天官賜福㉜◆(太子悦神•上元祭天遊)魔翻訳した感想と考察
今回から第2巻【太子悦神】に入っていきます。晋江文学城版だと55章あたりからです。
突然過去編が始まり舞台は約800年前、謝憐が飛昇する前の17歳当時の物語です。
第1巻のラストで花城に対し「君は一体何者なんだ?」という問いを投げかけたことへのアンサーでもあるのかなと思います。
「伏魔降妖、天官賜福!」
神武大街の両側では拍手喝采が次第に高まり、歓声は天高く突きました。第一幕の演武が終わった頃には観衆の熱気は最高潮に達し、隙間なく人々が押し寄せ屋根の上まで占拠する者もいます。まさに万人が狂喜乱舞する光景でした。
高台の上には王公貴族たちが微笑みながらその様子を見下ろしています。このような盛況はまさに空前絶後、仙楽国の歴史上でも最も華麗で壮大な上元祭天遊はまさにこの日をおいて他にありませんでした。
宮中では100人以上が静かに整列し、神妙な面持ちで時を待っていました。
鐘の音が鳴り響き、華やかな衣装を着た青年の道士が点呼を取ります。
「開道武士!」
「ここに!」
「玉女!」
「ここに!」
「楽師!」
「ここに!」
「馬隊!」
「ここに!」
「妖魔!」
「ここに。」
「悦神武者!」
・・・・・・・・・・・・。
「……悦神武者?太子殿下はどこだ!」
依然として誰も答える者はおらず、道士は眉をひそめます。
その時、先程「妖魔」と呼ばれて応えた者が青面獠牙の仮面を外しました。現れたのは慕情です。
別人だった頃の慕情さん。
800年後に再会した謝憐がたびたび彼に対し「昔の印象と違いすぎて…」という感想を抱いていましたが、その“昔の彼”に対する記述の一部を紹介します。
そりゃ800年後の仙京にいた慕情に会っても雰囲気変わりすぎて「誰?」って反応にもなります…。
でも点呼取ってるときにみんな「ここに!」って答えてるのに妖魔だけ「ここに。」だったのはいかにも慕情でよかったです。
上元祭天遊では悦神武者に扮した者が妖魔に扮した者と演武を行うようです。つまりヒーロー役が謝憐、悪役が慕情ってことなんですね。
あと慕情がつける『青面獠牙』の仮面ですが、このワードは前にも出てきたことがあります。半月関から戻り菩薺観で謝憐と花城が語り合ってたとき、君の本当の顔が見たいと言われた花城が不安になって「もし僕がこんな恐ろしい顔だったとしても?」と言った時の例えとして『青面獠牙』というワードを使っていました。
青面獠牙とは青い顔で凶悪な顔つきをしており牙が剥き出しになっている形相のことだそうです。日本でいう『夜叉のような顔』と同じ意味合いで使われると思われます。
何かそれっぽい写真ないかなぁと思ってたら、ちょうどアニメ第2期で青鬼がそれらしい面を被っていました。
慕情は青年の道士に向かって「国師様、太子殿下が“心配はいらない”と仰っていました。すぐに来るそうです」と言いました。
【国師・梅念卿】は「なんだと…?」と言って、それまでの厳格な顔がみるみる崩れていきます。
仙楽国師といえば、謝憐の師匠だったという話が前から出ていましたね。本人は占いが得意だけど謝憐には「こんなものは世を渡り歩いて金を稼ぐための学だからあなたは覚えなくてよろしい!(太子だから)」と言ってろくに教えてくれなかったとか。
てっきりおじいちゃんみたいな人を想像してたのですが、まさか青年だったとは…。
この大事な時に主役がいない大ピンチに陥った梅念卿は、ちょうどそのとき宮内を駆け抜けてきた背の高い少年の腕を掴んで「風信!おまえの主君である太子殿下はどこだ!」と問い詰めました。
風信についての記述はこちらです。
800年後の謝憐も風信のことはすぐにわかっていましたし、彼はあまり大きな変化はないようですね。慕情が色白なのに対し風信は小麦肌だそうです。
風信は「報告します、国師様!太子殿下は今、与君山で妖魔を討伐中です!」と言います。
聞かなければよかったと思うほど肝を冷やした梅念卿は「もう1ヶ月前からそこへ行ってるだろう!どうしてまだそこにいるんだ!?」とさらに問い詰めますが、どうやらそこにいる妖魔は狡猾でなかなか尻尾を出さず、1ヶ月待ってようやく仕留めるチャンスが巡ってきたところなのだそうです。
梅念卿はほとんど叫ぶかのように発狂します。
「あとどれだけ待たせるつもりだ!私を殺す気か!?もうすぐ儀仗隊が宮内道を出るというのに、華台に出て悦神の姿がなく妖魔だけがいたら民衆がどんな反応をすると思う!?ここにいる全員生きて帰ることすら叶わなくなる!風信も慕情も一体何をしているんだ!なぜ止めなかった!?」
梅念卿の感情が豊かすぎる。
おもしろ国師じゃん…
基本的に弟子は師匠を真似る気がするので芳心国師がミステリアスなキャラだったのは仙楽国の国師を模倣してるのかなと思っていたんですが、芳心国師と違ってめちゃくちゃ血圧高そうな人だった。
あと、与君山に行ったのは鬼花婿事件が初じゃなかったんですね。
宣姫が焼き尽くすせいで建てられなくなったけど元は明光廟があったはずなので、与君山は北方の山だと思ってたんですけど……いまいち地理がわかりません。最終的に南陽廟が建ったということは東南なのか…?そもそもなぜ明光廟のかわりに建てられたのが南陽廟だったのかが謎のままです。裴茗の守護する北方と風信が守護する東南はまったく違う方角ですし。
作者の方…地図を……地図を残してほしかった…ッ…
冷静さを保った慕情が口を開きます。
「今回の伏撃が失敗すれば次回また張り込むことになり、その間にさらに数十人が犠牲になるとのことです。それゆえ、悦神武者の出番までには必ず戻ると仰っています。国師様は予定通り進めてください。これ以上遅れると吉時が過ぎてしまいます」
宮内道の外では夜明けから何時間も待たされた民衆がすでに我慢の限界に達しており、催促する声が響き渡っています。もはや手立てはありませんでした。
悦神武者がいなくても死、吉時を逃しても死。絶望した梅念卿はついに手を振り下ろして命じます。
「出発!!」
この国師おもしろすぎる。
命令が下ると楽器が一斉に鳴り響き、百名の皇家武士が揃って声高らかに叫び声を上げながら行進を始めました。それを先頭に壮大な儀仗隊(兵などの警備隊)が動き出します。待ちわびた民衆たちは感嘆の声を上げました。
しかし華やかさや豪奢さはすべて序章にすぎず、最後に目玉となる華台の登場がいよいよ迫っていました。
(この“華台”というのは移動可能な舞台のことのようです。この上で歌や舞踊、曲芸などが演じられるとのこと。この場では悦神武者と妖魔が戦う舞台になります)
ちなみに、この華台は16匹の金轡をつけた白馬が引いていました。南風•扶揺と喧嘩してた道士聞いてる~?華台の上には青面獠牙の面を被った黒衣の【妖魔】が立っており、九尺もある長刀をカン!と地面に突き立て、仁王立ちする姿は威圧感に満ちていました。その登場には民衆にも一瞬、静寂と緊張が漂います。
九尺というのは古代中国の基準で約207~216cmになります。
慕情の身長は作者が188cmだと明かしていますが、16~17歳当時からその高さだったのかはわかりません。ただ少なくともそれより伸びていることは絶対にないので、上元祭天遊での慕情は自分の身長よりも長く巨大な刀を軽々と振り回していたということです。
慕情の見た目や体つきは『斯文な書生のようだ』という記述がありました。簡単にいうと図書館にこもって静かに勉強してそうな少年ということです。見た目だけでいえばどちらかというと武神より文神ぽいのかもしれないですね。800年後には『若き宰相のような雰囲気』とか書かれてましたし。
そんな人が恐ろしい面を被って九尺もの長刀を振り回し悪役を演じてるだなんて…ギャップがすごすぎて学校ならモテちゃうよ……
悦神武者は依然として姿を見せません。
人々の間にざわめきが広がり、あちこちで戸惑いの声が上がりました。高楼の上では王公貴族たちが眉をひそめ、互いに顔を見合わせながら口々に「どういうことだ?なぜ悦神武者が台の上にいない?」と話しています。
その高楼の中央には、端正な顔立ちの男性と気品溢れる女性が並んで座っていました。仙楽国の国主と王后です。ふたりは表面上は微笑みを保っているものの、隠しきれない憂いが漂っており互いに視線を交わしては相手を安心させようとしている様子でした。
人々のざわめきは次第に怒号へと変わっていきますが、それでも華台の上に立つ妖魔はとても冷静でした。
数十人の伏魔者を演じる道士たちが次々と台に跳び上がるも、ひとり残らず打ち倒して台から追い払っていきます。その姿は堂々としており一歩も引きません。九尺もの長刀から繰り出される刀影は非常に迫力があり、彼の剣術に感嘆し声援を送る者も少なくありませんでした。
すごい!すごいぞ慕情!かっこいい!
しかし群衆の大多数は『妖魔が暴れる姿』を見に来たわけではありません。
「悦神武者はどこだ?早く出てこい!」
「俺たちが見たいのは殿下の神武大帝だ!」
「妖魔退散!」
という叫び声が四方から聞こえてきます。
同時に、高楼からも怒りの声が上がりました。
「これは一体どういうことだ!?誰がこんな茶番を見たいと言った!くそっ!俺の太子兄さんはどこだ!?」
信者時代の戚容です。
このとき見た目は15~16歳くらいで目を引くほどの美しい容姿だったそうですよ。謝憐に似てる似てないは置いといても戚容はたしかにとても美形だと思います。
人々が一斉にその声の主を見上げると、華やかな衣装をまとった少年が怒りにまかせて高台まで駆け寄り、下の演者たちに向かって拳を振り上げていました。その表情は怒りに満ちて今にも柵を飛び越え降りてきそうな勢いです。
ただ高楼はあまりにも高かったので飛び降りることなどできず、戚容は身近にあった白茶碗を掴むと妖魔の後頭部めがけて思い切り投げつけました。
茶碗は急速に飛んでいき妖魔に直撃すると思われた瞬間、妖魔は長刀を一閃させると茶碗を刃先の先端でしっかりと受け止めました。この見事な技に周囲からは拍手喝采が起こります。
しかし、ますます怒り心頭になった戚容がさらに何か投げつけようとしたので、王后が急いで侍女たちに命じてなんとか彼を高楼から引きずり下ろしました。
謝憐より大道芸人向いてるのでは?
800年後の謝憐飛昇時に慕情の後頭部へ向かって鐘が落ちたときは真っ二つにしたのに、茶碗は斬らないんですね。
茶碗ひとつでも国のものだし皇族に出された茶碗だからきっと高価なのでしょう。
慕情は目の悪い母とふたり暮らしで、慕情の収入でなんとか生計を立ててる状態だったそうです。
これは私の想像ですが、もし茶碗を斬ったら戚容の性格的に自分が投げたことは棚に上げて弁償しろと迫った可能性が高い気がします。皇族という立場を利用してやりたい放題だったという記述が以前ありましたので…。
なので、茶碗を無傷で受け止めたのは英断だと思いました。
ていうか慕情の後頭部狙われすぎでは?戚容といい謝憐といい、その一族は慕情の後頭部に恨みでもあるんですか。鐘は謝憐が狙って落としたわけではないけども…。
戚容を下げられた後も悦神武者がいないことに変わりはなく、皇族たちの顔は険しいままでした。
此度の上元祭天遊は空前絶後の盛況でしたが、悦神武者が登場しないなどそれこそ別の意味で空前絶後になってしまう事態です。
その時。
雪のように白い影が天から舞い降り、妖魔の前に優雅に着地しました。
悦神武者の登場です。
群衆は突如として嵐のような喝采を上げ、高楼の上にいた人々も一気に緊張から解放されたかのように表情を輝かせます。
戚容も興奮のあまり飛び跳ねながら「太子兄さんだ!我が太子兄さんが来たぞ!!」と叫びました。
この登場の仕方には誰もが息を呑み度肝を抜かれます。千金の身である太子殿下がなんと数十メートルの高さから飛び降りてきたのです。その姿はまさに天神の降臨でした。
ようやく間に合ったのを確認した梅念卿は額の汗をぬぐい、ちらりと薄紅色の幕の方を見ました。幕の奥には名家の娘たちが影の中に浮かんで見えますが、中には頬の赤らみが隠しきれない者もいました。梅念卿は彼女たちがどのような身分であるかを知っており、密かに面白がっていました。
たぶん謝憐の婚約者候補です。
王后が胸に手を当てながら「またあの子ったら無茶をして…」と言うと、国主も冷や汗を拭いながら「あんな高いところから飛び降りるなんて…!」と答えました。
それを聞いた梅念卿は少し得意げに微笑みながら「両陛下、どうかご安心を。太子殿下にとってあの程度の高さなどなんの問題もございません。たとえその数倍の高さがあっても殿下なら目を閉じたまま登って降りてこられますよ!」と胸を張って言いました。
弟子自慢おじさん。
青年だからおじさんじゃないんでしたっけ。
ここだけ見ても梅念卿にとって謝憐は自慢の弟子だということが伝わってきます。大事に育ててきたんですね。
上元祭天遊で悦神武者が着用する冠や衣装の形状には厳格な規定があって、豪華絢爛すぎる装備を完全に整えると衣装と武具の総重量は約50kgを超えるんですって。そういえば菩薺観で三郎が太子悦神図を描いてくれた時も似たような話がありましたよね。悦神服には華美な装飾とか細かい決まりが多すぎて謝憐自身もよく覚えてないとかなんとか。
この重装備を身に付けた状態で妖魔を演じる武者と戦い、少なくとも3時間にわたる演武を一切のミスなくやり遂げる必要があるので悦神武者の役は常人には到底成し得ない任務だそうです。
ちなみに日本や西洋の甲冑でも全身で大体20~30㎏くらいらしいですよ。その約2倍の重さを纏って3時間戦い続けなければいけないので相当大変だと思います。
悦神武者が降り立つと、純白の衣が華台の上で大きな花のように広がりました。黄金の仮面が顔を覆っているので表情は見えません。片手で悠然と剣を握り、もう一方の手で冷たく光る剣の刃を軽く弾くと「チン」という澄んだ音が響き渡りました。
華台の上には黒と白、ふたつの影が対峙し、悦神武者と妖魔はそれぞれ武器を振り上げてついに演武が始まります。
台上ではふたりの少年が見事な剣技を繰り広げていました。息つく暇もない攻防が続き、武器がぶつかるたびに火花が散る様子に観衆たちの熱狂もますます激しくなります。
「やれ!妖魔を倒せ!」と無数の人々が叫び喝采が高まった時、妖魔の九尺にも及ぶ長刀が悦神武者の剣によって弾き飛ばされ、大通りの一方にある朱紅の石柱に突き刺さりました。
好奇心旺盛な観衆がその長刀に手を伸ばし引き抜こうとしますが、どれほど力をこめてもびくともしません。
悦神武者は優雅に剣を回し、一振りの剣技で妖魔にとどめを刺そうとしました。
もう3時間経ったんですか?
その瞬間。上方から突然悲鳴が上がります。
悦神武者が顔を上げると、城壁の上から急速に落下してくるぼんやりとした人影が目に入りました。
悦神武者は考える間もなく、電光石火の如き速さで足元を軽く蹴り上げて宙に舞い上がります。まるで逆風を駆ける鳥のように城壁を十数歩も駆け抜けていきました。
落ちてきた“何か”をしっかりと腕に抱きかかえ、身を翻すと袖は蝶の羽のように広がり、やがてふわりと地面に舞い降りました。
その時になってようやく腕に抱き込んだものを覗き見ると、そこにいたのは顔中を包帯で巻かれて全身が汚れている幼い子供でした。小さな体は彼の腕の中で縮こまり、驚いたように彼をじっと見上げていました。
花城さん、当時10歳。
実際には10歳なんですけど、この時点だと謝憐は見た目で7~8歳くらいの子だと思っています。ずいぶん痩せ細ってたようなので…。
もちろんこの子が『花城です』といった記述はここではありませんでしたが、どう考えても花城以外ありえないので花城だという前提で進めさせてください。
たしかに私は自分が魔翻訳を始める前にネタバレを多少読んでしまった部分がありました。ありましたけど、この子に関してはネタバレ読まずとも花城だという自信がありましたとも。アニメでもそういう演出がずっとされてましたし、知らなかったという人の方がいないと思いますので、ここはもう花城だと完全に決めつけていこうと思います。
あの高さから落ちてきたせいか、小さな体は悦神武者の腕の中で生まれたての小動物のように震えていました。
乱雑に巻かれた包帯の隙間からは大きな黒い瞳が覗いています。その目は一瞬たりとも瞬きをせず、まるでそれ以外の全てのものが目に入らないかのように自分を抱えた人物をじっと見つめていました。
しかし、悦神武者は地面に片膝をついたまま顔を上げません。視界の端に黄金の仮面が地面に落ちているのが見えたからです。子供を助けた際、自分の顔を隠していた面が剥がれてしまったのでした。
その胸中は不安に沈み、四方からも息を呑む声が響き渡ります。
突如起こったこの出来事により、それまで統率の取れてた儀仗隊や演者たちは足並みを乱してしまい、白馬たちは蹄を上げて嘶き、楽隊の演奏にも不協和音が混じります。
高楼にいる国主と王后が即座に立ち上がると他の者たちも座ってられるはずもなく、次々と立ち上がりました。十数人いた名家の娘たちも驚きのあまり顔色を失い、国師はまたしても冷や汗が額を伝います。
戚容は再び柵に飛び乗り「今度はなんだ!列が乱れてるじゃないか!この役立たずどもが!馬すら制御できないとは、飯の食いっぱぐれめ!」と袖を捲りながら怒鳴り散らしました。
そんなに顔見られちゃまずいの?
と思ったら、こういう理由があったみたいです。
加えて、太子殿下は千金の身であり普段は深宮に隠れ住むか、山中(たぶん太蒼山)で修行に勤しむばかりで民衆の前に姿を現すことはほぼなかったそうです。
つまり仙楽国の民衆のほとんどは謝憐の顔を見たことがありませんでした。
そのため民衆の誰もが太子殿下の真の姿を一目見ようと自然と目を凝らしていたのだそうです。
群衆の動揺が広がり、今にも大混乱が起こりそうなその瞬間。
悦神武者は思い切ってその場に立ち上がり、顔を上げました。
民衆は息を呑みます。
その少年は透き通るような白い肌を持ち、まるで玉細工のように少しでも強く見つめれば壊れてしまいそうでした。それでも、その目元や眉の端には自信と誇りが溢れており華やかさを感じさせます。
長い眉と美しい瞳、その顔立ちはこの上なく端正で、直視することさえ憚られるほどの美しさでした。
謝憐はド級の美人だったらしい。
そりゃ仙楽太子の神像は美しく彫られるでしょうよ。
『十六、七歳という最も輝かしい年頃。もしも神が人の姿を取るなら、きっとこのような姿であろう。』とまで書かれてました。
謝憐はこの瞬間、「大事が起きてもこの顔があればどうにか誤魔化せるとは!」って、生まれて初めて自分の顔に感謝したらしいです。後に天界から追放された後はその美貌を駆使して廃品回収をすることになるとは。
観衆の注意が完全に殿下に奪われている隙をついて、風信が大通りを転がるように走り抜け、落ちた仮面を拾い上げます。そしてすぐに行列の中へと戻って低い声で喝を飛ばしました。
「乱れるな!このまま進め!一周終えたらすぐ宮に戻るんだ!」
儀仗隊は急ぎ体勢を立て直し、それぞれ持ち場に戻りました。
800年前から仕事のできる男。
一方、妖魔を演じる慕情は黒雲のように宙をかすめて石柱から石を飛ばしながら長刀を引き抜くと、武者の腕に抱かれた幼い子供を斬らんとする姿勢を取りました。
謝憐は子供を抱えたまま剣を自在に操り、ふたりは見事なまでの演技で数手交わし合いながら、何事もなかったかのように再び台上に舞い戻りました。その様子に観衆の視線も引き込まれ、群衆は再び沸き立ちます。
800年前から仕事のできる男。
言葉を交わさずともそういう演目っぽく臨機応変に変えたということですね。800年後も慕情さんは意外なことに茶番や小芝居を楽しんでおられるので、演じることは昔から得意だったんですねきっと。
でも、上元祭天遊は一切のミスなく演武をやり切らなければならないので本当はもう祭典終わってたらしいです…。祭典としてこれ以上続ける意味はなくなってしまいましたが、民衆を納得させるにはそれっぽくやり切るしかないのでしょう。
カン!カン!と何度か刀撃を受け止めていた時、抱えていた子供は怖くなって「うわっ」と小さく声を上げました。
謝憐はその小さな体をしっかりと抱き寄せ、穏やかな声で「怖がらないで、私がここにいる。何があっても、君に傷ひとつ付けさせやしない」と言いました。
幼い子供はまるで命綱を握りしめるかのように、謝憐の胸元の衣をぎゅっと掴みました。
なんか見たことある気がしなくもないな…?と思ったら、800年後の半月関の罪人抗で立場が逆転していたことがありましたね。あのとき謝憐も宙から降ってきて、それを花城が受け止めてはお姫様抱っこしたまま厄命で刻磨をボコボコにしていました。今思うとあのとき謝憐をすぐに降ろさず抱えたままだったのは足元が血の海だったという理由だけではなかったのかもしれないですね。
上の方で800年後に花城が謝憐に本当の顔を見せる勇気が出ない時に青面獠牙という例えを出したという話をしましたが、なぜあの時そんなことを言い出したのかって、このときの妖魔が怖かった記憶からなのかな?と私は思いました。
子供がすっかり怯え切っていると思った謝憐は大声で「慕情!」と呼びかけます。妖魔を演じる慕情は微かにうなずくと、熟練した動きで謝憐に向かってきました。
謝憐は剣を突き出し、慕情はその剣を受けたふりをして、わざと苦しそうに身をよじり、数度もがいた後ついにドン!と音を立てて倒れ込みます。
こうして、悦神武者は見事に妖魔を討ち取ったのでした。
今回はここまでにします。
17歳当時の自信に満ち溢れ、自分はなんでもできると思っていた頃の謝憐ですので800年後ののらりくらりとした様子とは違い、とてもエネルギッシュなかんじがします。
この時の謝憐との思い出を胸に刻んだまま風信と慕情は800年経っても彼を気にかけ続けてノスタルジックになってるのか…と思うと胸がしめつけられるような気持ちです。
あと、上元祭天遊含め800年前の出来事について私は勘違いしてた部分がいくつかあると読みながら思いました。
前に誤った情報を書いていたら申し訳ないです。どこでどう書いたかも記憶にないので過去の記事は修正できませんが、できるだけここから理解し直していけたらなぁと思っています。