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#小牧幸助文学賞・ラスト


「いってきます」という彼女の声を最期に聞けなかったのが心残りでした。もう十年も前のことですが、彼はよく覚えています。かかってきた電話のせいで、彼はいつものように彼女を玄関で見送ることができませんでした。

 いつも家で工作をしている彼女の器用な手つきが好きでした。幼稚園で子どもを喜ばせるため、いろいろな工作をしていたのです。紙コップや牛乳パック、トイレットペーパーの芯などを使い、おもちゃを作っていました。

 彼女がいなくなってからも、彼は夜の散歩を欠かしませんでした。今でも一緒に歩いている気がするためです。星空に一筋の光が見えました。流れ星かと思いましたが、ゆっくりと彼のほうへ降りてきます。紙コップでした。

 その底から青く光る細い糸が夜空へ伸びています。彼は紙コップを手に取りました。耳に当てると、やさしい声が聞こえました。一言だけでしたが、十分でした。彼は口を紙コップで覆って言います。「いってらっしゃい」








ただいま!会いたいから帰ってきちゃった。


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