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【企業危機管理】~企業の危機管理を野球の試合に喩えてみると~
昨年末からのフジテレビ関連の不祥事は、当初の週刊誌報道による芸能人のスキャンダル疑惑から始まり、現在は企業(テレビ局)の危機管理が問われる状況になっている。
時系列での詳細はこれまで山のように報道やSNS、本noteでも伝えられているので、具体的な事象は省略し、企業危機管理の視点でのポイントだけを述べたい。
今回のフジテレビの危機対応(=危機発覚後の初動対応)の主な流れは・・・
(1)発覚した不祥事(危機)に対して「週刊誌の報道にある当社社員の関わりは一切ない」という日付、差出人(社長名や広報部など)の無いステートメントを公式ウェブサイトに発表。
(2)社長の定例会見の前倒しというクローズド形式の記者会見を実施。参加は記者クラブメンバーのみで写真や動画の撮影を制限。
→主にインターネット、YouTube、X上で物凄い批判を浴びる。
(3)テレビ局の主な収入源であるスポンサー(特に大手)からのCMが続々と一時引き上げとなり、大半がACのCMに置き換わる。
(4) (2)(3)での批判を受けて、今度はフリーランス記者も含めたフルオープン形式で、写真、動画もOK(ただし動画は生中継ではなく少し遅らせた形で許可)。これが前代未聞の10時間超えのロング謝罪記者会見となる。
現在もいろいろと動きは継続しているが、主な初動対応は以上だ。
企業の危機管理広報の視点だと、(1)(2)(4)にも様々なミスを指摘できるが(私もすでにnote上でいくつか書いた)、
企業の危機管理(経営と直結)の視点だと何といっても現在も続いている(3)である。
企業危機管理と一口に言うが、企業に想定される危機(想定リスクと言われることが多い)は多岐にわたる。
「大地震、台風、大雨、洪水、大雪、噴火、山火事などの自然災害」
「コロナの記憶が新しい感染症」
「海外での危機発生」
「製品事故(回収など)」
「事故によるサービス停止」
「工場事故」
「外部からのサイバーテロ」
「企業内からの情報漏えい」
「各種ハラスメント」
「コンプライアンス違反」
「社員の私的な不祥事」
など、一つ一つへの対応を書けば一冊の本のボリュームとなる。
企業危機管理関連の書籍や論考には必ず書かれているのが、
この「想定危機、想定リスクの洗い出し」である。
企業の活動にはどんなクライシス(危機)、リスク(危険)があるか、またその中で自社にとってまず取り組むべきものは何か。それを事前に整理しそのうえで万が一に備えて対応を考えて事前活動を一つずつ実行していく。
これは企業危機管理の基本中の基本だが、私が20数年前からより重要と考え、企業や自治体の研修や講演等で繰り返し伝えているのは、
「想定危機、リスクの洗い出しの前にやるべきは、
危機発生の際の想定被害(ダメージ)の洗い出し」
では企業に何らかの危機が発生、発覚した直後から、企業に及ぼす最大、最重要な被害(ダメージ)とは何か?
答えはシンプルで以下の通り。
「売上と利益の減少、最悪では倒産に至ること」。
企業にとっての危機管理を考えた場合、これ以上明確で深刻な被害(ダメージ)は無いのだ。
フジテレビの件に戻す。
消極的な初動対応をしていたフジテレビが、(4)のフルオープン会見に至った理由は何か?
それは正に(3)の大手スポンサーを中心としたTVCMの引き上げ(つまりフジテレビの消極的でよくわからない初動対応に対してスポンサーサイドから大きな不満や怒りがあったということ)により、具体的に売上と利益の減少が現実のものになったからである。
今回のフジテレビの件に限らず、企業の事件・事故・不祥事の際の報道、専門家(弁護士、危機管理広報など)のコメントには、「コンプライアンス」「ガバナンス」「企業風土」などの用語が飛び交うが、企業、それも経営陣が最も恐れるのは結局「売上と利益の減少」につきる。
さて、タイトルにあげた野球の試合で喩えてみよう。
売上や利益は=打者による打撃である。ホームランやヒットで何点とったか。
一方、危機管理・安全管理=投手と捕手、内野手、外野手による守備である。
簡単に言えば、相手チームから3点取っても、投手が打たれ、または守備のエラーなどから4点取られれば、試合は負けとなる。これは野球だけでなくサッカーやラグビーなど多くのスポーツに共通する、基本中の基本だろう。
ディフェンスの重要性だ。
野球で言えば、どうしてもホームラン打者や3割打者など打撃部門に注目が集まるが、実は優勝するチームは絶対的に投手力が優れている。これは野球ファンなら説明の必要がない常識だろう。
私がかれこれ50年以上ずっとひいきのわが東京ヤクルトスワローズ(フジテレビと関係が深い!)がセリーグ連覇の後、ここ2年間5位に低迷しているのは、投手力の弱さにあるのは言うまでも無い。投手力はそれほど重要なのだ。
企業危機管理に置き換えれば、いかにして失点(損失額)を防ぐか、これは重要な投手力や守備力そのものである。
売上や利益とのバランスをとれることが企業の経営にとっていかに重要か。売上や利益至上主義で企業活動を行ってきた企業が、事件・事故・不祥事によって窮地に追い込まれ、最悪倒産や別の企業に買収されたという例は数多い。ビッグモーター社などはその典型例だろう。
今回のフジテレビに関連した専門家のコメントなども「理想論=危機管理の必要性」が横行しているが、実際に企業の危機管理を上手く機能させるためには、私が指摘したような「現実=経営者たちの危機管理への関心は残念ながら低く、売上や利益を重視してしまう。その現実をふまえてどうアドバイスしていくか」の視点が絶対に必要なのだ。
どのような規模、業種であっても、企業の中で「広報」「総務」「人事」「製造現場(工場など)」「流通現場」などは危機管理や安全管理の意識が高いと思われる。実際に、研修やトレーニング、マニュアルといった業務はそのような部署を対象に行うことが多い。そして私の年間のコンサルティングや講師の経験上、危機管理広報においてはある程度機能する。これは自治体も同様。
しかしながら、やはり企業危機管理の命運は経営トップ、取締役、執行役員などの経営陣である。今回のフジテレビでもそのことが露呈した。
→不祥事発覚後にもコンプライアンス部門に伝えていなかったなど。
そして少なくとも25年くらいは、毎回企業で事件・事故・不祥事が起こるたびに、現実を無視した理想論の報道や専門家のコメントで埋め尽くされている。そしてまた別の企業で同じような危機が発生してしまうのだ。
「何も起こっていない平常時の中で、いかに企業危機管理の体制作りをし、少しずつでも推進していくかの視点が脆弱」と指摘したい。
企業危機管理は現実の困難さと向き合いながらも、一歩一歩進めて行かなければ(=理想論の机上の空論に終始すれば)、危機の発生の確率は高まる。それが現実である。