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【小説】ハナくそ娘、お姫さま学校へ行く! #こんな学校あったらいいな

おっ、大物!マナカぐらいの達人になると指の感覚だけでハナくその大きさがわかります。

「汚いなあ」弟が顔をしかめて言います。「不潔女、ティッシュ使えよ!」

マナカは気にせず鼻くそを弟の学習机に載せます。「ちょっ!信じられんわ!あほあほマナカのあほ!」怒り狂った弟のわめき声を完全に無視してマナカはランドセルから本を取り出しました。本のタイトルは『世界お姫様全集』。世界中のお姫様の物語を集めた童話集です。


童話の中のお姫様たちはみんな美しく、心やさしい女の子たちです。悲しいことも起きますが、周囲の人たちから親切にされたりして苦労を乗り越えます。そして最後は王子様とお城で暮らしておわりです。だいたいどのお姫様も幸せそうで、マナカはうっとりしてしまいます。

私もお姫様に生まれたかったな。」ランドセルを枕にして仰向けになり、足を組んで本を読み進めます。学校から帰ってきたまんまで服も着替えていません。

だいたいにおいてお姫さまってラッキーすぎるよね。」ぶつくさ思いながらもお姫様の世界は本当にステキです。シンデレラが行ったぶとう会ってどんなものなんだろう。

あ~どっかから王子様がむかえにこないかな!」逆ギレ風にそう言ってみてふいに本から顔をはずしました。物語の世界に入り込みすぎてしまったのでしょうか、あたりが暗くなっています。あんなに怒っていた(無視してたけど)弟もいません。

カーテンがふわりとゆれました。マナカはゾクリとしました。出窓に置かれた鉢植えの影から小さな人影が見えたからです。目をこらしてその小さな人影をよく見つめると、女の子のようでした。「小人?まさか…」小さな人影は床に垂れるカーテンをするするとつたって降りてきて、いぶかしがるマナカに向かって走ってきました。

「あなた、学校に行くんでしょう?」人影は本当に小人の女の子でした。女の子は黒い巻き毛のおかっぱ頭、パフスリーブがついた真っ赤なワンピースに白いエプロンをしています。小人の女の子はランドセルの中に四つんばいになっはいり込んできました。あぜんとするマナカにかまわず、女の子は強い口調で命令してきました。「早く行きましょう!学校に遅れるわ!」

マナカは恐ろしくなりました。おずおずと女の子が入ったランドセルを持ち上げ、そおっと背負いました。そして、おっかなびっくり尋ねました。「学校ってどこの学校?」女の子は誇らしげに言います。「お姫様学校よ!

マナカは女の子が入ったランドセルを背負い、女の子が言う通りの道を歩きはじめました。逆らうとひどいめにあうような気がしたからです。「あの~、お姫様学校ってどういう学校なんですか?」女の子を怒らせないように、ていねいな言葉で聞いてみました。女の子はきげんよく答えてくれました。「お姫様になるための学校よ。なりたいお姫様によって学科がわかれてるの。」

お姫様になるための学校ですって?ハナくそをほじる達人のマナカでもなれるのでしょうか。”ワンチャン”お姫様になれるならラッキーじゃん?そう思って思い切って聞いてみました。

「あのお、私もお姫様になりたいんですが、学校の授業の様子を見学させてもらえますでしょうか?」

「なんだ、あなた受験生なの?いいわ、ちょっとだけなら案内してあげる。」

受験生ですって?どうやら、お姫様学校は受験をしないと入学できないようです。一体どんな勉強をしなければならないのでしょうか…。

不安に思いながらも学校に到着しました。お姫様学校の校舎は、普通の町のビルのようにみえる建物でした。ビルのてっぺんに『お姫様学校 各科体験入学かいさい中!』という看板がかかげられています。ヨーロッパの古いお城のような建物を想像していたマナカはその意外さにビックリしていました。


「まずはシンデレラ科から見に行きましょう!」

シンデレラ科はビルの地下にありました。教室は奥に細長く、教室の左右両側に木でできた人形が等間隔に何体も並べられています。人形は手足が付いた大きな筒状の胴体と、頭のかわりの小さな筒が載せられていて、まるでとても古い時代に作られたロボットのような形をしています。女の子が小声でささやきました。「ほら、シンデレラ科の学生の訓練が始まるわ」

粗末な服に三角巾といういでたちのシンデレラ科の女の子が、ほうきで床を掃きながら木製人形の間を歩きます。人形たちはパンチやキックを繰り出してくるので、上手によけなければなりません。次々と女の子たちは木製人形の攻撃を食らって倒れていきます。

「意地悪な継母や義姉たちのイジメをかわしつつ、家事もこなさなきゃいけない。さらに『ぶとう会』にも出場するわけだから、シンデレラを目指す女の子たちに求められるのはなんといっても体力と精神力だわ。」ランドセルの中から小さな女の子がマナカに教えてくれました。

「シンデレラ、ぜったい無理!」マナカは思いました。それにしてもイジメに耐えたり『ぶとう会』に出場するのにあんなに激しい訓練をしていただなんて、本当にびっくりです。


「次は眠り姫科にいきましょう」

小人の女の子の案内で眠り姫科のフロアに向かいました。廊下には「音を立てないでください」という注意書きがされています。シンとしていてなんだか病院のような雰囲気です。

「ほら、みてごらんなさい。眠り姫科のテストよ」窓からそっと覗いてみると、ベッドに目をつむった女の子たちが横たわっています。試験官と思われる人が、カタツムリやヘビ、カエルなどの動物を女の子の口にあてていきます。

「ほら、ああやって唇に触れたモノがどういうものかを察知するテストをやってるの。眠り姫は若くて美しい地位のある王子のキスじゃなきゃ目をさましちゃだめだからね。」

ランドセルから女の子が教えてくれます。眠り姫科の女の子たちは、唇センサーの感度を研ぎ澄ませるために日々さまざまなものとキスをして練習をしているのだそうです。

「キスの練習?信じられない!」マナカは眠り姫も絶対になりたくないと思いました。はじめてのキスは好きなひととする。ひそかに心にちかいました。


「さ、次はかぐや姫科よ。ここの学生はほんとにエリートなのよ。」

かぐや姫科の教室は、マナカが通う小学校のような普通の教室でした。並んでいる椅子と机も小学校のものと似ています。でも教室にいる女の子たちは幼稚園生くらいでしょうか。とても幼く見えます。女の子たちはひっしにノートをとったり、先生の話を一生けん命きいています。先生が黒板に書いている字を見て、マナカはびっくりしてしまいました。

子曰。學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦樂乎。人不知而不慍。不亦君子乎。

いったいぜんたい何が書かれているのか、まったくわかりません。ランドセルの中から女の子が教えてくれました。「かぐや姫科の子たちはね、昔の中国のえらい人が書いた本を全部おぼえなければならないの。それからアートのセンスも磨かなきゃだめ。かぐや姫はお金持ちや地位のある人から求婚されたら、むちゃくちゃなお願いをして断るでしょ?そのお願いにこそここで学んだ知識や、アートのセンスが求められるってわけ。いわゆる「学」がなきゃだめなのがかぐや姫。だからほんの小さなころからこうやって勉強をしてるのよ。」

「そんなに勉強しなきゃいけないの!?」がくぜんとしました。マナカは勉強ができる方ではないし、できれば勉強をしたくないと思っていたからです。かぐや姫にもなれないな…。がっくりと肩をおとしてマナカはため息をつきながらつぶやきました。「お姫様って、簡単になれるわけじゃないんだ…」

「当たり前じゃない!なんでも努力は大事よ。楽してお姫様になれるわけないじゃないの。」マナカのひとり言を聞き逃さなかった小人の女の子はえらそうに言いました。

「あなたはいったい何のお姫様になりたいの?ハナくそばっかりほじってるからハナくそ姫かしら?」バカにしたように笑って、小人の女の子はランドセルから飛びおりていきました。「じゃあね!わたし授業がはじまっちゃうから、ここでサヨナラ!」

女の子が走っていく先には「おやゆび姫科」という看板がかけられていました。おやゆび姫といえば、土の中での生活や、鳥の背中にしがみついたりする冒険サバイバルが待っていたな。そうマナカは思い出したのでした。あの女の子は、きっとこれから激しい訓練をつんで、おやゆび姫になる日を夢見て努力をしていくのでしょう。


「それにしても、ハナくそ姫はぜったいにイヤ!」

家族にしか見せていないハナをほじる姿をみられていたという恥ずかしさと、失礼な言葉に腹がたってきて思わず大声でさけんでしまいました。

思ったよりも大きな声になってしまいびっくりしてしまったマナカは、周りを見回しました。するとそこはいつもの見なれたこども部屋でした。

「夢だったのかな…?」

開きっぱなしになっていた『世界お姫様全集』のさし絵をみると、あの小人の女の子が描かれていました。「おやゆび姫になれたんだ…」よく見ると絵に描かれた女の子のからだには、しっかりとした筋肉がついていたのでした。

シンデレラ科や眠り姫科、かぐや姫科で学ぶ女の子たちの様子を思い出しました。「あの子たち、本当に一生けん命がんばってたな…。」

マナカはむっくりと起き上がり、弟の机のかわいたハナくそをティッシュで包み、ゴミ箱に捨てました。もうお姫様にはなりたいとは思いませんが、とりあえず目の前のやるべきことはやろう。そう思ってランドセルから学校の宿題を取り出して取り組みはじめました。


おわり









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