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第10節 レッド・プレゼントは突然に

 
「伏せろ! 爆発するぞぉ!!」
「っ!?」
 咄嗟にマシュが後方を守ろうと盾を構え、ブーティカはマスターたちの方へ飛び退く。
 二人とも自分がその瞬間にできる最良の方法でマスターたちを守ろうと、考えるよりも早く体が動いていた。
 間もなくケーブルの塊から、ぷすーと情けない音が鳴り、一筋の白い煙が立ちのぼった。
「……ククク、クククククククク。アハハハハハハハハ! 爆発はしたぞ? したよなぁ? 大した爆発じゃなかったが。嘘をつかないという誓約せいやくを守るのも大変だ。せっかく集めた魔力をこんなつまらないことに消費してしまうとは」
「貴方は……!」
 マシュが怒りの言葉をもらしたその直後、目の前に転がっていた物体から突如ケーブルが伸びマシュの手足に巻きついた。
「マシュ!」
「くっ……、これは……!」
「乱入者はそれでしばらく大人しくしていろ。――気をつけろよー! お前たちも近づけばワイヤーに捕まるぞー!」
 という男の忠告はもう手遅れで、既にマシュを助けようと駆けつけていたブーディカはケーブルの餌食になっていた。後に続いていた直輝の足が止まる。
「――さあ、ポチ。邪魔者はいなくなった。心置きなく餌にありつきたまえ」
「……」
 ロボは注意深く少年と男の子を見くらべた後、また一歩足を踏み出した。少年が満足そうに微笑む。
「くっ……! ぅぅぅぅぅぅぅぅ! はあああああああ!」
 マシュが叫びと共に力を振り絞り、ブチっと一本のケーブルが抜ける。
「その調子、その調子」
 棒読みの少年が作り笑いを顔に貼り付け、手をたたいてはやし立てる。
 突如、ロボが駆け出した。男の子に向かって、疾風しっぷうの如く。
「っ!」
 一人は間にあってと願い足掻いた。一人はもう無理だと思いながらも足掻いた。一人は歪みの悪化にむしばまれようとしていた。一人は右手をふる躊躇ためらいにつかまった。
 ――そして誰一人として間にあわなかった。
「……ワオォーン」

 ――『Fate/Grand Oredr』のヘシアン・ロボは、復讐者のサーヴァントだ。
 単なるサーヴァントとしてのクラスの話ではなく、その在り方からしてロボは復讐者である。ライダークラスでも、アヴェンジャークラスでも、その在り方は変わらない。
 生前の彼は仲間と共に、カランポーの大地を自由に駆けまわり、家畜を襲い人間に憎まれ恐れられた。その強く大きな体と神秘的なまでの賢さで、あらゆる策を看破し、回避し、破壊し、人間を翻弄した。
 そんな彼はしかし、最愛の妻ブランカを捕らえられ殺されたことで怒り狂い、あっけなく罠にかかってしまう。観念した彼は抵抗をやめ、人間からの施しを一切受けることなく、気高き狼王として最期さいごを迎える。
 そうして彼は、人類ヒトを怨んでいて当然の存在として英霊にまつり上げられ、サーヴァントとして切り抜かればれ、生前を捨て復讐を選び悪性隔絶魔境・新宿の地に現界げんかいした。
 新宿のアヴェンジャー、ヘシアン・ロボ。同族の匂いすらも復讐の臭いに塗り潰された憎悪の獣。相互理解など不可能。人と獣は分かり合えず、相対すれば殺し合う運命。主人公のサーヴァントになろうとも、プレイヤーのプレイアブルキャラクターになろうとも、その本質は変わらない。
 しかし、それでも。彼と、彼らと分かり合いたいと願うマスターがいた。マスターたちが、プレイヤーたちがいた。彼らは信じた。聖書と同じくらい古くから信じられてきたことを、人間と動物は親類であり、人間が持っているものは動物も少なからず持っているということを信じ、願い、その先に思いえがいた。
 それは例えば、聖夜の夢。それは言うなれば、うたかたの夢。ありえない幻想。愛ゆえの妄想。実装されない理想。
 しかしそれは、現実に現界した。トナカイのコスプレをし、サンタクロースのコスプレをし、真夏の夜に、あのベルを鳴らして。
――ヘシアン……ロボ……――
 驚きに目を見開き、喜びに顔をほころばせたマスターは、その次の瞬間に命を奪われた。愛したものの歯牙にかかって。
――ワオォォォーン!!――
 こうして、復讐のサンタとトナカイは解き放たれた。善も悪も入り混じる、道と線路で地続きの、人間が暮らす街である、本来の新宿へと。
 もちろん、サーヴァントとして召喚に応じた彼は知っていた。マスターを失えば現界を保つことは難しいということを。しかし、そんなことはどうでもよかった。自分であれば、消滅までの短い時間で何人もの人間を殺すことができるという自負があったのだ。
 だがしかし、彼の自負は敗れた。彼の在り方と、彼の在り方が闘争した。彼は復讐者であると同時に、サンタを乗せるトナカイであった。愛を負い、愛を送り、愛を届ける存在だった。彼は復讐者として歪んでいた。
 彼は走った。この世界に留まるための楔を失い瞬く間に消耗する体を霊体化し、狂ったように新宿の空を走り回った。振り切るように、振り払うように、振り返らないように、ただただ走った。走った。走った。
 まるであの時のように。愛する者を探し回ったあの時のように。怒り狂って独り駆けずり回ったあの時のように。無我夢中で走った。走った。走った。
 足掻いた。足掻いた。足掻いた。しかし、彼が殺せたのはたった一人だけだった。
 あれから彼は、何度も夢を見た。自分を愛した、自分を喚んだ、自分が奪った、刹那のマスターの夢を――。

「……ワオォーン」
 ロボは鳴いた。駆ける足を止め、男の子を見下ろし、静かに鳴いた。
 小さな口を塞がれた男の子と、大きな口を閉じた狼の王が、静かに見つめ合った。
「……ワオォーン」
 やがて鳴いたロボの声を受け、静観していた首のない騎士がゆっくりと動き出す。
 担いでいた白い袋を下ろし、死をもたらす伝説の亡霊はその中へと手を入れる。サンタが背負うそれをもっ持・以て、男の子に贈る物を探し、復讐者が目の前の子供を思いプレゼントを吟味する。
「……!」
 そして、少年の前にドサリと落ちた。
 落ちたものを前にして、少年は目を見開く。口を塞がれ声の出せない少年は、声を上げこそしなかったが、確かに心を揺さぶられていた。
 それを見ていた者たちは、思わず言葉を失って立ち尽くした。
 ――それは、少年の前に落ちたそれは、ロボの首だった。
「ウアアアアアアアァァ!」
 突如、すさまじい勢いで上空より飛来していたネロが咆哮を上げる。その前では、頭を失ったロボの身体がドサリと地面に崩れ落ちる。首なし狼はピクリとも動かない。
 ヘシアンは即座にその背を降りて、地面に横たわったままの男の子の前にたちはだかっていた。庇うように、守るように、両手を広げて。
「あははははははは! あははははははは! よくやったぞ、ネロぉ。昨日のお返しだ、ぅわんこぉー!」
 そう言って公園内に入ってきた男の右手には、最後の一画の令呪すら残ってはいなかった。
 令呪によりブーストされた暴君の一撃が、その身もその在り方も弱り果てた狼王の首を断ったのだ。
 またしても狼王を死に導いたのは、愛ゆえのすきだった――。
「アアアアアアァ!」
 激しく叫んだネロによる横薙ぎの一撃で、ヘシアンは斜めに上空へ吹き飛ばされ、木に激突し地に落ちた。折れた枝が騎士を飾る。
「アアァァ!」
 ネロはヘシアンを追い跳ぶと、あっという間にとどめの一撃を突き立てる。
 離れ離れになったヘシアンとロボの身体は、イルミネーションのようにキラキラと光の粒子になったかと思うと、一夜の夢の如くあっという間に消えてしまった。
 一方、拘束が弱まったケーブルから逃れていたマシュたちは、男の子を救出していた。男の子をさらって来た少年は、離れたベンチに座って見ているだけで、何も手出しはしてこない。
「木村さん! その子をお願いします!」
「はい!」
「マスターもよろしくね。もう令呪も残ってないし、あのマスターだ。あたしとマシュならあいつは倒せる。ううん、あいつはあたしのこの手で殺す!」
「……ああ」
 大人しく返事をする達也は、直輝が男の子の状態を確認している様子に目を落としていた。
 ブーディカはそんな達也を心配しつつも、今は憎きネロを倒すため、マシュの後に続く。
「アアアアアアァ……! アアアアアアァ……!」
 その前方では、ネロが勝利を喜ぶでも誇るでもなく、剣を投げ出した手で頭をおさえ、苦痛の叫びを上・掲げている。
「どうしたネロぉ。痛いのかぁ? 痛いなぁ? もう少しの辛抱だぞぉ。まずはあいつらを倒しちゃおうなぁ。そうしたら、たくさん頭痛薬をあげるからなぁ。ほらぁ。ほらぁ! あいつらを倒せぇ! 僕の最強のネロぉ!」
「アアァ!」
 男の声を振り払うように、ネロは激しく咆哮した。その心臓目掛けて、ブーディカの容赦ない一撃が繰り出される。
「アァ!」
 ネロは迫る一撃を乱心のままに払いのけようとしたが、その左手は穂先をかすめ血を吐くのみで、反逆者に開かれた左肩を攻め入られてしまう。
「アアアアアアアアァ……。アアアアァ!」
「ネロ帝……」
 ネロの痛ましい姿に、思わずマシュは立ちすくんだ。
 ブーディカもあまりの哀れさに戦意をもっていかれそうになったが、すぐに立て直し次の一撃を打ち出す。
「アァ!」
 荒々しい一撃を、今度は右手で確かに払いのけたネロだったが、素手で槍を防いだその手は、真っ赤なレースの手袋をはめたように血に染まった。
「ネロー! どうしたんだ、ネロぉー! 僕のネロぉー!!!」
「ウアアァ!」
 ネロは男の声をかき消すように一際大きく咆哮すると、ロケットのような跳躍で公園の外へ飛び出していった。
「ネっ、ネロぉ!? 待ってくれぁ! ネロぉ~!」
 男は情けない声を上げ、ネロを追って一目散に走り出す。
「ブーディカさん!」
「くっ! ……仕方ない。ネロはあたしたちでなんとかするから、マシュたちはあの男の子をお願い! あいつも気になるし」
 そう言ってブーディカは、少年に視線を向ける。藤棚のような天井のあるベンチの下で、今まさにこちらに笑顔で手を振っている、あの怪しい少年に。
「――マスター! その子はマシュたちに任せてあたしたちはネロを追うよ!」
「あっ、ああ!」
 達也は返事をすると、ブーディカに向かって走り出した。
「ブーディカさん……。その、……大丈夫……でしょうか……?」
「うん、大丈夫。あんな状態のあいつくらい、あたしだけでもどうにでもなるよ」
「それは、そうでしょうが……。そうではなくて……」
 マシュはそこまで言うと、その先の言葉を見つけられずに表情をゆがめた――。

 マシュはブーディカとの共闘にあたって、『Fate/Grand Order』のブーディカについて詳しく調べていた。
 ゲームのシナリオにおけるブーディカは、主人公やマシュにとって優しいお姉さんのような存在であり、剣をとるのも誰かを守るためという、人々が夢見る英雄として描かれていた。
 そして、実際にほんの少しだけ言葉をかわしてみて、やはりブーディカは優しいお姉さんであるという印象が強かった。戦闘時も冷静で、少し共闘しただけでもマシュはその言動に気遣いを感じていた。
 しかし、宿敵ネロと相対する時の彼女だけは違っていた。目は血走り、攻撃は荒々しく、マシュはそんなブーディカが怖かった。それは誰かを守るために武器をとった英雄の姿というよりも、怒りで武器をにぎる復讐者の姿に見えてしまうからだ。正しい英霊の姿ではなく、悪逆の反英霊の姿に。
 だから、このまま送り出してしまったら。ネロと一対一で戦い、復讐に手を染めた彼女がその後どうなってしまうのか、マシュは不安だったのだ――。

「……マシュ。そんな顔しないで」
「ごめんなさい。でも……」
「――あたしはネロを許さない。ローマも、あたしたちを蹂躙したものすべてを許さない」
「ブーディカさん……」
「でも、今は……、うん。だからアイツを倒しに行くんじゃないよ。あたしには。ううん、あたしたちには、叶えたい願いがある。そのために行くの。これは、聖杯戦争。願いと願いを懸けた決闘。でしょ?」
「……」
「それに、今のあいつ、苦しそうじゃない? なんか見てられないんだ。あいつがあのマスターと、この聖杯戦争で勝つこと。それは、あいつ以上に気に食わないし。上手く言えないけど、だから……。だから、安心して」
「ブーディカさん……」
 マシュの表情が、少しだけほどける。
「……マシュは、優しいね」
 そう言って微笑んだブーディカの後ろでは、達也が眉間にシワをよせて待っている。
「ごめん、達――」
 そう言いながら振り返ったブーディカの前方、達也の背後に突如、上空からドサッと岩のような重たいものが落下した。
「!?」
「……」
 振り返る達也の前に立っていたもの。それは、全身が岩で出来た人型の怪物、ゴーレムだった。
「マスター! 動かないで!」
 ブーディカは言い終わるが早いか稲妻のような速度で槍を打ち出し、ゴーレムの頭部を槍で突き砕いた。
「……」
 頭部を失い、ゴーレムはやはりゲームのエネミーのように消失する。
 しかし、上空からさらに一体、二体。新たなゴーレムが落ちてくる。
「GARUUU……!」
「上空に敵性反応を多数確認! 姿は昨日のワイバーンと似ていますが、昨日よりも強い魔力反応です!」
 マシュがそう言って見上げる夜空では、十数匹ものワイバーンドレッドが“歯ぎしり”をしていた。その背に一体ずつ乗って来たゴーレムが、次から次へと地上へ落ちて来る。
「くそっ! こんな時に!」
「マシュ! ここはお願いできる?」
「はっ、はい!」
「うん! ――じゃあマスター、行くよ! しっかり着いて来て」
「あっ、ああ」
 達也の返事とほぼ同時に、ブーディカは襲いくるゴーレムを倒し、公園の外に向かって走り出した。幸いにも、ブーディカたちの行く手を阻むエネミーの数は少ない。
「木村さん! 今行きます!」
 マシュは、多数のゴーレムが立ち並ぶ先で、男の子をなんとか抱きかかえている直輝に向かって叫ぶと突撃した。盾の衝撃を受け、二体のゴーレムが一度に砕け散る。
「マシュー!」
 ブーディカがタイミングを見計らってマシュを呼ぶ。振り返ったマシュの目には、無事公園の入り口まで辿り着いた二人の姿が映った。
「呼び止めてごめん! この戦いが終わったら、ぎゅーってしてあげる!」
「へっ!?」
「あはは。だから、安心して! じゃあ、行ってくるね!」
「……、お気をつけて!」
 マシュの声に見送られ、達也を抱きかかえたブーディカは、高く夜空へ跳んだ。
 その力強い笑顔は、街灯の下をったからだろうか。微かに陰る。
「……」
「ごめんね、マスター。待ってくれてありがとう」
「……ネロの気配は?」
「大丈夫。感知できてる」
「追いつけそうか?」
「……うん。今はあいつ、そんなに移動してないみたい」
「なら問題ない」
「ありがとう。舌、噛まないように気をつけてね」
 そう言ってブーディカはマンションの屋上に着地し、再び次の着地点を目指して跳んだ。
――ごめんね、マシュ……――
 ブーディカは心の中で、小さくそうつぶやいた。

 
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AiEnのマテリアルⅠ

ヘシアン・ロボ(AiEn)

 ――AiEnのライダー?

筋力(A-),耐久(B-),敏捷(A-),魔力(E-),幸運(D-),宝具(?)
復讐者(A-),忘却補正(B-),自己回復(魔力)(B-)

堕天の魔(聖夜)(A+)
 詳細不明。其れは、聖なる夜に、天からやってくる。
復讐者の贈り物(サンタ)(B)
 詳細不明。災厄を振りまく死を纏う者は、赤い衣を纏い何を振りまくのか。
うたかたの夢(EX)
 ファンの願望、妄想、愛情から生み出された存在。願望から生まれたが故に強い力を保有するが、同時に公式のキャラクターとしては永遠に認められない、おそらくは……。