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上のほうは空いてるよ。
引用はアメリカの古い本だったと思う。
卒業目前の大学生が、公園のベンチで隣り合わせになった弁護士にこう聞いた。
「卒業しても仕事を何にするか、まだ決めていなんです。弁護士という職業はまだ、僕の入る余地がありますか?」
すると、次のようなウィットと真実に満ちた答えが返ってきた。
「下のほうはすし詰めだが、上のほうにはまだ空きがたくさんある。やるかやらないかはキミ次第だ」
中学受検も、大学受験も然り。
いま、真ん中より下のほうで、すし詰めになってない?
私は、上のほうにたくさん空いている席があったのに、なぜ昇ろうとしなかったのか、たびたび悔やまれる。
二華中なら定員105名という、ぴっちりした境界線で「スパンっ」と、容赦なくきられる。
上のほうは空いてるのに。
以前こちらの↑の記事に書いたのだが、こういう合格の仕方は、ほんとしんどい。
それでも、”合格は合格”と開き直るまで相当時間がかかったように思う。
受検終了後、本人から「手応えがあった!」と報告があった。
母は発表までは『合格できるかな』と心の中で感じても、不安の大群が押し寄せてくると、まるでボディーブローのように内臓がえぐられる痛みにさいなまれた。
気がつけば、心が、そして体まで内部から破壊されていく気がした。
不安の波が、内部でじわりじわりと疲弊の波が増殖するような感触。。。
上のほうは空いていたのに。