孫子の兵法について 2
令和4年12月9日
「論語読みの論語知らず」という諺があるが、孫子にもその現象があからさまに、そして過酷に現れる。
戦前の陸大、海大でも孫子は必須科目の1つであったらしいのだが、日支事変以降の陸軍、海軍には孫子の教えに反する行動が余りにも多すぎた。シナ事変をダラダラと長引かせ、彼を知らず、己も知らないまま真珠湾攻撃で日米戦を開始し、兵が国の大事であることを忘れていたかのような敗戦の結果と日本の滅亡である。先人が苦労して手に入れた満州も朝鮮も台湾も失い、太平洋の島々も全て失ってしまった。
お蔭で兵庫県から命からがらに愛媛県の故郷に逃げ帰れたのは良かったが、毎日芋ばかり食って、しかもいつも栄養失調気味で、親父より10㎝も小さく育ってしまった。大学生の頃、300円で「栄光への脱出」というイスラエル建国を描いた映画を見た時に、ヨーロッパ脱出前のギリシャ国における収容所で栄養失調の少年達の頭に出来たデキモノの瘡蓋を収容所にいる老医師がピンセットで1つ1つ丁寧に引っ剥がして、そこから鮮血がプッと飛び出すのを少年が健気に我慢している風景と、その少年の傍に立つ母親に向かって、表で頭を太陽に晒して消毒してやれ、と医師が指示するシーンを見て、思わず涙がこぼれ溢れてしまった。同じ経験をしていたからである。
「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。」
「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況んや算無きに於いておや。」「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきをみざるなり。」
「軍、輜重(しちょう)無ければ則ち亡び、糧食無ければ則ち亡び、委積(いし)無ければ則ち亡ぶ。」
こうした孫子の兵法をことごとく無視し、戦端を開いた後は真っ赤なフェイクニュースで国民を騙し続けて、日本を滅亡に導いたのが戦前の陸大、海大卒のエリートの実態である。
「必ず人に取りて、敵の情を知るなり。」「反間は厚くせざるべからざるなり。」の情報網の重要性を忘れ、「彼を知り己を知れば、勝乃ち殆う(あやう)からず。」を無視したのが昭和初期に育った、いわゆる「お勉強馬鹿」の指導者達であったのである。だから小生、孫子を読む時は「論語読みの論語知らず」を片時も忘れてはならないと気を引き締めている。
私の父は宇都宮高等農林時代に平泳ぎで県の記録を持つ頑強な人であった。その為か二等兵から出発して曹長にまで登り詰めた。優しくてとても誠実な人であった。中支に3度出征して3度とも瀕死の重傷で帰還した。2番目の姉である伯母が父を高知に引き取りに行く時に、人に見られてはならないとバスの中で窓を向いて正座し、涙を拭き続けたと私が大学生の時に思い出を語ってくれた。その伯母も101歳と10カ月で亡くなり、父も95歳と10カ月でこの世を去った。
今回のウクライナ戦争が始まって以来、自衛隊の幹部がよくテレビに出る。皆、頭が良いだけでなく、誠実で国防に真剣で、志操も堅固に見える。戦後の自衛隊は戦前の日本軍よりはるかに健全で賢明に見える。各隊員が「論語読みの論語知らず」に陥ることを固く戒めているのであろう。今後、拡大する防衛費予算については、その多くを自衛隊員の待遇改善に充てることを願って止まない。