命ある限り
私はここ最近、週二日程仕事がオフの日にウォーキングをしている。
定年まで残り数ヶ月となった歳で、健康診断で毎回、「脂肪肝です」、「コレステロール高いです」「肝機能数値ヤバイです」と言われ、その都度笑顔の可愛い妻が、般若の様な顔に変わって永遠と喋り続ける。
仕事の時間が不規則な事もあり、なかなか寝付けないという、もっともらしい理由を付けてはアルコールに何かから逃げ、飲んでる時はその何かを一時忘れるし、夢や希望もやたら大きくなって、酔えば口と気持ちが大きくなる小心者。
そんな自分のままで定年迎えても、ろくな第二の人生送れないと思い、心入れ替えて始めたウォーキング。
ただ歩くだけだと、自分の為だけにしかならない、何か更にプラスになる事も出来ないかと、思いついたのがゴミ拾い。
歩きながらゴミを拾って、途中神社で参拝して神様に近況報告と心の誓い、そして感謝の意を伝え、約5kmの道のりを歩く。
来週月曜の健康診断を控え、一カ月前からアルコールを一滴も飲んでない。
その代わり、寝付けないのは本当なので、睡眠導入剤を半錠飲んでいる。
朝の空気は本当に気持ちがいい。本州最北端の私の住んでる場所にも、やっと桜前線が届き、あちらこちらで桜の花が咲き始めた。
本日は、途中思わず足を止めずにいられない桜を見つけた。
雪の重みなのか経年で老化したのか、幹の半分が裂けて左の大きな枝は、既に地面に倒れてる状態。
なのに、左右どちらの枝にも桜がこれでもかと咲き誇っている。
幹の上に乗っかれば、バキバキって折れそうな状態で、どこからあの花を咲かせる水分や養分が運ばれてるんだろう。
アスファルトの隙間からでも出てくる大根、少しの土埃にでも咲く花。
植物の強さには感動する。
人間は、なまじ知恵や感情を持っているから、その命を粗末に扱う人もいる。
少しでも生きる可能性のある所があれば、そこに根付き花開こうとする植物達を、見習わなければと思う。
自分の健康を粗末にするのも、命を粗末にするのと同じではないか?
その時その場の感情や欲望にかられ、身体は文句言わないから好きなように扱い、結果妻の顔を般若にさせ、自らも苦しい思いをする事になる。
この命ある限り花を咲かせ、この桜と同じく、誰かに何かを伝える事が出来るような自分にならなくてはと思う自分であった。
本日の収穫
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