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朝鮮戦争4〜朝鮮戦争下の韓国民衆〜

本記事は、下記note(まとめ記事)の一部です。
あわせてご覧ください。
参考文献:山川出版社『国際政治のなかの韓国現代史』木宮正史


◾️被害状況に関して [p.29]
朝鮮戦争の特徴は、戦線自体が38度線を挟んで大きく南北朝鮮に移動したこと。
戦線の移動に伴って、ほぼ全土が戦場になり、多くの民衆が避難生活を余儀なくされたうえ、戦局に応じて異なる支配を受けることとなりました。

・死者数
韓国側は軍人民間人合わせて130万人、北朝鮮側は250万人と推定されている。この人数は、当時の朝鮮半島人口の10%を超える。

・離散家族
同じ家族でありながら南北双方に生き別れになった離散家族は約1000万人にのぼると言われる。

離散家族が生まれた状況として…
一時的に故郷を離れた最中に、故郷との間に軍事境界線がひかれてしまったり、避難の際に女性や子ども、老人が優先され、家族が離れ離れになってしまったというケースも見受けられました。
また、学生たちの中には、自らの支持する側の陣営に身を投じて戦い、そのまま家族と離れ離れになってしまった方もいらっしゃるそうです。
どれも、一時的な避難や行動と認識していたからこそのことだと感じました。

参照:朝日新聞社著「百年の明日 ニッポンとコリア」取材班
『新聞記者が高校生に語る日本と朝鮮半島100年の明日』/彩流社 2012年


・経済的な被害
軍需に携わる一部の企業と、不足した消費物資の入手・売却で莫大な利益を収めた一部企業を除き、多くの民衆の生活基盤を根こそぎ奪うこととなった。

・社会心理的影響
戦線の移動に伴い多くの民衆は、南北朝鮮それぞれの「施政」を経験させられた。
開放直後、民衆たちの間でも政治活動が活発に行われてきた韓国であったが、不安定な状況に置かれた多くの民衆は、防衛本能から「政治的沈黙」を強いられることになった。

多くの民衆にとっては、左右どちらのイデオロギーに親近感をもつのかというよりも、一方で、毎日、どのような選択をするのかという目前の政治的判断に迫られながらも、他方で、権力が後退することによるリスクを最小化するために、左右どちらにも肩入れしたくないという、非常に不安定な状況に置かれたのである。そして、その過程で、南北朝鮮どちらの陣営にしても、戦争という極限状態の仲で「虐殺」が繰り返された。だれが味方でだれが敵かわからない状況において、味方でないものは全て敵だという論理で「虐殺」が行われた。

山川出版社『国際政治のなかの韓国現代史』木宮正史 p.29


著者の木宮氏は、民衆の、この変化について「戦争の物理的苦難を経験しただけでなく、精神的にも大きな『傷』を負ったのである。」[p.30] と記している。

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