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自分を愛するっていう無理難題
人生は、常に自分を愛し、自信を持つことが正しいように言われています。
悩み相談でよく最後のまとめとして
まずは自分を愛してあげてください
あなたにもできることが必ずあります。自信を持ちましょう
こんな風に締め括られることがあります。
しかし私は、これらの言葉に
「あぁ、そうだよね!そうだった!うん、私頑張ってみる!」
と思えたことがありません。
何故なら、自分を愛することが人生の必要条件だと思っていないから。
そもそもそんなさ、
「ハイ、自分を愛してあげてね」
なんて言われてそう簡単にできるもんじゃない。
そんなことできたら今までのうん十年という月日でために溜め込んだ
【ひねくれ根性】の立場がなくなるよ!?
このひねくれ根性はね、ありとあらゆる出来事のたびに舌打ちしながらニョキっと出てきた根深い分身。
そいつと決別することは不可能ってやつよ。
少なくとも私はそう思ってる。
だから自分を愛せるのは簡単なことではないんだって。
愛せないよ。そんなの無理だって。
だから一旦「愛せないわ自分。」って認めてみた。
無理に取り繕うことができない自分は【逃げ】から始めたんだ。
でもいくら逃げたって自分は実在している。
愛せてないけど生きていかなきゃいけない。
だからこう思うようにした。
「今この時間は安定している」
なんのこと?って思うけどこれが結構良い視点だった。
気付きの視点
たとえば、今日一日の中で「この時間は安定していた」という瞬間を見つけるの。そしてその感覚を大切にする。
これだけで良い。
何故これが効いたかというと、
自分のこと好きじゃないけど
そんなの気にしないで安定して過ごせている時間がある
これを認識することができたから。
まずはこの感覚に気付く。
それから、この感覚がどれくらい継続しているかを知る。
そんなに大袈裟じゃなくていいの。
ゲームやってた、漫画読んでた。って時でもいいの。
その瞬間はとても穏やかで安定してたってことに気付く。ただそれだけ。
それはさ、「もっとゲームをしろ」、「もっと漫画を読め」ってことじゃなくて、安定した時間を過ごせる自分がいること、その事実に自分が気付くこと。これが大事。
自分を愛せないことは悪いことじゃない
自分を愛せないことは、悪いことじゃないと思うの。
自分を愛するためにもっと綺麗に、もっと可愛くならなくちゃ。もっと痩せなくちゃ。もっともっと、、、と次々に自分を苦しめて枷になることもあるかもしれない。
もちろん自分磨きは素敵なこと。
でもそれは目的じゃなくて幸せになるための手段。
手段は何通りあったって良い。
だからこんな方法はどうかな?って紹介してみました。
まあまあ楽しめてるじゃん自分
最近SNSで人を叩くことが容易になってしまったと感じます。
どんどん窮屈でどんどん息苦しい世の中。
ほんの少しでも安定した時間があなたの中にあって、
それが少しずつ積み重なって
「このままでも結構楽しんでるじゃん自分」
と思えればそれはそれでOKだと思います。
ではまた。