して水戸がまた、電話をかけた。しかし彼は今度はそれを切ることない。彼は何かを待ち続ける。
やがて、無機質な呼び出し音を終わり、留守番メッセージが求められる。
彼はゆっくりと口を開いた。
「俺の、続木に、なにしてんだ……?」
地獄の底から響くようなその声が、『キれた学生の声と同じだ』とわたしが気が付いた時には、すでに水戸は走り出していた。
慌てて彼を追いかけ、車に乗り込んだ彼を、失恋ファイブで、なんとか止めた。彼を助手席にうつし、運転席にはすーさんを座らせる。
「どこいきゃいいの、水戸くん!」
「どけ! 俺が運転する‼」
「ダメだよ、今の水戸くんには運転させられねえよ。俺も酒入ってないし、俺がやる」
水戸は、荒く、息を吐いた。
「……わかった、ナビいれる」
水戸くんはナビを設定したあと、血走った目で「急いで、すーさん」と、呻いた。それでも彼の声には理性が戻っていた。
とはいえ、ギリギリだ。
ギリギリのところで、なんとか戻ってきてくれただけだ。導火線に火はついている。
わたしは肩で息をしながら、これでレッドに何かあったら完全にアウトだな、どうか互いのためになにもないように、と祈った。
→第5話
第5話 異世界転生したくないならすっこんでろ(レッドの場合)|木村@2335085kimula (note.com)