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フラペチーノとアイスキャンデー
・・。アイスキャンデー1本50円。50円のアイスキャンデーのために。昭和のおはなしなんですが。
たぶん二度と会わない、会えない人のエピソードです。
私と彼はよく一緒にアイスを食べましたし、彼は自分のは買わずに私にアイスを買ってくれたりかき氷を買ってくれたりしていました。二人で夏の夜、スタバに行くのが楽しいって照れくさそうでした。いつもフラペチーノを一緒に買って帰り、彼は うまい、うまい としみじみ言っていました。
・・・。彼は小さな頃、両親が離婚してからのさみしいおはなしをしてくれたことがありました。
私と彼は育った環境もいろいろすべてが違いましたが、長男、長女としてはなんとなくわかるおはなしでした。
・・・。
幼稚園の頃、両親が離婚して父親に引き取られて彼と彼の弟にはお母さんがいません。まだ小さな弟のお守りは長男の彼の役割でした。
暑い、アイス食べたい!お兄ちゃん暑い。
暑い夏、ある日の午後。お兄ちゃんの彼も小さくて、まだまだ小さな弟が泣くのをなだめなければならなかった、だから弟の欲しがるアイスキャンデーを食べさせてあげたかった、お母さんはもういないから。だけども冷蔵庫にアイスキャンデーはなくお小遣いも1円もなかった、って言っていました。
暑い、お兄ちゃん暑い、アイス食べたい!と泣き続ける弟にどうしても冷たいアイスキャンデーを買わなければ、と思った彼は、父親が忘れて出かけた小銭入れの中から50円失敬して弟のためにアイスキャンデーを1本買ったそうです。弟は嬉しそうにアイスキャンデーを食べたって話してくれました。
その日の夕方、父親が忘れていった小銭入れから50円玉が1個なくなっていることに気づいて兄である彼を問い詰め、彼は正直に、ぼくがとりました、って答えたそうです。
怒った父親は理由も訊かず彼を拳で殴り
ました。
その時に前歯が折れたのだ、だから俺の前歯は差し歯なんだって話してくれました。
弟のために、アイスキャンデーを食べさせたいがために小銭を盗み、彼はアイスを我慢したのに彼は父親からも祖父からも殴られたそうです。
なんだか理不尽だなぁ、でした。
お兄ちゃんなんだから我慢だ、我慢するんだ、って言われ続けて来たのだなってそのおはなしのあとの咥えタバコの横顔でよくわかりました。
あぁ、そうなんだ・・としか返せませんでした。
昭和50年代のおはなしなんですが、私のうちには何かしらお菓子やらアイスやら甘いものが当たり前にありましたが、私はそれが「普通」だと思い育ったのです。
不思議そうな私に、彼からは皮肉混じりに「あー、あんたはお嬢さんだからな。」と締め括られたのがひどく悲しかった記憶があります。
1本のアイスキャンデーのために。
お兄ちゃんだから。
当時1本50円のアイスキャンデーは高級アイスだったはずです。今では当たり前にどこのうちにもフリーザーにアイスキャンデー、アイスクリームの買い置きがあるのではなかろうか、と思いますが。
そして大抵のうちにエアコンがあって夏でも涼しい部屋があるのが当たり前になっています。スタバのフラペチーノは高いか安いか感じ方は人それぞれでしょうし50円のアイスキャンデーと比べたら超高級品です。
おまえはお嬢さんだからな。銘家の出だからな。
フラペチーノを飲みながら彼からそう言われる度になぜだかうらさみしい気持ちになりましたし、また、自分でも自分のことがよくわからなくなりました。
すぐ近所にスタバがオープンしてから店内では飲んだり食べたりはしなくて彼はいつもテイクアウトを好みました。
冷たいフラペチーノ。
汗をかいているカップ。溶けてくのを眺めながらゆっくりゆっくりフラペチーノを飲む彼がとても楽しそうに、嬉しそうに見えました。
彼は父親とは仲が悪かったように感じましたが、俺は父ちゃんには世話になっている、ともポツリと言っていました。
あちこちにコンビニがあり、真冬でも当たり前にアイス半額とかスーパーでも買えるようになってアイス=贅沢ではなくなりました。小さな子供たちが当たり前にアイスクリームの類いを口にできる。
それをゆたかだと言わなくてなんといえば良いのだろうか?なんです。
そんなふうにいつ時代が変わったのかな、って冷蔵庫にあるアイスを見てふと思いました。
・・・。
本当は彼もまだまだ幼くて、本人もアイスキャンデーが欲しかったはずですし、なぜ、「だって弟がアイスキャンデー欲しがったんだ!」って言い訳をしなかったんだろうか?って。今さら訊いてみたりもできませんが。
私と彼がしょっちゅう二人してスタバに夜一緒に出かけてフラペチーノを買っていたわけではありません。たまにだったから、特別だったから美味で、冷たくて甘くて、嬉しくて楽しかったのです。
地元にスタバができてなぜかひどく嬉しくなったのはずいぶん昔のことですし、アホみたいにスタバのボトルを集めてみたりしたこともありましたが。
近所にスタバがオープンした頃、一緒にアイスを食べることは少なくなりましたし、皮肉にも彼は真夜中にアイスクリーム、アイスキャンデーなど冷たいデザートをコンビニに搬入する仕事をしていました。
溶けていたりしたら買い取り、廃棄する仕事でもありました。
彼が弟と生まれた時代が昭和でなくて現代だったら、そしたら何かしら違ったのかもしれない、と抹茶のアイスクリームを食べながら、甘いな、そして苦いな、って銀のスプーンがゆっくりアイスに沈んでいくのを見つめていました。
当たり前が当たり前ではなかった頃。
二度と会うことはないと思う彼と、一度も会ったことのない彼の弟、それからやはり一度も会ったことのない彼の継母との間に生まれた妹。
冷たいアイスキャンデー。
冷たいスタバのフラペチーノ。
もし、私が彼らに会って話をしていたら「お兄ちゃん、いろいろこらえたんだよ」とか話せるわけないだろうな、だけど、アイスキャンデー食べながら挨拶できていたら良かったなとかカレンダーの「令和」という元号を眺めていたりします。
いい時代になったのか、それとも私が年寄りになって物思いに耽っているのかわかりません。
遠い遠い昭和の暑い夏の昼下がりに。
小さな兄弟が手を繋いで泣いているのがふと目に浮かび、叶うことなら、できることならタイムマシーンでフラペチーノを2つ彼らに持っていってあげたいな、あげられたらな、って。
暑いね、はいどうぞ!って。
それともアイスキャンデーたくさん!の方が嬉しいかもね、とか。アイスキャンデーもフラペチーノも両方持っていってあげられたらどちらを喜んでくれるのだろうか、ゆたかさとは?とぼんやり考えていた暑い今日の午後。
私の本名、名前には「ゆたか」である、という意味合いの漢字がついているのに、ゆたかってどういうことなのかしら?そんなこともわからないのだな、なんて少し情けなくなりました。
追記
・・・。だいふく@HSP IBSさんの「貧乏を笑う」にインスパイアされて書いてみました。
黙ってこらえた小さなヒーローたちへ。
ゆー。
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