天官賜福㉕◆(芳心国師最後の指導)魔翻訳した感想と考察
今回は46章に触れていきます。
仙京から強引に攫われてしまった謝憐ですが、それは花城が自分を助けるためだったとわかり嬉しくなっておとなしくいっしょに山間あたりを歩く場面からです。
突如まばゆい光とともに何かが鋭く地面に突き刺さり、行く手を遮られます。それは謝憐が極楽坊の武器庫から持ち帰り神武殿に預けていたはずの絶剣【芳心】でした。
剣を投げつけた者も現れます。郎千秋です。
千秋は運良く正しい目を出してここに辿り着きました。ただし芳心は勝手に神武殿から盗んできたようです。
花城の手が微かに動くと謝憐が制します。
「これは私たちの問題だから」と言われてしまい、しばらく考えてから花城は「わかった」と引き下がりました。
謝憐が地面から引き抜くと、芳心は数百年ぶりに目覚めたかのように剣身がうなる音が響きます。その美しい音は花城の目も輝くほどでした。
千秋は「お前もやっと本当の自分を直視する気になったか」と言い己の剣を抜きますが、謝憐は「本当の私がどんな人間か、君は一度だって理解したことはないよ」と告げました。
両者動き出し、瞬く間に激しく剣がぶつかり合います。
謝憐の流派は【天下帰心流】という武道で、その謝憐から教えを受けた郎千秋もまた天下帰心流の使い手です。
同じ流派でも道場によって修行内容って変わるんでしょうか。
道場はどこであっても天下帰心流自体がこういう修行内容を推奨する!っていう前提がもしあるのだとしたら、謝憐の修行内容の通り【酒・色欲・怒り】が禁じられていることになりますよね。じゃあ裴茗はこの流派じゃありませんね。
現在法力を持たない謝憐は不利なようにも思えますが、彼は天下帰心流の達人で呼吸をするのと同じくらい自然な動きで技を繰り出すことができます。千秋も卓越した使い手ではありますが謝憐と比べると明らかに未熟な部分が目立ってしまい、優勢に立っているのは謝憐でした。
しかし謝憐は次第に眉をひそめ、千秋の剣を押し退けます。形勢逆転されたわけではありません。千秋の剣技が見るに耐えなくなったからです。
「一体なにをしている?天下帰心流は王者の武道だ。無闇に突っ込んで命を懸ける死士のことではない」と苦言を呈す謝憐。
なにをしているのかと問われ驚いた千秋は一瞬手が止まりますが、すぐに歯を食いしばってさらに奮闘します。
ですがしばらくするとまた耐えかねた謝憐が「どうした、要点はすべて忘れたのか?全身隙だらけじゃないか。このままでは3撃も耐えられず私に殺されるぞ!」と声を上げます。
千秋は額に青筋を浮かべ苛立ちと悔しさを抑えきれず「黙れ!!」と叫びました。
千秋は天下帰心流の要点を忘れているわけではなく、祖国の宿敵を目の前にして冷静でいられないのです。
かつて謝憐はこのようにして厳しく千秋を指導し、間違えればそのたびに散々打ちつけることで体に覚えさせていました。もし今、謝憐の言う通りに動きを変えればまるで昔のように教えを受けているかのようになってしまうので千秋は聞き入れることができません。
そして千秋がさらに腹立たしかったのは、謝憐の一挙一動は天下帰心流のお手本ともいえるほどに一切の乱れがないことでした。天下帰心流は品行方正が求められる武道です。血で血を洗うような行いをした者がこれほど完璧に使いこなせるはずはありませんでした。
「三。腕を引け!」芳心の剣身がバシン!と千秋の前腕を打ちます。千秋の一手が非常に危険だったからです。もし剣身で打たれていなければ今頃腕を斬り落とされていた千秋は冷や汗が滲み出ます。打たれた箇所は灼けるように痛みました。
「二。重心がずれている!」次は胸を打たれます。
「一。足が浮ついている!」最後は脚を打たれたので最も痛みが走りました。
先生が子供を叱って手を叩くかのように、謝憐は芳心を戒尺のように使って千秋の体を打ち付けました。
太子殿下強くなぁい・・・?
三度目の飛昇後はずっとなるようになってるだけというか、まわりの助けを得ながらなんとかギリギリでやってる感が強かったのに本当はバリバリ戦えたようです。法力を持たないので限度はありますが。
謝憐はその昔【小君吾】と呼ばれていたという記述が以前ありましたが、ようやくその理由が少し見えてきました。君吾が編み出した天下帰心流の達人であり、その流派は法力が強いほど威力を増すので一度目の飛昇時に信徒が大勢いて法力がとても強かった謝憐は本当に君吾に次ぐ実力の武神だったのでしょう。
花城の武器庫で謝憐の武器オタクな一面が見れましたが、今思うと昔は戦闘狂だったのかもしれないですね。裴茗とはまた違う戦闘狂だと思います。
裴茗は戦争で勝つのが好き!ってかんじで、戦略を練ったり自分も現場に出て功績を上げて自軍を勝利へ導くのが好きなのだと思うんですよ。
謝憐は戦争がしたいわけではなくて、ただいろんな武器を扱い勝負するのが楽しいみたいなかんじだと思います。殺し合いっていうより試合感覚じゃないかな?
でも鎏金宴でやったことを考えると、謝憐も太子として戦場に出て殺しをしてきた経験はきっとたくさんあったのでしょうね。千秋と初めて出会った時なんて敵の首を手にぶら下げてましたもん。あれは人間の首ではなく鬼の首だと思われますが。
これまでの様子を見るかぎり、謝憐は平和主義者ですが不殺主義者ではありません。できるだけ争いはないに越したことはないけど、時と場合によっては殺しも致し方無いという考えではあると思います。
時代背景的に戦争経験者であれば普通のことなのかもしれません。
話を戻します。
我慢の限界に達した千秋は「いいかげんにしろ!俺はお前と決闘しに来てるんだ!授業を受けに来たんじゃない!」と喉元に突き付けられた剣を払いのけて怒鳴りますが、謝憐はもう一度千秋の腕に剣身を叩きつけます。
「お前が私に決闘を挑む資格などない。どこからそんな自信が湧いてくるんだ。今の自分の戦いを思い返してみろ、どれほど無様なものかわかっているのか?上天庭にすら私と決闘をする資格がある者は片手で数えられるほどしかいない。まさかお前がその中に入っているとでも?」と吐き捨てる謝憐。
まるで『自分は三界最強』とでも言っているような態度に千秋は頭に血が上り、剣を抜いて「もう一度だ!!」と叫びます。
しかし「乱れた心では何度やっても同じことだ。お前が私の言葉を聞こうとしないのは、話しているのが私だからに過ぎない。だがそれが私への反抗だと勘違いするな。お前は自分の武道に八つ当たりしているんだ」と謝憐は厳しい口調で言いました。
ぐぅ正論。
完璧すぎる正論パンチです。これはつらい。
謝憐が先程からずっと指摘している千秋の未熟な点は天下帰心流を極めるために欠けていることであり、個人的な恨みや悪口などではないためそれを否定するということは天下帰心流を否定するということです。
千秋の気持ちはすっごくよくわかるんですけどね…。恨んでいる相手に言われることを「おぉそうか!」なんて受け止められませんよ。何を言われたって全部否定してやりたくもなります。気持ちはよーくわかる。だからこそこれはドぎつい正論パンチなんです。
でも指導するという意味では「私の言葉を聞こうとしないのは私が話しているからに過ぎない」というのはとてもいいセリフだなと思います。言われた側がその言葉を受け止められるようになるまでは絶対に時間がかかってしまうでしょうけど…。
千秋は怒りのあまり頭が真っ白になりますが、そのとき閃光のような一撃を放ちました。
謝憐は「お?」と言って素早く避けますが頬には薄い傷跡ができて僅かに血が滲みます。
そして眉間の皺を解き「そうだ。それでいい」と言って微笑みました。
そこからの打ち合いは冷静さを取り戻した千秋が優勢になります。法力の強さで威力を増す流派なので、千秋が正確に打ち込むことさえできれば今の謝憐よりそもそも強いはずなんです。
右腕に怪我を負っていることを忘れていた謝憐はうっかり右手で受け止めてしまい激痛が走ります。大きな隙ができたので千秋は剣を構え突進しようとしましたが、それが右腕の傷によるものだと気付き少し躊躇してしまいました。
そのほんの一瞬の躊躇いが勝敗を決します。
気付くと千秋は地面に倒れており、驚いて下を見ると若邪が千秋の体を縛り上げていました。
汚ぇな太子殿下ぁ!!!!
そりゃないぜ…戦いたくないという気持ちはわかるけどこれは千秋がさすがに可哀想です。どうせならボッコボコにぶちのめされた方がまだマシだったはず。
本気で命懸けの決闘を申し込んでるのに上から目線で指導された挙句に剣でトドメを刺してもくれないオチはあまりにも不憫です。謝憐は法力を持たないという大きなハンデを負ってるのでむしろ若邪を使ってトントンかもしれませんけども…。
でもここでぶちのめさずに終わるのが『本当の謝憐』というやつだったのかもしれませんね。
千秋ももちろん「男なら剣で堂々と戦え!!」と怒り出します。それでも謝憐は「ふ~危なかった!」と笑うだけです。そして「命を落とさずに済むなら、それでいい」と諭しました。
その言葉に千秋は呆然とします。かつての【芳心国師】には「何事にも真っ向から立ち向かえ」と教わっていたからです。
同じ人物の口から出た言葉とは思えない千秋は「…あんたはそんなこと言う奴じゃないだろ!」と言葉を絞り出しますが、謝憐は「前にも言ったはずだよ。私を神聖な存在にするなと。私は昔からこうなんだ」と静かに答えました。
芳心国師はかつて永安人から風変わりな存在として崇められていましたが、本当の姿をいちばん知るチャンスがあったのは間違いなく郎千秋だけでした。修行こそ厳しかった芳心国師ですが、千秋の前では優しかったり人間らしい態度や思考を見せることもありました。(後の章にて取り上げます)
そういった面から「あれ、この人めちゃくちゃ強いってだけでもしかして案外普通の人間なのかも…」と気付ける機会もきっと何度かあったはずです。
でも人間というのは自分の信じたいものを信じる生き物です。霊文が女性姿では香火が栄えなかったのに男性姿に変えた途端信徒が急激に増えたのと同じように、人々はそれが真実であるかどうかは関係なく「こうであってほしい」というものを真実として勝手に信じる傾向にあります。
そしてその理想が真実ではないと気付いた途端に『裏切られた』と感じてしまうんです。
『神を信仰する』というのがどういうことなのかを考えさせられますね。
神に限らず恋愛でも似たようなことは多々ある気がします。要は自分の理想(幻想)を押し付けてしまうということです。
天官賜福はそのことについて度々触れられています。おそらくそれがこの作品のテーマのひとつだと私は考えていますが、それも作者から見れば『勝手な理想の押し付け』なのかもしれません。
若邪に縛られて地面に転がっている千秋に動けなくするための符を貼り、彼に足りないものを今一度伝える謝憐ですが「なんの資格があってそんなことを言うんだ!俺のことを理解しているつもりか!」と千秋は怒ります。
しかし謝憐は「千秋、私は君のことをよく理解しているよ」と答えました。
「君は優しすぎる。昔、私の胸に杭を打つとき君は大泣きしていたね。そして今、敵が傷ついているのを見て攻撃するのを躊躇った。何年経っても君はその性格のままだ。私は嬉しいけれど、心配でもある。もし君の相手が私でなかったら、今頃君は本当に死んでいたかもしれない。君はもう少し落ち着いて、内面の空白を補う必要がある。さっき君に与えた3つの教訓は覚えているね?必ず忘れないでほしい」
千秋は耳を塞ぎたいのであろう表情で「どうしてそんな口調で叱るんだ!どうして俺の師匠面をする!!」と叫びますが、謝憐は静かに「もうしないよ」と答えたので千秋は驚いて言葉を失います。
「これが最後だよ。悪い癖は直すんだ。そして残りのことは、自分でゆっくり考えればいい」と言って謝憐は立ち上がり、歩き出しました。
きつい。
「私の胸に杭を打つとき君は大泣きしていたね」で私が大泣きしそうです。
千秋はめちゃくちゃ怒ってるし恨んでるしぐっちゃぐちゃになってるけど、本当に本当に師匠が大好きだったんだということがわかる一文だったのであまりにもきつい。
相手が手負いというだけで攻撃するのを躊躇するような子なんだから、敬愛する師匠を殺す時は想像を絶する苦しみだったでしょうね。国を挙げて追い詰めたとき憎くてたまらなかったでしょうに、いざ手にかける時がきてそんなに大泣きするってことは、その時いちばん大きかった感情は『憎い』よりも『悲しい』だったと思います。
そんな思いをしてまで心臓に杭を打ったというのに、実は生きてました~なんて当然メンタル崩壊するでしょう。彼は怒りで我を忘れて聞き分けのない子供のようにも見えますが、冷静に彼の立場になって考えるとそりゃそうなるって思うんですよね私は…。
そして謝憐が「もうしないよ」と言った時に千秋が呆然としてしまったのも、突然終わることに驚いたというのもあるとは思いますが、数百年ぶりに指導されて少しあの頃の感覚が蘇ってしまったというのにこれが最後と宣告されて、認めたくないけどちょっと寂しいと感じてしまったんじゃないのかな…っていう想像をしました。私が千秋ならきっとそう感じます。
いやこれ本当に千秋の立場で考えるとあまりにもつらくないですか…?気持ちの行き場がないですもん。当の本人も相手にしてくれないですし。
でも謝憐も相当つらかったはず。だって自分の胸を刺そうとして大泣きしている弟子の顔を見ながら死んでいったんですよ。死んでないけど。
芳心国師が鎏金宴で何故あのようなことをしたのか明らかになるのはもう少し後のことですが、もはや自分が殺されるところまでが計画の内だったともいえます。
だとしても、いざその時が来て愛する弟子が大泣きしながら杭を打つ姿を見たときどんな気持ちだったのか考えるともう本当に涙が出てしまう…
謝憐てもしかして心の痛みを体の痛みで無理やり上書きしてる説ないですか?
千秋は「待て!」とあれこれ叫んで引き留めようとしますが、謝憐は花城を連れてその場を立ち去ろうとします。
謝憐が振り返らないとわかると千秋は悔しさをぶちまけるように罵り始めました。
「お前みたいな奴がこの世でいちばん嫌いだ!自分が不幸だと他人が幸せでいるのが許せないんだろう!今さら善人ぶって何様のつもりだ!お前に師匠を名乗る資格なんかない!俺は絶対にお前みたいな人間にはならない!!」
それまで下を向いて足早に歩いていた謝憐でしたが、最後のひとことを聞いて足が止まります。そして突然踵を返し千秋を指差しながら「今なんと言った?もう一度言ってみろ」と言いました。
「言っただろ、俺はお前のようにはならない!お前に何をされ何を教えられようが、お前のようには絶対にならない!!」と再び叫ぶ千秋。
謝憐は腕を組み冷然と千秋を見下ろしていましたが、しばらくして「いいね。いい!よく言った!」と大笑いし始めました。こんなに笑ったのはいつぶりだろうというくらい笑いすぎて涙まで出てくる謝憐。
そして「今日言ったことを絶対に忘れるなよ。決して私のようにはならないってね」と言うと「あんた病気かよ!!」と返す千秋。
謝憐は「そうだよ、今さら気付いたのか?」と言い、千秋がさらに罵倒しようとした瞬間、突然ボンッ!!と何かが爆発したような音がして赤い煙がもくもくと上がります。
謝憐は驚いて目を丸くしましたが、煙が風で消えるとそこにあったのは郎千秋にそっくりな左右に揺れる【起き上がりこぼし】。
というより、起き上がりこぼしになった郎千秋。
花城はそれまで腕を組んで黙って見守っていましたがついに動き出します。起き上がりこぼしを指でピンッ!と弾いてからすぐどこかにしまいこんでしまいました。
花城、限界でした。
よく頑張りましたよ彼は。殿下の言いつけを守ってここまでちゃんとおとなしくしていたので私もあえて取り上げませんでしたが、彼はずっっっと我慢していました。
いつもならとっくにキレて相手を小間切れにしていたことでしょう。
閃光のような一撃が謝憐の頬をかすめた時も、謝憐が右腕の負傷を忘れて右手で攻撃を受け止めてしまった時も、千秋がお前のようにはならないと叫んだ時も、ずっとイライラとハラハラとモヤモヤでいっぱいでしたが「これは私たちの問題だから」と言われてしまったので我慢してました。
しかしついに限界が来たようです。
驚いている謝憐に「兄さん、この弟子は反抗的すぎるからもう放任するべきじゃないと思うんだ。あなたは心優しくて厳しく叱れないだろうから、三郎がちょっと出しゃばらせてもらったよ」と首を傾げて笑いながら花城は言います。
謝憐は「誤解しないでくれ、もう私は師匠じゃないんだ。それに千秋はいい子なんだよ!彼を責められない」と慌てて言いますが、花城は淡々と「そうなの?どこがいい子なんだろう、教えて兄さん。もしかしたら感動するかもしれないから」と返します。めちゃくちゃ怒ってるじゃん。
「たとえば…彼は裏表がないんだ」
「それは単に考えが足りないからじゃない?」
「とても正直だ!」
「だから、考えが足りてないんでしょう?」
「彼はその…」
「考えが足りてないんでしょう?」
「…………まだ何も言ってないよ…」
彼はもう我慢の限界を超えているので何が何でも折れません。
謎の術により千秋を起き上がりこぼしにされた上に鬼王の手中におさめられてしまってはさすがに気が気じゃない謝憐は、とにかく千秋はいい子なのだと説得するためにぽつりぽつりと自分が芳心国師になった経緯を花城に話し出します。
永安国と仙楽国には深い因縁があるため、謝憐は本来永安国に留まるつもりはありませんでした。しかし郎千秋のために国師となって留まることにしたのです。
そのきっかけとなったのが『郎千秋が12歳のときに太蒼山で妖魔に襲われ、花の枝を剣に見立てて魔を祓い彼の命を救った』とされるあの出来事でした。
神武殿で霊文が説明してくれましたね。以下はその続きになります。
これは泣いてしまう。
芳心国師時代の話が美しいほどつらくなります。
こんなことになるはずじゃなかったんですよ…こんなことになるはずじゃ…どうしてこうなってしまったの…
「実際は私も救われていたんだ」っていうのが本当につらいです。何百年もずっとひとりぼっちでしたからね。そんな彼の心を温めてくれたのが仇でもある国の太子殿下だったなんてどんな運命のいたずらですか。
花城も話を聞いていろいろと思うところはあるような反応でしたが静かに聞いていました。
「私はそこまで泣き虫じゃなかった」と聞いた時だけは自分の髪につけている飾りをいじりながら「そうなの?」と返していましたね。めちゃくちゃ気になるでしょうよ800年選手としては。殿下が12歳の頃はまだ出会ってもいなかった頃なのでそれについては聞きたくてたまらないでしょうね。ええ。
千秋が「不公平だ」と言ったことに関しては花城も「不公平だ」と同じことを言っていたので謝憐はクスッと笑ってしまいました。
謝憐はこの勢いに乗り「花城主、あなたはとても心優しい人だ。千秋は冗談が通じないんだよ、だからもう術を解いてやってもらえないかな」と交渉を試みますが、「俺は優しくないしそもそも人じゃない」とズバッと言い切られてしまいました。どうしても折れてはくれないようです。
続けて「奴は俺の領地で騒ぎを起こしたから少しばかり懲らしめてやっただけだ」と言うので、そこを突かれてしまうと謝憐も強く出ることができません。
「君の領地に潜り込んだのはそもそも私なんだ。彼の行動はすべて私を助けるためにやったことだから、私に責任がある。どんなことでも約束するから、今回だけは彼のことを多めに見てやってもらえないだろうか…」と遠慮がちに言う謝憐。
すると花城は「おや、どんな約束でもしてくれるの?」とニッコニコの笑顔になります。
絶対なにか企んでる。
謝憐が勢いよく頷くと、花城はますます笑みを深めて「ちょうど俺の方にもひとつ、大事な用事があったんだ。兄さん、手伝ってもらえるかな?」と言うので、謝憐はすぐさま食いついて何を手伝えばいいのかを尋ねます。
しかしそれについてはまだ言えないそうです。時が来れば自然とわかることだから、手伝ってくれるのなら今すぐ自分について来てほしいと言う花城。
「これは急を要するし、とても危険なことなんだ。一刻も待てない。これが片付けば郎千秋を返してあげる」と言われた謝憐は迷うことなくその手伝いをすることにします。絶境鬼王が頼み事をするなど只事ではないと思ったからです。
上天庭に一報入れておくか悩むも、花城の用事とやらを済ませて郎千秋を無事に連れて帰ってからにした方がややこしくないだろうと謝憐は考え直します。ちょうど法力も切れてることですしどのみち通霊陣には繋げられません。花城から法力借りればいいだけの話なんですけどね。
いま自分は追放されるか否かのいちばん最悪な状態なので、怒られたところでこれ以上悪いことなんて何もないだろうと覚悟を決めて出発することにしました。
花城は軽く警告するように「兄さん。今度こそ黙って消えたりしないでね」と言います。
謝憐はすぐに笑顔で「もちろん。絶対にしないよ」と答えました。
その約束は守られません。
なんせ仙楽国は誰も言うこと聞かないので。
そして忘れないでください。
殿下が上天庭に連絡しなかったせいで犠牲になった者たちを。
風信と慕情、まだ探し回ってます。
今回はここまでにします。
幼い頃の慕情てたしか、謝憐が頼み込んで同じ道場(皇極観)で修行させてもらえることになったんでしたよね。ということはおそらく彼も天下帰心流の使い手ということになるでしょうか。
今一度、天下帰心流の復習をしますがこの流派は大らかで悠然とした構え、広く明るい気概が求められるそうです。
繰り返します。
大らかで悠然とした構え、広く明るい気概が求められます。
………む、慕情さん…
本当に天下帰心流ですか……?