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ぬいぐるみ偏愛
こんばんは。ちかと申します。
わたしはぬいぐるみをこよなく愛している。
20数年間、ずっとぬいぐるみと過ごしてきた。小さい頃から大好きでお小遣いは大抵ぬいぐるみに消えていたし、振り回してきたものだ。いまでも必ず数匹のぬいぐるみと添い寝をしている。旅行には連れていくし、許してくれる友人なら日帰りの遊びでも持っていく。家にいるぬいちゃんは100を超え、1人ずつ名前と性格があり、どんな時でも私のぬいぐるみでいてくれる。
地震とかあって家から出ることになったらどうしようと思うくらい、私にとっては大切な子達だ。
フィギュアスケーターの羽生結弦は「どんな時でも同じ顔だから」という理由でプーさんを好きでいるらしいが、私がぬいぐるみを愛するのもまさしくその理由だ、どんな時でも私が最後に触った時のままそこにいる。でも元気な日や元気じゃない日があるように見えて、時に私を泣かせたり喜ばせたり笑わせたりして、でも、ぬいぐるみから私を傷つけることや、ぬいぐるみが私に何かを求めてくることや、感情を押し付けてくることがない。そこにただ、ただいてくれるだけ。
何の気なしに言われた言葉が刺さって刺さって抜けない時。眠れない夜。返事が来なくてイライラした時。自分がふがいない時。疲れた時。なにかに無性に優しくしたい時。誰かの温もりが欲しい時。
どんな時も救いをくれるちいさなこの子達。わたしにぎゅうぎゅうされてペシャンコになっても、シワシワになっても、ゴワゴワになっても、変わらず、むしろ一層愛おしくなって私の元気の素でいてくれる。
元気な時に数日放置してても、挨拶を忘れてもふにゃふにゃのまま一緒に寝てくれて、愛おしいやら申し訳ないやら情けないやら可哀想やらで、一層もっと、なんというか、健気でたまらなくて。ときたま、ぎゅうと抱いて寝る。
もしもうちのぬいちゃんが喋るなら、私にはもうあきれ果てて口を聞いてくれないかもしれないし、ここから出たいと言うかもしれない、そしたら大泣きしながら手放す事になるのかな(本当に涙が出てきた、ごめんね、いつも、ありがとう)
私はとても不器用なので、ぬいぐるみにすら常にやさしくもできないし、きっと意思のある人になんてたくさんたくさん迷惑を掛けてきたし、ひどい仕打ちをしてきているんだろうなとたまに思い出す。神様が人は生まれながらにして罪を背負っていると言っていた意味が分かる。傷つけたくなくてこんなに愛おしい存在でも、わたしはわがままで乱暴になってしまう。ごめんね、ゆるしてね。
気の狂ったnoteになってしまいましたが、ぬいちゃん代表、ダッフィーがとなりで「ちかちゃん、もう寝ないの?寝ないならダッフィーと遊ぼう、じゃんけんする?」とむにゃむにゃ寝言を言っているのでそろそろお開きにします。かわいい、かわいい、、。