介抱のお礼は言葉だけでいい
自分の性格を端的に説明することはできるだろうか。
僕は他人からの評価を気にせずに自分の性格を答えるならば、「温まりやすく冷めやすい性格」である。
僕は幼い頃から頑固なところがあり、やると決めたことは頑として譲らないが、自分の予測が及ばないようなハプニングによって一度でも目標が達成できなかったときに、一瞬にして情熱やらやる気やらがどこかに消し飛んでしまうのである。
今回はそんな僕の人生の敵である厄介なハプニングの話をしたい。
僕は風の噂で、1日2リットルの水を飲めば、胃や腸の活動が活発になり簡単かつ健康に痩せると言うダイエットを耳にした。
当時の僕は、別に太っているわけではないが健康的に痩せることができるのであればやらない手は無いと思い毎日2リットルの水を飲む習慣を己に科した。
しかし、毎日2リットルの水を飲むことは意外に大変なことである。
そろそろお風呂に入って寝ようかなと思い始める深夜0時ごろ、ペットボトルには約3分の1ほどの水が残っている日が多々あった。そんな日は、決まって2リットルのペットボトルを持って散歩をしながら消費していた。
このように、僕はやると決めたことはやる男なのである。
そんな日々が1ヶ月ほど続いたある日の午前0時、ペットボトルの残量を見ると半分程度の水が残っているではないか。その日は、課題の消費に夢中になっていたため水を飲むことが疎かになっていたのである。
僕はその1リットルは余っているであろうペットボトルを持って散歩に出かけた。駅まで歩けば消費し切るであろうという僕の予想が甘かった。駅に着いた時に、まだ水が約750mlほど残っていたのだ。
しかし、僕の決意はそんなことでは挫けるほどやわにはできていない!あと、2駅でも3駅でもこの水がなくなるまで歩いてやるぞ!
意気込んで歩き出したその時、声をかけなければならない場面が僕の視界ギリギリに写り込んだ。
駅の階段の中腹当たりで、手すりを右手で握り、自分の頭を何度もぶつけながら、ブツブツつぶやいているおじさんがいた。
見た目は年齢50代〜60代、肌は浅黒く、白毛混じりの痩せ型で、2本の白いラインが入った上下セットのダルダルのジャージを着ている。
そう、酔い潰れたじじぃである。酔い潰れたじじぃといえども、僕の善意で手を差し伸べる相手の範囲にギリギリ収まっているので、恐る恐る近づいてみると
「うぉ……こ、うし、、、こ、おし…、、こ、おしっこ、、、」
おじさんはずっと「おしっこ」と呟きながら手すりに頭をぶつけていた。僕はおじさんの目の前に立ち、全力の優しい青年声で、
「お水買ってきましょうか?」
と、声をかけた。するとおじさんは、
「違う…違う、おしっこが出ちゃうんだよぉ…」
と、かすれた声で返事をしてくれた。尿意を催していると分かった僕は、目の前にトイレの貸し出しをしているローソンがあることを伝えるとおじさんは、
「いや、ダメなんだよ…立ったら出ちゃう、出ちゃう」
と、俯きながらつぶやいた。僕は少し考えた後に、ペットボトルに入った水を、外に全部捨てて、
「ここにしてください、僕が人が来ないか見てますから」
と言って、空のペットボトルをおじさんに差し出した。すると、おじさんは頭を小さく2回ほど下げて、壁で体を隠すようにして用を足し始めた。
幸いにも深夜だったため人通りはなく、トラブルに巻き込まれることはなかった。
用を足し終わったおじさんは、スッキリとした顔で
「ありがとう、ちょっと待っててください」
と僕の肩に手をポンっと当てて言い、ローソンに小走りで向かった。
その手、汚ねえよなぁ
なんか奢ってくれるのかなぁ
別にいらねぇなぁ
と思いながらおじさんを待っていると、おじさんは外側がビシャビシャに濡れたの自分の尿が入ったペットボトルを差し出してきた。
おじさんは尿入りペットボトルをローソンのトイレで洗ったのである。
僕はそのお礼の気持ちと尿が詰まったペットボトルを受け取りながら2つの可能性があると考えていた。
おじさんは泥酔していたために、訳がわからない行動を取ってしまったのかもしれない。
おじさんは人間界に舞い降りた妖精でおじいさんのおしっこには全ての怪我や病気を治す力があるのかもしれない。
まぁ、兎にも角にも僕はその温かい薄黄色の液体をいただいた代わりに、1日の目標が達成できなかったのである。
その日を境に毎日2リットルの水を飲むという習慣がなくなり、僕の情熱やらやる気やらは滲んでしまい、徐々に薄くなり完全に消え失せてしまったのである。