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【耳が肥えてなかった頃?】
昨日からの続き…
昨日のティツィアーナ・ドゥカーティの「イタリアオペラの夕べ」DVDを観て思い出したこと。
ティツィアーナが日本にやってきた頃だったと思う。
コンサート後、母があるご婦人につかまり、下記のようなことを言われたらしい。
「一体、どこからこんな素晴らしいソプラノ、お連れになったんですか?こんなうまい人、聴いたことがない。」
そう言われたのは、ご主人が商社にお勤めでヨーロッパに長く暮らし、名だたるオペラハウスは全て行ったというご婦人。
*うちの母がティツィアーナを日本に連れてきたわけではない、母もただのお客だったのだが、どういういわけだかこんな話になった。
その当時、私はほとんど声楽に興味なかった。クラシックは聴くが、声楽やコーラス、ミュージカルもあまり聴かなかった。
いきなり歌で演劇するっていうのが、意味がわからないと思っていたと思う。(非現実的なものは好きじゃなかった)
なので、そのご婦人がおっしゃったお話も、「あーそうなんですか」という大した反応しなかった自分を思い出した。
その時は、そんなにうまい!なんて私はわからなかったんだ。
こっちの耳も肥えてなかったし、興味が無かったというのは、大きい。
ただ、その方がティツィアーナ.ドゥカーティの歌に本当に驚いていたのは、お話の感じでよくわかった。
あらゆるオペラハウスで聴いてきたこの"自分"がこの若いイタリア人ソプラノを聴いていなかったというのは、どういうことだ?という何とも言えない憤りというか腹立たしさがあったような気がする。
「また是非、コンサートがあったら、知らせてください。」ということだったが、その方はまた転勤で福岡を離れられ、それっきりになったのではないか?
さて、私が何が言いたいかというと、昔のティツィアーナの歌う様子を見て、今頃、なるほど!あのご婦人が言いたかったのは、こういう歌い方だったのね…ということ。
また母が「とにかくうまかった、信じられないくらいうまかった」というのだが、娘の私は当時、豚の耳に念仏…みたいだったから、母のような感動は持てなかった。
が、昨日、なるほど!フォルテからピアニッシモまで自由自在に歌いこなし、相当難しいであろう箇所も難なく歌いこなす様子に母だけでなく、ヨーロッパのあらゆるオペラハウスでオペラでオペラを観てきました!というご婦人の感動が、今頃わかる気がしたなぁ。
今の私が耳が肥えたのか?というと甚だ疑問であるが、でも少なくとも声楽を聞いて退屈とは全く思わなくなった。
自分が観客として育つにも、かなりの時間がかかっているなぁ。
昨日のDVDを観て、気づいた年末である。
#ティツィアーナドゥカーティ #ソプラノ #イタリア人