栞 //220225四行小説
空いた座席に栞が落ちていた。主要駅を過ぎて車内の人は減っていたから、誰かが置いている訳では無いようだった。
落とし物として届けるべきかどうしようかと思案しつつ、栞を摘まんで観察する。この栞には見覚えがあった。上の方にパンダが描かれている、どこかの出版社の出している栞だ。確か書店で無料で配られていたはず。それだけなら別に届ける必要も無いと思えたはずなのだが、問題はこの栞の配布されていた時期が最近ではなく二十年も前というところだった。
時間の経過を示すように、角は少し縒れている。なのに色褪せることはなく、きっとこの栞がずっと本の間に挟まれて役目を果たし大事にされていたからこそこうして綺麗なままであるのが分かってしまった。
この栞はこれまでどんな本に挟まれていたのだろう。どんな本を持ち主と一緒に読んでいたのだろう。持ち主は今頃読書の相棒を無くしてどんな気持ちでいるのだろうか。
届けよう、と思う。帰りに主要駅をまた通るから、そのときに落とし物として届け出ればいい。
座席に座り、迷子の栞を指に挟んだまま鞄から読みかけの本を出す。目的地に着くまで読み、扉が開いたところでページ数を確認した。自分は本を読むときにはページ数を覚えることで栞代わりにしていたから、栞を使うことは無かった。しかし今は手元に栞がある。不意に現れた閃きはとても良いことのように思われて、すぐに実行へと移された。
届け出るまでの間、この栞には他人の本に挟まってもらおう。
自分の本に栞を挟み、鞄にしまった。栞は今どんな気分だろうか。いつも読んでいる本と違うジャンルの本に挟まっているのではないだろうか。他人の本を知った栞は、持ち主の手に戻れば何食わぬ顔で栞としての役目を果たすだろう。けれど、君は持ち主の知らない本を知っている。持ち主はそんなこと知らない。そのことは自分しか知らない。