
四季の檻 part5
六月 二十六日 午後八時十二分 天候 靄
「はぁー、やっと着きましたねぇ。千紗ちゃん大丈夫ぅ」
「まだ少し怖いです、実際に見るとやっぱり体がすくみます」
「外わ蒸し暑いけ、中入ろうや」
アジサイのドアを開けて中に入るとマスターと目が合った。マスターは何も言わずに席に通してくれた。
「結論から言うよ。近藤さんの同行は、もう許可できん」
「いきなり何言っちゃってるんですかぁ」
依頼主の近藤の安全を確保するには、この言い方しかない。ちゃんと納得してくれれば良いんだが。
「大丈夫です!心配をして言ってくれてるのにすいません。だって、私が依頼した事だし最後まで見届けたいんです」
彼女は全てを悟り話した。わしの言っとる意味を理解して、この言葉を選んだのだろう。
「本当にいんですね?今日よりも危なくて怖い思いするかもしれんよ」
「そうだよ千紗ちゃん、危ないよぉ」
柳沢も必死になって近藤を止める。しかし意思は固いようで、それ以上の説得は無駄だった。
三人で静かに休憩をしていると
「はい、これサービス」
低い声で目の前に珈琲が並ぶ。
マスターがわしらの様子から気兼ねになったのだろう、差し入れをしてくれた。
一口飲むと口全体に豆の良い香りが広がる。やっと落ち着けた気がした。
「近藤さん、これで聞くのを最後にします。本当に付いてくるんじゃね」
「…はい。お願いします」
「分かりました。柳沢の言うこと、ちゃんと聞いてから行動して下さい」
そう伝えて、この話を終わらせた。
「じゃあ、三人で調査を続行するということでぇ」
「次の場所はいつ行きますか?私、予定合わせないといけないし」
今の今まで真剣な話をしていたのに、切り返しの良さに驚きを隠せない。唖然としていると、
「どうしたんですかぁ、早く日時決めましょうよぉ」と急かしてきた。
「悪い、悪い。少し時間空けて行こうか」
「なら、七月に入ってから行きましょうよぉ」
「私、七月なら五日以降ならいつでも大丈夫ですよ」
「なら、七月六日の午後一時にここで待ち合わせにしようか」
「分かりました」
二人ともが同時に返事をしたので、突然の大きな声にマスターが驚きこっちを見ている。
「ははっ、マスターってそんな顔するんですねぇ」
「因みに遅刻したら置いて行くけんの」
そう言い残して二階へと上がって行く。
後ろから二人の不快な声が聞こえてきた。
七月 六日 午後零時五十五分 天候 快晴
外は茹だるような暑さだろう。アジサイの中から眺める景色が揺れる。蝉の声が喧しく、日差しが刺さるような日だ。
「あっついのぉ、マスター冷房どうにかならんの」
「一番低くしてるのに効かないんだよ」
「部屋の中なのに暑いってどうゆうことですかぁ」
柳沢も嘆いた。
「はい、これ」
マスターが冷たい珈琲を入れてくれた。でも、数がおかしい。一つしかない。
「マスター、数足りんよ」
「あってるよ」
冷たい珈琲は近藤の前に置かれていた。実は、三人は既に集まっていて、外に出るのが暑くてアジサイで時間を潰していたのである。
「探偵、貸し四つな」
いったいいつ増えたのか、いつまで加算されていくのか不安になった。
「柳沢そろそろ行かんとヤバいで」
「はい、行きますかぁ」
しかし尻に根が生えた様に腰が重い。
「真島さん、早く行きましょうよ」
近藤に手を引かれながら、アジサイを出た。マスターがこちらを見てクスクス笑っている。
「それじゃ行きますよぉ」
柳沢の号令で出発した。今回調査をする場所は、先日の場所より近く車で一時間程で到着する。
前回とは様変わりして、静かな道中だった。流石にあの現場を見て、はしゃげないだろう。
到着まで少し眼を閉じることにした。
「…きて、起きて下さいよぉ。着きましたよ」
柳沢に揺られ起こされた。
「おぉ、もう着いたんか。はよ中入ろうや」
三人とも車を降り工場の跡に向かう。真島と柳沢が先に歩き、近藤が二人に付いて行く。
「あれ…、ここ」誰にも聞こえない程の小さな声でポツリと近藤が呟いた。
「ここが入り口ですよぉ」
焼け焦げてはいたがしっかりとした扉が目の前に立つ。
「こりゃ立派な扉じゃね、これ大き過ぎん」
大きな扉に感銘を受けていると、少し気になることがあった。
足跡がある、しかも最近つけられた様なキレイな足跡だ。この事は二人には内緒にしておこう。変に勘繰られても困るし、動揺も抑えられる。
「すいません…ちょっといいですか」
後ろを振り返ると、近藤が立ち止まっていた。
「どうしたのぉ、大丈夫ぅ」
「ここに着いた時から何か見たことあるなって思ってたけど、夢で見たのはこの場所で間違いないです」
「くっ、じゃと思うたよ」
頭を抱えながら話す。不思議そうに顔を覗いてくる柳沢が鬱陶しい。
「なんでそう思ったんですかぁ」
「入り口の扉の周りに、わしら以外の新しい足跡があったん見つけたんよ」
「なんでそんな重要な事、言ってくれないんですかぁ」
「お前らに言ったら事にならんじゃろおが」
「千紗ちゃん大丈夫ぅ?引き返そうかぁ」
「大丈夫です、皆さんと一緒なら進めます」
そんな会話をしながらさらに奥に進んで行った。道中、焼け焦げて崩れてきた壁に驚きながらも進んで行く。
「あっ」
後ろから聞こえたかと思うと、シャンプーの香りが通りすぎた。
「千紗ちゃん走ったら危ないよぉ、待ってぇ」
走って奥に進んで行った近藤を追い掛ける。工場の更衣室であったであろう部屋の前で立っている近藤を見つけた。
「ここにおったんか、いきなり走ってどしたん」
「ここです、ここが夢に出てきた場所で間違いないです」
「おい、柳沢!近藤さん見よけ、ええの」
二人を残して中に入ると、異様な臭いに気付く。鼻を腕で押さえ更に奥へ。
「くそっ、やっぱりか」
タバコに火をつけて電話をかけた。
「わしよ、殺しじゃ。今から言うとこに、はよう来てくれ」
電話の相手は貴崎だった。電話を切り二人の下に帰り、事情を説明した。
「近藤さん、あなたが見とった夢は現実で起きとる事かもしれん」
「えっ、じゃあ中に」
「中には大量の血痕、白い椅子が一つ置かれとった。あと一時間かからん位で貴崎達が来るじゃろうけ車で待っとこう」
車に戻る間に今回の事を三人で整理することにした。
・依頼者の近藤が見た夢は現実で起きている殺人の可能性が高くなったこと。
・その殺人がこの場所で行われている可能性があること。
サイレンが聞こえてきた、貴崎だろう。車を出て貴崎を待っていると。近藤も出てきた。
「どしたん?外暑いで中入っときんさい」
「いえ、私もここで待ちます」
蝉とサイレンが交互に鳴り、緊張を煽るにはちょうどいい暑さと音だった。
つづく