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【芸人リクエスト小説】"帽子" "苺大福"

出逢ってくださり、ありがとうございます。
ふたりはリバースの堤と申します。

今回は先輩芸人である、四天王・卓也努力勝利さんから、"帽子" "苺大福"というキーワードをいただいて、短編小説をしたためました。お楽しみくだされば幸いです。




*    *    *


住宅街の午後十時過ぎは、その日の気分で景色がガラッと変わる。
いいことがあった日の帰り道なら、夜道に漏れる各家庭の明かりに暖かさを覚えるし、モヤモヤした夜なら、やたらと誰かを叱る声ばかり聞こえてくるような気がする。
今日はといえば、バイト終わりの帰り道はなんだか街全体がボヤけて見えて、気づいたらいつものルートを外れていた。ボーっとしすぎだ。しっかりしないと。
スクールバッグを担ぎ直して、辺りを見回す。とりあえず国道に向かって歩いていくと、やたらとカラフルな色彩が視界を横切って、足が止まった。

紫の羽、青いバラ、金色のピンバッヂ。

この世中の色と華やかさを集めたようなショーウィンドウの正体は、小洒落た帽子屋だった。

意図するでもなく、僕は自分の被っていたキャスケットを取って、ガラス越しに帽子たちと並べるようにかざしていた。

"お前は生真面目な働き者だけど、その実ちゃんと遊び心がある。こいつがよく似合うな"

三年越しに、叔父さんの声が脳内で再生される。世界中を巡って帽子を仕入れる、行商人の叔父さん。親戚の鼻つまみ者だったけど、あの人と話している時だけ、僕は自由だった。未来ある弟の為に、この地元で働き者であることを選んだ僕にとって、あの人だけが世界への窓だった。
叔父さん、今ごろ何をしているのだろう。知らない国へ仕入れに行って、もしかしたらのたれ死んでいるのかもしれない。それでも、多分あの人は後悔しない。僕もそんな風に死んでみたい。

ショーウィンドウが明るくなって、僕は我に返った。この時間にまた照明が点くことなんてあるんだ、って思っていたら、店の入り口の方から声がした。

「イカしたキャスケットボーイ。そんなにうちの子たちが気に入ったかい?」

真っ赤なボーラーハット、丸メガネに、綺麗なカイゼル髭。なんだか童話にでも出てきそうだけど、三次元にいると不思議と鼻につく、そんなおじさんがニコニコしていた。

「あ、お洒落な帽子だな、と思って」
「気後れすることはないよボーイ、さ、ときめきの赴く方へ!」

おじさんは軽やかなステップで近づいてきて、そのまま僕の肩を抱いて社交ダンスみたいに店内に誘導した。

「あの、もう閉店後ですよね」
「うちの子たちが、君と話したいって言ってた」

話通じないタイプだ。どうやってノントラブルで帰ろうか、と考えを巡らせそうになった。けれど店中に整列した極彩色の帽子たちを目の当たりにして、そんな不安を孕んだ冷静さはあっさり吹き飛んでしまった。胸が、久々に高鳴った。

「ボーイ、帽子の細工まで細かく見るんだねぇ。みんな喜んでるよ。一番喜んでるのは、産みの親のミーだけどね」
「これ、おじさんが作ってるんですか?」
「お兄さんとお呼び。もしくはムッシュね」

いちいちキザだけど、尊敬と好奇心が上回った。ちょっと悔しい。

「え、この花の飾りとかも手作りなんですか?」

おじさんはニヤリと笑うと、レジカウンターの奥のカーテンを開いて、大げさに腕を広げた。

「カモーンヌッ!!」

カーテンの奥には、工房が広がっていた。見てはいけないものを見ているような気分になって、不道徳なくらいにワクワクした。

「このシルクのリボンをね、こうやって結んで、ひらいて、ちくちく縫って、」

風体も相まって、なんだか、小さい頃に催事場で見たマジックショーを思い出した。

「それでこのレースを巻き付けたら、ほら、麦わら帽子がまるでブーケだ」

マジックショーどころか、本当に魔法みたいだった。おじさんは、おもちゃに夢中な子供みたいに、キラキラ笑っていた。それがとっても良くて、嫉妬した。

「僕も、やってみたいです」

おじさんは、カイゼル髭がそりかえって天井につきそうなくらい、口角を上げた。

「特別だぜ、ボーイ」




スマホのバイブが鳴って、僕はリボンを結ぶ腕を止めた。なんてことはないSNSの通知だったけど、時間が信じられないくらい過ぎていて、僕は目が覚めてしまった。

「どうしたボーイ、いい調子だったのに」
「すみません、もう帰らないといけなくて。……弟が、帰りを待ってるんです」

さっきまで賑やかだった空間が、まるで急に手拍子した時みたいに、シーンとなった。おじさんは、一瞬、とっても寂しそうな顔をして、僕の目を見て、それからビックリするぐらい穏やかに微笑んだ。

「ちょっと待っててね」

慌ただしく奥のドアを開いて、見えないけどわかるぐらいドタバタして、おじさんは、片手に一掴みの何かを持ってきた。そして、優しく僕に握らせた。

「ありあわせでゴメンネ。これ、可愛いでしょ」

僕の手のひらには、苺大福が一つちょこんと座っていた。

「疲れた時には甘いもの、でしょ?君は優しい子だから、たまには自分にも優しくしてあげてね」

視界が滲んで、想いが止まらなくなって、はじめて、ほんとうの気持ちが、飛び出した。

「おじさんみたいに、なりたかった」

おじさんは、丸メガネをわざとらしく上げた。

「次会うときは、ちゃんとムッシュって呼ぶんだよ、ボーイ」




ピー、ピー、ピー、ピー。

無機質な電子音が、徐々に輪郭をはっきりとさせて鼓膜を振るわせる。それが洗濯機の終了通知だと分かるまで、結構な時間がかかった。
くしゃくしゃになった参考書の紙が、頬に張り付いて憎らしい。雑に剥がして、参考書を閉じる。

[地方公務員 過去問ベスト]

どこか下品な配色の表紙を、軽く睨みつけた。

えーっと、家に帰ってきて、洗濯機を回して、それが終わるまで勉強をしようとして……すぐ寝落ちたのか。情けない。おかげで、変な夢まで見てしまった。

襖を挟んだ向こうから、ラジオの音声が小さく聞こえる。……あの子は、まだ勉強しているらしい。自慢の弟だ。だから、僕は兄として支えるんだ。未練がましい夢なんか、見ている場合じゃない。

洗濯物を干しに行こうと、椅子から立ち上がった。ふと、上着のポケットに、小さな重みを感じた。

苺大福が、一つちょこんと横たわっていた。

かじる。ちょっと荒々しく。噛みしめる。あれが夢じゃなかった事と一緒に。甘くて、涙が出た。

「あんな感じなのに、和菓子好きなんだ、ムッシュ」


*    *    *

最後までお読みくださりありがとうございます。
今後も、芸人さんにもらったキーワードをもとに書いた小説を、毎週金曜に投稿していく予定です。

ぜひ、お付き合いください。
あなたの隙間が、少しだけ満たされますように。

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