あの時の私へ
土日が休みなんて久しぶりだ。今までは水日祝が休みで、出かけるのはほとんど水曜日だった。平日に出かけることに慣れると、人が多い土日にわざわざ出かけなくなる。ショッピングモール、飲食店、病院、役所など、平日だと空いている、平日だとリーズナブル、平日しか空いていない場所に行けるのはとても良かった。これからも平日休みがほとんどだろうから、その点は良かったと思っている。
昨日は入社+研修、土日休み、月曜日から金曜日まで研修をして、いよいよ実務に入る。昨日は実質4時間くらいしか研修をしなかったので拍子抜けした。その分心も体も元気。そして今日は梅雨の晴れ間で湿度も少なく、「出かけなさい」とお天道様が言っているよう。そうだよね、もったいないよねと出かける準備を始めた。
とは言えどこに行こう。映画は立て続けに観たからもういいやという感じだし、せっかくの良い天気だから外にいたい。そうだ、京都に行こう……ではなく羽田に行こう。この前羽田空港に行こうなんて書いたら行きたくなってきた。
ただ羽田に行くのもつまらないので、うーん……と考える。いつも羽田は京急で行くから、たまには浜松町からモノレールで行く?いや、それもいまいちピンと来ない。しばらく考えて、そうだ、多摩川スカイブリッジを渡ろう!と思い付いた。
キングスカイフロントまで東急REIホテルのシャトルバスを利用させてもらった。路線バスだと土日昼間の時間帯は運行がない。ホテルに着いてトイレを借り、着陸する飛行機を見ながら多摩川沿いの遊歩道を歩いた。今日はとても天気が良く、比較的湿気も少ないので歩いていても気持ちが良かった。
私は大きいものや広い場所が好きで、空とか海とかスタジアムとか飛行機とか公園とかタワーとか高層ビルとか神社とか教会とか、そういう場所が良い運を運んで来てくれる気がする。
旅行以外で羽田に行くのは久しぶりだ。若い頃から羽田には時々行っていた。それは私が客室乗務員を目指していたというのもあるし、出発ロビーでの別れと到着ロビーでの再会を見るのが好きだった。出発ロビーでいつまでも手を振っている人や、到着ロビーでハグしている人を見ると、この人たちにはどんなドラマがあるんだろうと勝手に想像するのが好きだった。
歩いて羽田に行くのは初めてだなと思いながら、多摩川スカイブリッジを渡り切って第3ターミナルを目指す。
エレベーターに乗って出発ロビー階に着くと、1ヶ月前のことがぶわっと蘇ってきて、ANAのカウンターを見たら涙が込み上げてきてもうだめだった。
2023年5月22日の私は、不安で不安で仕方ない思いでここに立っていた。10日分という荷物の多さに加え、緊張と不安を乗せたスーツケースはやたらと重い。早く預けてしまいたいけれど、国際線の手荷物預けってどうするんだっけ?とまだ羽田にいるのに、もう外国にいるようだった。
人の多さも騒がしさも確かにそこにあるのに、水の中にいるようにぼんやりと音が聞こえてくる。自分の声が自分にだけ聞こえるように内に内にこもっていた。周りを見渡す余裕もなく、見えているのはNH203 フランクフルトという文字だけ。不安の塊だったその時の私にこう言ってあげたい。
大丈夫。最高の旅行だったよ!
ANAの出発ゲートの係員や客室乗務員の方々の優しさを思い出してまた涙が込み上げてくる。旅の初日は色々な人に助けられてとにかく泣いた。その時と同じ気持ちで今も泣いている。しつこいけれど、本当に素晴らしい旅、素晴らしい経験だったのだ。初めて行った沖縄離島への一人旅も良かったけれど、今回のオーストリア一人旅はそれを遥かに超えた。
出発の日は3時間前に羽田に着いたにも関わらず、楽しむ余裕などなかったから、その代わりに今日羽田を満喫した。
ぶらぶらしていると夥しい数の絵馬が目に入ってきた。なんだ?と思って近付くと、それぞれの願い事が書いてある。空港だけに航空会社への就職を願う絵馬が多い。結婚やずっと一緒にいられますように♡という愛を誓う絵馬もある。私は2人の将来を願うと破れそうな気がして願えないので、堂々と願える人が羨ましい。
1人の女性が絵馬を買っている。絵馬を自動販売機で買うというのがなんともおかしかったけど、私も買って絵馬を書いてみることにした。税込510円也。
私はまた必ずウィーンに行く。これは成田に着いた瞬間に思ったことだ。でももちろん来月というわけにはいかない。仕事も始まったばかりだから、しばらくは仕事優先になる。国家資格を取るには数年かかるので、行くとしてもそれからだ。でも私は書いた。願いはそれしか思い浮かばなかった。
時が過ぎ、この思いは薄れていくかもしれない。これから先、色々な経験をして違う国に行きたくなるかもしれない。それでも2023年6月17日の気持ちに嘘はない。今日という日、今の私にはこれしかないと思ったことを絵馬に書いた。
国際線ターミナルは旅への入口。世界への出口でもある。駅に降り立ちエレベーターに乗ると、もうそこは外国の匂いがする。匂いと記憶はしっかりと結び付いている。それらを忘れたくなくて、きっと私はまた空港に行くだろう。