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推しの話

エリザベス女王の時代が終わってしまった。
高校の時に出会いがあって以来イギリスという国に夢を見続けている私は、心に静かな喪失感がうまれたことを受け入れつつ、自分の今までとこれからについて、あれこれ考えを巡らせている。

チャンスは山ほどあったはずなのに、いよいよイギリスに一度も行けないまま大学を卒業しようとしていること。
私の推したちを見守ってきてくれたエリザベス女王の治めるイギリスに、一度も降り立てなかったこと。
もう時代は変わってしまったこと。
こうした時代の大きな変わり目に、自分自身がイギリス国籍を持つものとして現地に立ち会っていないこと。
イギリス国民のひとりとして喪に服せないこと。

私はイギリス人になりたかった。
高校生のころの夢は、手段はどうあれイギリス国籍を取ってイギリスに住み、イングランドの大地に埋葬されることだった。
理由は大きく考えればたった一つ、そのころの推しがイギリス人だったから。

そのおかげで私は今まで30点しか取れなかった英語のテストで突如70点越えを叩き出し、そのままの勢いで外語大へ進学。
「推しの母語」である英語が大好きになり、ウハウハ言って勉強(推し活)しているうちに、今となってはその推しのことを研究の題材として扱いたいがために、大学院への進学を目指している。

その推しはもうとっくに亡くなっているのだが、土葬ではなく散骨だったため、きっとイギリスで大きく深呼吸すれば推しの塵のひとつやふたつが体内に取り込めるんじゃないかと思っている。その塵が降り積もった大地を踏みしめたいし、何より推しが生涯過ごしてきたイギリスで暮らせれば、日本にいるよりは彼のことを身近に感じられるはず。
その思いは今でも変わっていない。

でも女王が亡くなって、私の思い描いていたイギリスは少しだけ遠のいてしまったような気持ちになっている。
推しはコメディアンなのだが、彼にコメディへのきっかけとなる道を勧めてくださったのは、他の誰でもないエリザベス二世だった(このエピソードは話せば長くなるので割愛)。
推しが生きた時代をずっと見守っていた女王が去り、イギリスは新しい治世に入る。
当たり前に女王のいるイギリスを1度でも訪れられなかったことは、きっと今後の人生の中でもかなり上位に入る後悔の1つになると思う。
今後イギリスに行けたとしても、ヒースロー空港で真っ先に思い浮かぶのはそのことだろう。なんというか、さみしい。

じゃあなぜイギリスに行かないのさ、外語大生なら留学とかで行っちゃえばいいじゃん、チャンスもあったんじゃないの?とお思いのみなさん。
いやほんとその通りです。
留学の手続きをして、保険入って、寮も決めて、あとは飛行機だけ…ってとこまでは2回くらいたどり着いたんですけど、どちらもコロナで中止。お金も大して返ってこず。

そのころに勢いでワーッと行っちゃえれば一番よかったのだけれど、2回も中止を食らうと人間それなりに落ち込むもので。いまだに出発予定だった日がくると、毎年「ああ…」となります。
留学どころじゃないような未曾有の日々を過ごすうちに時は過ぎ、もうあと半年で卒業です。
卒業の時期をズラして今から留学行くっていう友達もたくさんいるけど、私には大学院入試があるし、他にも足踏みしてしまう言い訳がたくさんある。

その言い訳というのもまた、「推し」なんです。

イギリスの推しに出会う前から、私には1人の大きな推しがいました。まあ大槻ケンヂさんなんですけど。
中3になる春かな?2015年に筋少のライブに行き、それっきりです。
「留学に行ったらその期間、オーケンのライブに行けない…!」
↑これはもう乗り越えました。当初予定していた留学の日程も、オーケンのライブに行けなくても大丈夫な期間だけ…ってことで予定を組んでいました。行ったっきり帰れないわけじゃないし、案外大丈夫だろうと。
私には他にも音楽界隈でたくさん推しがいるのだけれど、他は諦めても最低限オーケンの現場さえ追えていれば、心身ともに健やかでいられたし。

またしても時は過ぎ、現在。
私には音楽界隈のほかに、新たに演劇界隈にも推しが大量発生。その推したちがくれる音楽界隈にはない底抜けたキラキラ要素のおかげか、私にとり憑いていた負のメンヘラ中二病要素はすっかり抜け落ち、垢もとれて人生がピカピカのはぴはぴに。

私がいまこうして前を向いて生きていられるのも、院試に向けて一人でもなんとか踏ん張れているのも、進路が読めないけどなんとかなると思えるのも、こうした推したちがバランスよく私の周りに存在して、私にも存在価値があると思い込ませてくれるからなんです。

特に演劇界隈での推したちは、今まで割と母数の巨大な推しをメインに追っていた私にとっては、距離感や接し方が身近過ぎて。
SNSで反応をくれたり、現場で直接お話してくれたり、「また来てくれたんだ!ありがとう!」と言ってくださったり…;;

それまでずーっと透明な存在、虚無として一方的に推しへの愛と物販代を送っていた私は、「愛を送れば返ってくる」というこの構図に本当に救われました。自分が確かに存在しているんです。好きな人に、私の存在が見えているんです。ことばが返ってくるんです。独りじゃないって実感できるんです。

大革命でした。生きることを辞めようと思う理由が、徐々に消えていきました。
甘えすぎかもしれないけど、この環境の中なら生きていける。今でも心からそう思っています。
私がいま私としてここに胸を張って立てるのは、全て推したちからの大きすぎる支えがあってこそのことなんです。

さて、ここでイギリスの話に戻ります。
最近私は考えるんです。
もちろん、イギリスに永住する夢は捨てきったわけじゃない。文化的にも政治的にも国際関係的にもお給料的にも研究者としても(もし院受かったらね)、私にとっては日本よりイギリスの方が、何かと行動しやすいことは確かです。
推し英国俳優の出る映画のプレミアとかにも行けるし、元々の推しのことを研究するにも、実際の資料を探したり、彼のことを知る人にインタビューを行うことなどを考えると、圧倒的に動きやすい。逆になんでイギリス人のこと研究してるのに日本にいるの?って感じだと思う。

でも、イギリスに住むとなると、今のような推しの現場に通って生気を養う時間は物理的に取れなくなってしまう。推し活によって生かされている今のこの状態が、半ばリセットされたような生活になることを考えると、夏目漱石のようになってしまう可能性の方が高いように思えるのだ。
つまりどういうことかというと、結局折れて帰ってくる、ということ。

「国」を選ぶことは、生きていくうえでかなり重要な要素のひとつだ。
でもそれと同じくらい、私には「推し」の存在が必要不可欠で、推しがいなければ私はすぐにしおれてしまうと思う。この期に及んで推しのいない人生は考えられない。推したちと一緒に年を取りたいし、楽しい時間を共有したいし、支えあって生きていきたい。

この葛藤が尽きることはないんだろうな、となんとなく察してはいる。
迷っているうちにどういう道にいつ何がどうして進むのかは、現段階ではまったくもってわからない。ある日突然ほかの生きがいを見つけて、今の推したちへの想いなんて忘れちゃうかもわからないし、推しへの想いを断ち切れないままイギリスへ飛び立って、毎晩泣きながらも向こうでうまくやるかもしれない。

今わかることは、ただひとつ。
推しは偉大だということ。それだけです。