晩夏の谷に赤い実、爆(はぜ)る
夏も終わりに近い。
高地の五家荘でも、今年の夏は暑い。
お目当ての白鳥山への林道が多数崩落。
春から今まで、とうとう、どこにも行くところが無くなってしまった。
その中で何故かハチケン谷の林道だけは台風、大雨でも無事でもちろん小枝はぼきぼき折れ、道を塞いでいたり、土砂が道の半分まで崩れてはいるが林業の重機が押しのけ、多少荒れた道ではあるが、登れない事はない。
駐車スペースには先客の軽自動車が1台、停まっているが、おそらく林道を通り、京丈山を目指したのだろう。
地図を持たない僕は、いつものように登山口までの往復となる。
汗をびっしりかき、坂道を登る。暑さのせいかいつもは出迎えてくれるいつもの山鳥達の鳴き声も聞こえない。
乾いた谷の景色。道の横を流れる川のせせらぎの音だけ聞こえる。
前日の雨のせいか、川の流れの勢いが強い。
崖が崩落して、白い石灰岩があらわになり川に転がり落ち、その白い岩の上を、川の流れがなめながら流れ落ちる。
汗を拭こうと立ち止まり、しばし日陰で休憩。左手の暗い谷を見るに遠くに赤い花?苔むす岩の間から、真っ赤な花が顔をのぞかせている。
崩れる足元に気を付けながら谷を這い上がるとそこには山芍薬の赤い実がいくつも弾けていた。
殺風景な森の中で、いくつもの赤くはじけた実。
この実が、春に白い大きな花びらの群生の景色を作るのか。
写真を数枚撮り、道に降りようとすると、下からこっちを覗く男の姿がある。京丈山から降りて来た先客なのだろう。
お互い、こんな場所で何をしているのかと、ポカンとしている。しばしの間があり彼は下界に降りた。
僕には今日、目的があり、もう少し坂を登った場所から今度は下の谷にある小さな滝の写真を撮りに来たのだ。
数年前、その滝の存在に気が付き、そこで初めて「エンレイソウ」を見た。
今回はその滝の写真をあらためて正面から撮影したいと思ったのだ。
そんな大きな滝ではないが、水の流れが元の岩盤を洗い木立の中で滝の姿を現していた。
ただ遠くから見るには
木立が邪魔をして滝全体の姿は見えない。
滝の上部に行くには足元が弱く崩れやすいので
無理は禁物。どっちみち正面からの写真は撮れない。大きな滝つぼもない。
何度撮ろうとしても地形上、滝の横顔しか撮れないのだ。
五家荘には同じような景色が数えきれない程あるのだろうか。次第に山鳥の声が聞こえ始めた。
真夏の真昼のひと時。
もっと、もっと、心が安らぐ場がありそうなのだけど、中々、見つからない。開けた林道も、観かたによれば、森の中の熱風の通り道。
熱風に押されるように帰路に就く。
後で調べるに、山芍薬の赤い実はダミー。
つまり、結実せず花は咲かない。
黒い実が、地中に落ち、来年の春、白い天使のような花を咲かせるのだ。